第一四節 「負けませんよ…!」

 -Come from behind-


 この言葉は中学生の時に結衣が陽太へ掛けた言葉。それ以来、陽太はこの言葉を胸に練習に励んでいる。


 「Come from behind」


 陽太が和樹にあの言葉を突きつけられてから数日経ったある日、結衣がこう言葉を掛けた。


 当時、陽太はこの言葉の意味が分からなかった。


 「『逆転』だよ」


 陽太は結衣を見つめる。


 「今の状況をひっくり返して見返してやりなよ。大逆転劇、見せてやりなよ。バカにした奴らに」


 そう言い残し、結衣はバッグを持ち、教室を出る。


 「『大逆転劇』か…」


 結衣の後姿を教室の窓から見つめ、陽太は呟く。


 当時の陽太は和樹の言葉もあり、自身が大逆転劇を起こすなど無理だと思っていた。


 そのような中、自身の凄さに気付いてくれた人物がいた。その一人が結衣。陽太にとって結衣の存在は大きかった。


 閉ざされかけた道を切り拓いてくれたのだから。


 

 受験当日もこの言葉を胸に臨み、見事合格を勝ち取った。


 そして、この時に至る。



 陽太は携帯電話に表示されている時刻を確認する。


 「一時間目が始まっちゃう…。そろそろ行かないと…」


 陽太はお手洗いから出て、教室へ。席へ着くと同時に、チャイムが鳴る。



 授業中に陽太はふと、窓から外の景色を眺める。すると、木の葉から一粒の雨粒が滴り落ちる。その瞬間、ある人の顔が陽太の頭の中に浮かぶ。


 意識しているつもりはないのだが。



 我に返ったように陽太はノートへ目を向けると、板書を写していないことに気付く。授業はだいぶ進んでいた。


 陽太は急いで板書を写す。消される前に全て写し終えると、ほっとしたように息をつく。


 

 チャイムが鳴り、一時間目が終了。陽太は教科書とノートをバッグへしまい、廊下へ出る。練習場を眺めると、水たまりに太陽が映し出されている。



 「今日は泥だらけになるな…」


 そう呟くと、突然日差しが強くなり、ぬかるんだ練習場を照らす。


 練習までにどのような状態になっているだろうか。



 

 六時間目が終了し、陽太は再び廊下から練習場を眺める。水たまりは全て消えていた。だが、練習場のあちらこちらに凸凹でこぼこができていた。


 「練習前に整備しとかないとな」


 和正の声。


 「そうだな。怪我するし。よし!」


 そう応えた陽太は急ぎ足で更衣室へ向かい、着替える。そして道具を持ち、練習場の整備を始めた。陽太に続くように、和正達も。


 練習場の隅にある大きな袋に入った土で固め、感触を確かめながら三〇分以上整備し、雨が降る前の状態に戻すことが出来た。


 そして、和正の一声で、練習を開始。


 

 ランニング、基礎練習を終え、一対一の練習を始めようとしたその時、数十名の男子生徒の姿が陽太達の目に映る。


 山取東高校男子サッカー部の二、三年生部員だ。この日は初めて三学年揃って練習する。一年生部員は先輩達の姿を目にした瞬間、背筋が伸びる。


 「こんにちは!」


 一年生部員が大きな声で挨拶をすると、応えるように「こんにちは!」と二、三年生が大きな声で挨拶を返す。二、三年生部員の隣には森と大石。


 大石は一年生部員に「練習を続けなさい」とジェスチャーを送る。一年生部員が練習している間、二、三年生部員は一年生部員の練習を眺める。


 すると、一人の三年生部員がある選手を興味深く見つめる。


 「いいな…。あいつ…」


 見ていた部員は和正だった。


 「CB。お前と同じポジションだ。キャプテンだからって油断してるとポジションを奪われるぞ?」


 山取東高校サッカー部キャプテン、島川公彦しまかわきみひこに大石はそう言葉を掛ける。


 しばらく和正の動きを見つめ、公彦は「奪わせません」と力強く応える。大石は「負けるなよ」と言うように公彦の背中に手を置くと、他の二、三年生部員と言葉を交わす。


 

 一年生部員が一対一の練習を終えると同時に、二、三年生部員が一斉に練習場へ。


 一年生部員の耳にボールを蹴る音が届く。


 陽太は二、三年生の動きを目で追う。


 「いきなりレギュラーは無謀かもしれない。だけど…」


 そう呟くと、陽太は和正へパスを送り、こう続ける。


 「負けませんよ…!」


 そして、陽太は勢いよく走り出し、力也からパスを受ける。右足を振り抜くと、ボールはゴールネットへ鋭く突き刺さる。



 一時間半程が経ち、休憩に入る。


 陽太はベンチに腰掛け、水筒を傾けながらタオルで汗を拭う。


 水筒をバッグへ入れると、和正が陽太に声を掛ける。


 「陽太。この後、先輩と二〇分二本のゲームだってさ」


 その言葉で、陽太は二、三年生部員へ視線を向ける。目に映るのは陽太を見つめ、言葉を交わす先輩の姿。


 何を話しているのか気になった陽太は二、三年生部員をじっと見つめる。


 それからすぐ、陽太の背後から大石の声が。



 「いきなりレギュラーは無理だが、ベンチ入りはあるかもしれない…」


 陽太は彼の声に振り向き、立ち上がる。


 二、三年生へ向けていた大石の視線は陽太へ。



 「フルで出てもらうぞ?」


 「はい!」


 大石の言葉に力強く応える陽太。


 大石は陽太の目を見つめ、小さく頷く。


 まるで「やってこい!」と言うように。

 

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