第二節 中学校卒業後の進路

「山東でいいの?」


 ダイニングテーブルの椅子に腰掛けていた母ののぞみが陽太へ尋ねた。


「うん。山東に行く。もう決めたよ」


 陽太がそう言うと、希の表情が曇った。


「陽太はもっと強いチームでプレーしたいんじゃないの?」


「それも考えたけど、逆にそういう強いチームを倒したいって気持ちが強くてさ」


 陽太は目を輝かせながら希の問いにこたえた。



「それに、サッカーだけじゃなくて、勉強の方も考えて山東に行きたいって思ったんだ」


 山取東高校は県内の公立高等学校。吉田体育大学附属高校と同じ体育科が設置されている学校だ。山取東高校では、体育科の中にサッカーなどに特化したコースが設置されている。陽太はその点に魅力を感じ、山取東高校への進学を希望した。


 希と言葉を交わしていると、彼女の隣で朝刊を読んでいた父の健司が新聞をたたみ、こう語り掛ける。


「山東か。俺の友達がそこのサッカー部のコーチをしているんだ。まあ、コーチになったのは昨年末からなんだが。友達が山東の監督の後輩で、監督から直接声を掛けられたそうだ」


「監督が直接声を掛けるってことは……」


「県大会上位。いや、それ以上を目指しているってことだろう」


 健司はそう言い、腕を組む。


 山取東高校のサッカー部は県内では決して強いとは言えない。高校総体県大会二回戦進出が最高成績。前年の高校総体新人戦は県大会に出場できなかった。


 吉田体育大学附属高校とは同じ地区。高校総体では、同一の地区から五校が県大会へ出場できる。


 健司はこう続ける。


「県内で吉体大附属を倒した学校はまだいないからな。倒したら凄いことだぞ」


 この言葉で気持ちが更に強くなった陽太は、希にあることをお願いしようと口を開く。



 すると、希は陽太が話そうとした言葉を先読みしていたかのように、間を挟むことなくこう話す。



「分かった。勉強、頑張りなさいよ?」


 これは、希の承諾のサインだった。



「うん!」


 

 翌日。教室に足を踏み入れた陽太の元に、和樹が歩み寄る。


「お前、どこの高校に行くんだよ」


 和樹の問いから少しの間の後、陽太は「山東」とこたえた。


 すると、陽太の答えを耳にした和樹は呆気に取られたような表情を見せるた。



「プロになりたいんじゃないのか?」


「道はいくらでもあるだろ」


 陽太は和樹の問いにこたえると、結衣達押し生徒数人からの眼差しを背に受けながら、職員室に歩みを進めた。


 

 放課後。教科書類をバッグにしまう陽太に、結衣が「一緒に帰らない?」と声を掛けた。


 陽太は「いいけど……」と返し、校門を出て、右手に田畑が見える通学路を結衣と歩いた。



「山東か……」


 通学路途中の十字路の手前で結衣が呟く。


「どうしたの?」


 陽太が問うと、結衣は首を横に振る。


「ううん」



 少しの沈黙の後、陽太は結衣の志望校を尋ねた。

 

 陽太の問いに結衣は空を見つめ、こたえる。


「今の段階では渡二高わたりにこうかな」


「頭が良いからな、結衣は」


「そんなことないって」


 結衣は笑いを交え、葉を返した。


 渡第二わたりだいに高校。通称「渡二高」は県内屈指の公立の進学校。毎年、多くの生徒が難関大学へ進学している。



「でもね」


 陽太はそう続けた結衣の横顔に視線を向けた。


「他に学びたいこともあるんだ。将来の為にね」


「結衣が興味を持ってることって?」


「内緒」


 陽太が見つめる結衣の横顔は将来への希望を含んでいるように映った。



 しばらく歩みを進めると、お互いの自宅が見えてきた。二人の自宅は隣同士。お互いの両親は昔から家族ぐるみの付き合いだ。


 二人から見て手前に見えるのが、仙田家の自宅だ。



「じゃあ、また来週」


「うん。バイバイ」


 陽太は結衣に手を振ると、玄関に歩みを進める。彼の背中を見つめ、結衣は寂しげな声を漏らす。


「こうやって一緒に帰れなくなっちゃうのか……」


 陽太が玄関のドアを閉めると、結衣は無意識のうちに止めていた足を再び進め出した。


 

 二月下旬。受験の日が近づき、陽太は勉強に明け暮れていた。


「これがこうで……」



 試験内容は筆記と実技。勉強の合間にサッカーの練習も行なっていた。


 この日は二時間以上机に向かった後、サッカーボールを手に庭へ出ると、リフティングなどで汗を流す。


 陽太の体は、本人が想像以上に軽快に動いていた。



 三月四日。午後二時過ぎに筆記試験を終えた陽太は、体育館でジャージに着替え、実技試験開始の時を待つ。


 

「筆記は思った以上に解けた。あとは、実技でどこまで点数を稼げるか……」


 陽太が呟いてから一五分後、実技試験開始を告げるアナウンスが流れた。



 午後三時過ぎ。陽太に順番が回ってきた。実技試験は、シュートやドリブルなどの基本的なプレーで採点される。



「大丈夫。大丈夫……」


 そう自身に言い聞かせ、陽太はセットされたボールの前にゆっくりと歩みを進める。

 

「次!」


 試験監督の声で陽太は「はい!」とこたえ、ゴールネットめがけて、右足でボールを蹴りだす。

 

 ボールはそ綺麗な直線を描き、そのままゴールネットを揺らした。


 その後のドリブルなどの実技試験も難なくこなし、陽太は試験監督に頭を下げ、体育館に歩みを進めた。


 

 そして、合格発表の三月一二日。陽太は山取東高校の校舎前に設置された掲示板の前に立つ。


 多くの受験番号が並ぶ中、陽太は目を凝らしながら自身の受験番号を探す。


 探し始めてからおよそ五分後。


「あった……!」


 陽太は自身の受験番号を探し当てると、ほっとしたように息をつく。



 だが、ここがゴールではない。高校合格は新たなスタート地点に立ったことを示す。



 陽太は気を引き締める。


「さあ、これから頑張るぞ!」


 

 その言葉からしばらくし、太陽は掲示された陽太の受験番号を眩しく照らす。


 その光は三年間でどれほどの輝きを増すのだろう。

 

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