第四節 「俺の武器って何だろう…」
クラスの雰囲気にも慣れてきた四月下旬の昼休み。クラスメイトの
「陽太。ゴールデンウィークに吉体大附属と練習試合するらしいぞ」
陽太は弁当箱をしまう手を止めた。
「うちと?」
「大石先生が言ってたぞ」
勝てるのか?と陽太の心が言葉を漏らす。
一年生は二、三年生と一緒に練習していない。一年生が学校の練習場で練習しているのは、大石が一人ひとりの実力を確かめ、良い部分を見つけるという指導方針に沿ったものだった。
その中での練習試合の話だ。出場するのは二、三年生だろう。陽太はそう思った。
すると。
「大石先生が言うには、一年生だけ出るらしい」
「一年生だけ?」
相手は高校サッカー界で名を轟かせる強豪校。高校サッカー界では無名である山取東高校の一年生が太刀打ち出来るのだろうか。陽太はそのようなことを思い、弁当箱をしまった。
その姿を見つめ、信宏が尋ねる。
「そういえば、陽太ってOMFがメインだったって言ってたな」
「うん。まあ、あくまでもメインであって、他のポジションも経験してるから。
「攻撃も守備もってことか」
「まあ、下手なんだけどさ」
陽太は笑った。
だが、信宏は陽太の声と表情から何かを感じ取っていた。それは、共に練習して陽太の能力に気付いていたからなのかもしれない。
「俺はOMFしか経験してこなかったからなあ…」
天井を見つめる信宏。
「でも、言い換えるとそのポジションのスペシャリストってことだよ。俺にはそういった強みがないから」
陽太が言うと、信宏はどこか羨ましそうに彼を見つめた。
この日の練習中、大石は信宏、和正の動きを見つめる。
しばらくすると、大石は信宏に声を掛けた。信宏は頷きながら大石の言葉に耳を傾け、時折笑顔を見せていた。
大石は信宏の右肩を「ポン」やさしく叩くと、再び練習場内を歩いた。
練習終了後、信宏と和正の会話が更衣室へ入ろうとした陽太の耳に届いた。
「信宏。大石先生と何話してたの?」
「『良いものを持ってるな。それを磨けば大きな武器になるぞ』って」
「大きな武器か。突出したものがあれば試合で使ってもらいやすくなるからな」
「OMFしか経験してこなかったことをネガティブに捉えていたけど、陽太の言う通り、そのポジションのスペシャリストってことなんだよな」
「そうそう。ネガティブに捉える必要なんてないよ」
信宏と和正の楽しそうな声が更衣室に広がる。
突出したもの。
自分にそのようなものがあっただろうか。二人の会話を耳にした陽太は更衣室のドアノブを右手で握り、自身へ問う。
しかし、その答えを導き出すことが出来ないまま、更衣室へと入った。
「ただいま」
陽太が帰宅すると陽菜が満面の笑みで出迎えた。
「おかえり!」
陽菜の表情を見て、暗くなりかけていた気持ちが明るくなった陽太。
陽菜の頭を撫で、陽太は寝室へ向かい、バッグを置いた。
一階へ下り、ダイニングテーブルの椅子へ腰掛けると、陽太は朝刊を読む健司へ問い掛けた。
「俺の武器って何だろう…」
健司は朝刊の記事へ目を通したまま動かない。
すると数秒後、逆に健司が尋ねる。
「相手がボールを持っていたらどうする?」
陽太は突然の質問に反応が遅れた。
「う、奪いにいく…」
「じゃあ、自分がボールを持っていたら?」
「ドリブルで抜き去る…」
「じゃあ、それだ」
思わず「えっ…」という声が漏れた陽太。健司は紙面を一枚捲る。
「それがお前の武器。以上だ」
健司がそう続けたと同時に、希がテーブルの上へ煮物を盛った器を置いた。
陽太は健司の言葉を聞き、テーブルの上に並ぶ美味しそうな料理を眺めることしか出来なかった。
食事を終え、寝室へ入った陽太。椅子に腰掛け、携帯電話の画面を点灯させると、一通のメールが入っていることに気付く。
送り主は結衣だった。
-練習頑張ってる?今度、吉体大附属と練習試合するって聞いてね。応援に行きたいけど、私、練習で…。陽太の活躍、観たかったんだけど…。でも、当日は学校からエールを送るよ。大丈夫、陽太なら出来るよ。陽太の力、見せてやれ!-
画面を眺める陽太の表情に笑みが溢れる。そして、小さく頷く。
出来る。陽太は自身にそう言い聞かせた。
そして結衣へメールを返信し、立ち上がった。
自分自身の武器。それはこの段階では分からない。だが、健司は気付いている。今は健司の言葉の意味を探っているところだ。
いつか分かる日が来る。心で自身にそう言い聞かせると、陽太は寝室のカレンダーを見つめる。すると、ある日付が目に留まる。
五月四日。
練習試合の日だ。
「どれくらい通用するか分からないけど、持てる力全て出してぶつかっていく」
高校入学後、初の実戦。陽太は燃えていた。
陽太はお手洗いへ向かうため、一階へ下りた。すると、リビングから希と健司の会話が耳に届く。
足を止め、二人の会話に耳を済ませる陽太。
「お父さんならどうやって送り出す?」
「相手の名前を変に意識するな」
陽太は健司の言葉を聞き、ゆっくりと頷いた。
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