第二節 練習初日

 山取東高校サッカー部員は男女共に体育科サッカーコースの生徒がほとんど。普通科、音楽科の生徒も所属しているが、割合は全体の一割に満たない。

 

 体育科にはバスケットボールコースと野球コースも設置されている。バスケットボール部と野球部も普通科、音楽科の生徒は少ない。


 真美が在籍する女子バスケットボール部は普通科の生徒が三人、音楽科の生徒は彼女のみ。

 

 

 とあるもう一つの夢を胸に抱き、真美は山取東高校へ入学した。


 


 四月一四日の六時間目終了後、サッカーコースの生徒が次々と教室を出て、更衣室へ向かった。


 陽太は教室の掃除を終えた後、体育館横にある更衣室で着替えた。


 練習着に着替え、練習場へ集まった。二、三年生の姿はない。一人の男性が練習場へ姿を現し、一年生部員の前に立った。


 「皆さん、初めまして。男子サッカー部コーチを務めます、森晋もりすすむと申します。私は学校職員ではありません。クリーニングショップを経営しています。ご縁があり、昨年末から山取東高校さんで指導させていただいております。至らぬところがあると思いますが、これからよろしくお願いします」


 森が頭を下げると、一年生部員が「よろしくお願いします」と頭を下げた。


 そして、その声に誘われるように二人の男性が姿を見せた。


 男子サッカー部監督の大石正嗣おおいしまさつぐ、女子サッカー部監督の宮城正みやぎただしだ。

 

 「森君は私の高校時代の後輩で、コーチのオファーを出したところ、快諾してくれてね。本当に感謝だよ。自己紹介がまだだったね。男子サッカー部監督の大石正嗣です。数学を教えています」


 「女子サッカー部監督の宮城正です。古典を教えています。サッカーコース一年一組の担任でもあります」



 大石と宮城は「よろしくお願いします」と頭を下げる。


 そして、陽太達も。


 自己紹介を終え、練習開始となった。ウォーミングアップを済ませ、陽太はボールを持った。


 基礎練習からスタート。陽太は和正とペアを組んだ。ランダムにボールを投げ、そのボールをトラップ、足裏でタッチする練習などを行なった。


 大石は歩きながら練習を見守っていた。小さく頷きながら歩いていると、陽太と和正の練習を立ち止まってより時間をかけて見つめる。


 陽太はちょっとした緊張感に襲われた。


 その後、パス、ドリブル、シュート練習を行ない、五分間の休憩に入った。陽太がふと大石へ視線を向けると、森とともにノートへ目を通し、言葉を交わしていた。



 そういえば。


 陽太は練習場を見渡した。


 男子サッカー部二、三年生の姿が見えない。既に授業は終了している。


 どこにいるのだろうかと考える陽太。


 その様子を見た和正はこう話す。


 「先輩は別の練習場にいるんだってさ」


 「別の練習場?」


 「この学校の卒業生が練習場を管理する会社にいて。その繋がりで」


 「そうなんだ…」


 山取東高校の男女サッカー部は基本的に学校の練習場ではなく、会社が管理する練習場で練習している。練習場は学校から歩いて一〇分ほどの場所にある。


 だが、一年生は学校の練習場。


 俺達は二軍ということか。陽太はそう思った。


 しかし、これにはしっかりとした狙いがあった。



 五分間の休憩が終了し、一対一の練習が開始した。陽太の練習相手は板垣公太いたがきこうた。ポジションはCB。長身で一八〇センチは超える。


 公太は対人の強さが武器。陽太はなかなか公太のディフェンスをかわすことができなかった。


 しかし。



 「あっ…」


 公太の一瞬の隙を見逃さず、陽太はドリブルでディフェンスをかわした。


 次は陽太のディフェンスの番。公太へパスを出し、ディフェンスを開始。ボールへ足を伸ばす陽太をかわした公太。そのまま抜こうとした次の瞬間、陽太が出した右足にボールが触れ、転がる。


 転がったボールを和正が陽太へパス。


 お礼を伝え、右足でボールを受けた陽太。


 それを見て、公太は陽太の元へ。


 「上手いね。いつからサッカー始めたの?」


 公太が尋ねた。


 「六歳から。小学校へ上がったと同時くらいに始めたよ。でも、試合では全然活躍出来なくて。それで、皆に置いていかれてね。中学ではレギュラーになれなかったんだ」


 「俺も全然でさ。小二から始めたんだけど、中学時代はベンチ要員で。悔しかったなあ…」


 陽太は公太と練習し、彼の上手さを肌で感じた。


 何故レギュラーじゃなかったのか。


 だがそれは、公太も同じだった。


 

 その後、セットプレーの練習などを行ない、初日の練習が終了した。


 「ありがとうございました!」


 陽太達は更衣室へ向かった。彼らの姿が見えなくなったと同時に、大石と宮城は言葉を交わす。


 「どうだった、女子は」


 「良い選手が揃っていますね。次の大会からレギュラーになれそうな子もいました。これから楽しみです。男子の方は」


 「男子も良い選手が揃っている。その中でも特に気になる奴がいてな。今後、奴がこのチームの中心になるだろうと期待している」


 「私も女子の休憩中に練習の様子を見ていましたが、気になる子がいました」


 大石と宮城の気になる部員は同じ人物だった。


 「他の一年生と比べるとまだまだだ。今の段階では試合には出せないだろう。まだ全てを出せていないように見えた。だが、そこを引き出すことが出来れば大化けするかもしれない。それには我々の指導が重要になってくる。大事に育てないとな」


 大石がそう言うと、森と長谷川が別方向から二人の元へ歩み寄った。



 「正嗣さん、宮城さん、長谷川さん。楽しみな選手を見つけました」


 「俺もだ」



 森の言葉に大石が応えると、長谷川が尋ねた。



 「誰ですか?皆さんが気になった子って」



 すると、三人は微笑みながら長谷川を見つめる。



 「この子です」



 そして、森がその部員の入部届を見せると、大石と宮城は小さく頷き、長谷川はどこか嬉しそうに入部届に貼られた写真を見つめていた。


 

 

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