第二章 山取東高校一年

第一節 山取東高校入学

 四月一〇日。陽太は山取東高校へ入学。体育館での入学式後、クラスの教室でホームルームが行なわれた。


 陽太は一年二組。サッカーに特化したコース。男女同じクラス。一組と二組それぞれ二六人が在籍。合計五二人。男子は三〇人、女子は二二人。男子一五人、女一一人で一クラスとなっている。


 陽太は教室を見渡した。


 しばらくして、担任となる長谷川知宏はせがわともひろが教室へ入った。長谷川は教室に入るとチョークを持ち、黒板へ自身の名前を記す。


「長谷川知宏といいます。担当教科は社会科です。女子サッカー部のコーチをしています」


 長谷川が深々と頭を下げると、一年二組の生徒全員が深々と頭を下げた。


 長谷川はこの年三九歳。大学まで選手としてプレー。高校、大学と全国の舞台で活躍した。高校三年生の時に、指導者への道を志し、大学で教員免許を取得。一五年以上教壇に立ち、この年に山取東高校へ赴任してきた。


 この日は正午過ぎに下校となり、一四日から授業と練習が開始となる。陽太は鞄を持ち、教室を出ようとした。


 その時、一人の男子生徒が陽太に声を掛けた。


「ポジション、どこ?」


 彼は少し長めの髪をした男子生徒だった。


 陽太は彼の問いにほとんど間を挟むことなくこたえる。


「MF。OMFオフェンシブミッドフィールダーがメインだったよ」


「OMFか。俺と被るのか」


 男子生徒は答えを聞き、腕を組むと、続けて他の男子生徒に声を掛け、同じ質問をしていた。


 ポジションを訪ねる男子生徒の背中を見つめ、ライバルになるのか、と陽太の心が言葉を漏らす。


 しばらく男子生徒の様子を眺めた後、陽太はバッグを持ち、教室を出た。



 

「競争が始まる。負けないように練習に取り組めよ」


 夕食後、健司が陽太にそう言葉を掛けた。


「勿論。そしてレギュラーを勝ち取って、吉体大附属に勝ってみせる」


 陽太は意気込み、ゆっくりと腰を上げた。



 いよいよ高校での練習が始まる。


 寝室に足を踏み入れた陽太は机の椅子に腰掛け、天井を見つめる。


 高校でどれだけ伸びるだろうか。どこまで自分のプレーが通用するだろうか。


 あれこれ考えているうちに夜九時を過ぎていた。


 

「お風呂に入ってこよう」



 陽太は着替えを右手に携え、寝室のドアを開けた。




 翌朝。朝食を済ませた陽太は玄関のドアを開け、庭に出る。すると、陽太の視線は隣の家の外観に移る。



 あいつは……。


 ふと、ある人物の顔が陽太の頭の中に浮かぶ。同時に、陽太の心を寂しさのようなものが襲う。



「なかなか会えなくなるのか……」



 ポツリと言葉を漏らすと、陽太は僅かに顔を俯け、そのまま庭を出た。

 

 


 八時一七分に陽太は教室に到着した。自身の席に着き、教室を見渡すと、クラスメイトが親しげに会話している様子が目に映る。


 羨ましい気持ちを心に抱え、陽太はバッグを机上に置くと、教室を出て、廊下の窓際に立ち、上空を眺めた。



 一時間目が近付き、教室に戻ろうとした陽太に、一人の女子生徒が声を掛ける。



「陽太」


真美まみ



 陽太に声を掛けたのは村中真美むらなかまみ。陽太の小学校時代からの友人だ。


 山取東高校には陽太が在籍する体育科の他に普通科、音楽科が設置されている。真美は音楽科に在籍している。


「陽太は体育科だもんね」


「真美は音楽科だっけか」


「うん」


「真美、ピアノ上手いもんな」


「そんなことないって」


 真美は陽太の言葉に笑顔でこたえる。



 彼女は小学校二年生からピアノを習い、合唱コンクールではピアノの伴奏を担当した経験を持つ。



「体育科のバスケットボールコースにするか音楽科にするか凄く悩んだけど、将来の進路も考えて音楽科を受験したの」


「お母さん、ピアノ教室の先生だもんな」


「そういうこと。陽太はやっぱりサッカーを続けたいから?」


「うん……まあね」



 陽太ははっきりと理由を言わなかったが、言わなくても真美には分かっていた。


 陽太が山取東高校に入学した理由を。



「お互い頑張ろう!」


「うん!」



 笑顔を交わし、二人はそれぞれの教室に戻った。



 自身の席に着き、一時間目の準備をしている陽太の携帯電話にメールが入る。陽太は教科書類を机上に出すと、携帯電話を右手に持ち、メール画面を開く。



 送り主は結衣だった。



 -元気?陽太は今日から練習なのかな?私は今日から練習なんだ。渡二高に進学しようと思ってたんだけど、前言ってた学びたいことを学ぶために進路変更したんだ。高校は中町中央なかまちちゅうおうだよ。-


 中町中央高校。


 普通科、保育科、調理科が設置されている。


 結衣は中町中央高校でもバスケットボール部に所属している。


 

 結衣はどの画家に在籍しているのだろう。

 

 そのようなことを考えながら陽太はメールを返信する。送信が完了すると同時に一時間目開始を告げるチャイムが校内に鳴り響いた。



 

 一時間目終了後、一人のクラスメイトの男子生徒が陽太に声を掛ける。



「もしかして、陽太?」


「うん」


 声を掛けたのは、短髪で爽やかな男子生徒だった。


 彼の姿が目に映った瞬間、陽太は「あれ?」と思い、尋ねる。



 「もしかして、和正かずまさ?」


 「正解!」



 今野和正こんのかずまさ。陽太とは小学校時代、同じサッカークラブに所属していた。ポジションはDFディフェンダーCBセンターバックが本職だが、SBサイドバックもこなす。


「また陽太とチームメイトになるなんてな」


「和正なら強豪から誘いがあったんじゃないの?」


「まあ、話は貰ったんだけどさ。でも、前々からここのサッカーコースに入りたいっていうのがあったから」


「勉強の方も考えてってことか」


「そういうこと。陽太もそうだろ?」


「まあね」


 陽太がこたえると、和正は微笑んだ。


 その後、しばらく談笑していると、和正があることを陽太に尋ねる。



「そういえばさ、小学校時代によく応援に来てた女の子って」


「応援……結衣のこと?」


 結衣はよく、試合の応援に駆け付けていた。



「陽太のこと好きだったのかな?」


「な、何言ってんだよ……! そんなことあるわけないじゃん……」


「顔赤いぞ?」


 すると、クラスメイトが続々と陽太の元に集まる。


「ほんとだ!」


「照れてる!」


「羨ましいぞ!」


 陽太の表情は更に赤みを帯びる。



 入学二日目で陽太はクラスの人気者になった。

 


 

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