第一三節 序章

 月曜日。教室へ入った陽太に信宏が声を掛ける。



 「おはよう。陽太」


 「おはよう。信宏」


 「昨日は何して過ごしたんだ?」


 「自主練…。かな」


 「練習熱心だな!」


 信宏は笑ってそう言った。



 二人は教室を出て、廊下の窓から練習場を眺める。晴れた空が見えるが、練習場には前日降った雨で水たまりが出来ていた。


 「OMFか…」



 信宏が水たまりを見つめながらふと呟く。



 「信宏に奪われちゃったな」


 「いやいや。逆に陽太が羨ましいよ。複数ポジションをこなせるから」


 「まあ、武器にはなるからな」


 「でも、ライバルには変わりない」


 「入学式の日みたいだな」



 入学式の日、陽太にポジションを尋ねたのは信宏だった。それ以来、信宏は陽太に対し、ライバル意識を持っていた。日を重ね、仲良くなってもそれは変わっていない。


 しばらく二人で話していると、陽太の携帯電話にメールが入った。メール画面を開くと、結衣の名前が目に入った。


 陽太は携帯電話をポケットへ入れた。


 「ちょっと、トイレ行ってくる」


 信宏にそう言い、陽太はお手洗いへ。信宏は陽太の気持ちを察したような表情で彼の後姿を見つめる。


 

 ドアを閉め、携帯電話を取り出し、メールを開封する陽太。そのメールには。


 -Come from behind!-


 文面を見た陽太は目を閉じ、小さく頷いた。




 練習試合から三日経った前日の日曜日。練習が休みの陽太は外へ出た。


 空を見上げるときれいな青空が広がっていた。


 どこへ行こうかと考えながら歩いていると、聞き覚えのある声が陽太の耳に届いた。


 「陽太!」


 背後から聞こえる声に陽太は立ち止まり、振り向いた。

 

 「今日はオフ?」


 お洒落な服を身に纏い、左手に可愛らしいバッグを提げる結衣の姿が陽太の目に映った。


 「うん。遊びに行こうかと思って」


 「そうだったんだ。どうしてるか気になってたんだよ。なかなか会えないし」


 「隣に住んでるのにな」


 「ほんとに!」


 二人は笑い合う。



 結衣はこれから電車で買い物に行くところだった。駅へ向かう途中に陽太を見かけ、声を掛けた。



 「ねえ、どこまで行くの?」


 「台府まで行こうかなと思って。本屋とかもあるし」


 「私も台府まで行くの!一緒に行こう!」


 「うん!」


 二人は南山取駅へ向かった。



 切符を購入し、ホームで列車を待つ二人。



 「あ、あのさ…」


 陽太が口を開いた。


 「どうしたの?」


 「あ、いや…」


 俯いた陽太。



 その数十秒後、今度は結衣が口を開いた。


 「ねえ、そういえば…」


 「どうしたんだよ?」


 結衣は向かい側のホームを見つめると、俯いた。



 「ううん。やっぱりいいや…」



 それから間もなくして列車が到着。二人は乗車し、シートへ腰掛けた。


 列車が発車すると、陽太がこう呟いた。



 「結衣と電車に乗るなんて久しぶりだな…」


 その言葉で結衣は天井を見つめた。



 「最後に陽太と一緒に電車に乗ったのは小学校六年生の一月かな。今日みたいに台府まで行って…」


 「あれ以来か…」


 二人は昔から一緒に遊びに行っていた。


 しかし、中学校に上がってからは恥ずかしさから二人で遊びに行く機会がなくなった。



 二人が会話に夢中になっている間に、列車は台府駅に到着。二人はホームへ降り、改札口へと向かった。


 そして、改札口を抜け、二人はここで別れようとした。


 その時だった。


 「山東なんか余裕ですよ」


 「弱いからな」


 「眼中にないですよ」


 数名の男性の声が二人の耳に届いた。


 男性の姿が目に映ると、陽太は俯く。見覚えのある顔だったからだ。


 彼らは笑いながら陽太に背中を向け、地下鉄乗り場へと向かった。



 陽太は俯いたまま動くことが出来なかった。その姿を見た結衣が何かを察する。そして、結衣の心に怒りとともに悔しさが沸々と湧いてきた。


 自分のことのように悔しかったのだ。


 結衣の口が僅かに開いた。


 その時。



 「『眼中にない』か…」


 低い声を発すると同時に、右手を握り締めた陽太。



 「だったら勝ち上がってやる。お前らを倒すために。そして、全国へ行くために…!この状況を逆転してやる!」


 陽太は俯けた顔を上げた。


 「見てろ…!」


 陽太の心に火が付いた。



 「陽太の凄さに気付いていないだけだよ。見返してやろうよ!」


 「おう!」



 そして、結衣の力強い言葉に頷いた。



 改札口前で二人は笑顔で別れる。陽太は結衣の後姿を見届け、携帯電話を右手に持つ。



 「今日、開いてるかな…」


 ポケットから携帯電話を取り出し、ある人物へ電話を掛けた。



 「開いてるよ。来いよ!」


 陽太の耳に明るい声が届いた。


 「ありがとう!」


 陽太は小走りでその場所へ向かった。



 到着し、自動ドアをくぐると、サッカーボールを蹴る音が陽太の耳に届いた。それからすぐ、ゴールネットを揺らす音が。


 そう。屋内サッカー練習場だ。以前、陽太が訪れたあの場所。



 練習場へ入ると、敦が手を振った。


 「陽太!」


 陽太も手を振り、応える。そして上着を脱ぎ、ストレッチを済ませ、ボールを蹴り出した。


 「いくぞ、敦!」


 「おう!」


 ボールを蹴る音と陽太の声が外まで届く。その声は偶然近くまで来たある人物にも届いていた。


 お洒落な服を身に纏った少女はしばらく立ち止まり、ボールを蹴る音と陽太の声に耳を澄ませていた。


 そして。


 「Come from behind」


 そう呟き、練習場近くのショッピングモールへ。


 

 陽太と敦は夕方まで汗を流した。


 「もういっちょ!」


 「おう!こい、陽太!」


 「おっしゃあ!」



 仙田陽太の大逆転劇が始まろうとしていた。

 

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