第一二節 「良い選手が入ってきましたね」

 「ありがとうございました」


 

 山取東高校の選手がベンチに戻ると、全員が一斉にベンチへ腰掛け、俯く。


 圧倒的な差を見せつけられて。


 陽太は頭からタオルを被ったまま、顔を上げることが出来ない。



 大石は高山と言葉を交わし、ベンチへ戻る。



 「お疲れさん」


 大石の声を聞き、陽太達は顔を上げる。


 「毎年、全国からエース級の選手が集まってくる高校だ。上手くて当然。我々は負けてしまったが、この試合の中で多くの収穫があった。決して内容の薄い試合じゃなかった。この試合での敗戦が今後の試合に、そして君達の成長に繋がると信じている。下を向くな。明日からまた頑張ろう。明日は九時から二時間のみの練習だ。解散」


 陽太達は一礼し、更衣室へその後姿を見つめながら森が大石に尋ねる。



 「何を話されていたんですか?高山さんと」


 大石は森の問いに笑みを浮かべる。


 「全国に行けるかもしれないぞ」



 そう答え、大石は一二時丁度を指す校舎の時計へ視線を向けた。




 「お疲れー」


 着替えを済ませた一年生部員が次々と更衣室を出る。その中、陽太は顔の汗をタオルで拭う。


 「圧倒的だった…」


 そう呟き、今度はタオルで目の下を拭う。


 「俺ってプロになれるのかな…」


 水滴が滴り落ち、タオルは重みを増した。


 

 陽太が自宅へ着いたのは一時一三分。玄関のドアを開けると、陽菜の声が陽太の耳に届く。


 「ねえ、お母さん。お兄ちゃん、活躍したよね!?」


 「勿論!」


 二人の会話を聞き、陽太はリビングに入ることが出来なかった。


 何と言って入ればいいんだろ…。


 僅かに顔を俯け、陽太は二階へ上がり、寝室へ。そしてバッグを置き、椅子へ腰掛けた。


 すると、練習試合の映像が頭の中で流れる。その瞬間、陽太は悔しさで右手を握り締めた。



 圧倒的な差を見せつけられた。自分はまだまだ足元にも及ばないと。どれだけ現実を見ていなかったかを。どれだけ無謀な夢を抱いていたのかを。



 それからしばらくして、時計へ視線を向ける陽太。



 「お腹空いたな…」


 陽太は一階へ下りようと、水筒を左手に持ち、ドアノブを右手で握る。だが、どのような顔をして行けばよいか分からなかった。陽菜に何と言おうか。聞いたら陽菜は何と言うのか。


 そのようなことを考えてしまい、その場に立ち尽くしてしまった。



 その時、一階から陽菜の声が。


 「お兄ちゃん、ご飯出来てるよ!」


 陽太は陽菜の声を聞き、顔を上げる。


 「おう!」



 陽太は明るい声で応え、ドアを開けて階段を下りた。



 ダイニングの椅子へ腰掛けると、希がサラダと牛丼をテーブルへ置いく。


 「お疲れ様」


 陽太へ言葉を掛けると、キッチンへ立ち、夕食の仕込みを始めた。


 手を合わせ、食べ始めた陽太。



 そういえば。


 陽太は箸を進めながら、あることを思い出す。それは、ハーフタイム中、大石が陽太に掛けた言葉だ。



 -相手に脅威を与えている存在-


 大石は陽太にこう話していた。


 陽太には信じ難い言葉。本当に脅威を与えていたのだろうか、と。


 あれこれ考えているうちに、自然と箸の動きが止まった。


 


 「ごちそうさま」


 陽太は食器と水筒をキッチンへ運ぶ。希は食器を受け取り、洗い始める。


 「水筒、ありがとう」


 「どういたしまして。明日は練習?」


 食器を洗い終えた希は水道の水を止め、陽太に尋ねる。


 「うん。一一時までね」


 「試合翌日だもんね。今日はゆっくり休んでね」


 「うん。ありがとう」


 希は試合のことには触れなかった。



 陽太は寝室へ入り、椅子へ腰掛ける。そして、ふと目に入ったサッカー雑誌を本棚から抜き取る。


 ページを捲る陽太。すると、ある選手のインタビュー記事の頁が陽太の目に留まる。


 その選手は国内プロリーグに所属し、日本代表としてもプレーする牧潤一まきじゅんいち。インタビューで彼はこう話していた。


 -プロになりたくて小さい頃からサッカーに打ち込んできました。でも、なかなか結果が出なくて。全国どころか、県大会上位にも入れない。高校二年生までそんな状況でした。

 もう諦めようかと考えていた高校三年生の時、その状況をひっくり返す出来事が起こったんです。県大会四回戦の対戦相手が全国屈指の強豪校で。僕がいた高校は劣勢をはねのけ、その試合で見事に勝利し、ついには決勝まで勝ち進みました。そして決勝でも勝利し、全国への切符を掴みました。

 全国大会は二回戦で敗退してしまいましたが、僕のプレーを見て、僕の母校となる大学が声を掛けてくださったんです。入学後、監督に僕へ声を掛けてくださった理由を尋ねると「県大会四回戦の試合を観て。こんなに凄い選手がいたのかと思った。その時点で声を掛けることを決めた」と言ってくださいました。

 そして大学入学後、コーチ、監督のご指導の下、練習と試合を重ね、プロのスカウトの方に興味を持っていただける選手になることが出来ました。そして、現在に至ります。

 有名になれなくても誰かが見てくれている。そのことを僕と同じ境遇の選手に伝えたいですね。-


 陽太は夢中になり、インタビュー記事を読み進める。その途中、健司が帰宅。



 「おかえりなさい。あれ、何かいいことあったの?ニコニコして」


 「そうか?いつもこんな感じじゃなかったか?」


 「全然違うよ!」


 笑い合う希と健司。


 「実はな、さっき森君と偶然会って。その時にな…」


 健司はその時の出来事を話す。すると、希は笑顔を浮かべる。


 「そう…!」


 「言っただろ?『やってくれる』って」


 二人は二階へ視線を向ける。





 雑誌を本棚へ戻した陽太。すると次の瞬間、ある言葉が陽太の耳に届く。



 「良い選手が入ってきましたね」

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