Come from behind -無名のサッカー少年の物語-

Wildvogel

第一章 挑戦への幕開け

第一節 仙田陽太

「お前には無理だ」



 ある日の放課後、一人の少年は友人から辛い言葉を浴びせられた。



「大して試合に出られなかったのに」



 言葉を受けた少年は「本当にそうだろうか」とふと思った。



「分からねえだろ!やってみなくちゃ」


「絶対無理だ」



 友人は笑いながらそう言い、教室を出た。


 陽太は右手を握り締めながら教室に立ち尽くした。


 悔しさで……。



 仙田陽太せんだようた


 山取やまとり中学校三年生。この年、サッカー部を引退した。彼は小学校一年生からサッカーを始めた。ポジションはMFミッドフィールダー。主に攻撃的な役割をこなす。


  彼は伸び悩んでいた。


 小学校時代から周囲に置いていかれ、試合ではなかなか活躍出来なかった。それは、中学校へ進学しても同じだった。


 伸び悩んでいた。


 いや、もう伸びないのではないか。彼はそう思っていた。


 

 その彼には幼稚園の頃からの夢があった。


「プロサッカー選手になること」


 その夢を叶えるために練習を重ねてきた。しかし、なかなか成果が出ない。周囲に置いていかれる。終いには友人に笑われた。


 高校から声を掛けてもらうにも県大会にすら出場出来なかった。目立った活躍も出来なかった。


 陽太は夢を閉ざされかけていた。


 教室の自身の席に腰掛けて俯いていると、一人の女子生徒が陽太に声を掛けた。


「陽太!」


 クラスメイトの稲葉結衣いなばゆいだ。ポニーテールでバスケットボール部のキャプテンを務めていた。


「どうしたの? 俯いて」


「いや……ちょとさ……」


 陽太はほんのちょっと前の出来事を話さなかったが、結衣はその様子を見ていた。


「もしかして、和樹かずきが言ってたこと?」


「え……」


 和樹は「絶対無理だ」と言い、教室を出ていったクラスメイトだ。


「気にすることないよ。和樹の言うことなんて。簡単に諦めないでよ」

 

「でも、県大会にすら行けなかったし。それに、目立った活躍も……」


 そう言い俯いた陽太の右肩に結衣は手を置いた。


 そして。


「絶対誰かが陽太の凄さに気付いてくれるから」


 こう言葉を掛けた。


 結衣のこの言葉で陽太は彼女の目を見た。その眼差しに嘘は微塵もなかった。結衣は本当にそう思って言ったのだ。



「私、観てきたから。陽太の凄さ。皆、それに気付いていないだけ」


 陽太は無意識に黒板を見つめた。しかし、見ても何も書いていない。


「諦めないでよ。私、応援してるから」


 その言葉には力強さがあった。


 陽太の右肩を「ポン」と叩き、結衣は教室を出た。結衣の後姿を見送り、陽太は再び黒板を見た。


 気付いていないだけ。


 結衣の声が頭の中で再生されてすぐ、陽太は椅子に腰掛ける。



 その数十秒後、担任の佐藤が教室に入足を踏み入れる。


「なんだ、陽太。まだいたのか」


 佐藤輝人さとうてるひと


 社会科教諭でサッカー部の顧問だ。


「誰かと話していたのか?」


「ええ……まあ……進路のこととか」


「そうか。もう決めているのか?」


 その問いに、陽太はすぐにこたえることができなかった。


 少しの間を置いて「山東やまとう山取東やまとりひがし高校の略称)です……」と弱々しい声でこたえ、俯いた。


 すると、佐藤は陽太をじっと見つめ、こう言った。


「いいのか、山東で。陽太なら吉体大附属よしたいだいふぞくで更に伸びると思うんだが」


 その言葉で俯けた顔を上げた。陽太は聞き間違いではないかと耳を疑った。


「俺は本当にそう思って言ってるんだ」


 本当だろうか、と陽太は再び俯いた。



 佐藤は陽太の夢を知っていた。そして、陽太の凄さも知っていた。だからこそ出た言葉であった。


 陽太は数十秒後に顔を上げ、こうこたえた。


「強豪のレギュラーになればより注目されて目に留まると思います。でも、それ以外に目に留めてもらえる方法はあると思って」


「何か考えがあるのか?」



 少し間を置き、陽太はこうこたえた。



「吉体大附属を倒して全国に行きます!」


 それが陽太の考えた方法だった。


 

吉田体育大学附属よしだたいいくだいがくふぞく高校」通称「吉体大附属」。


 高校サッカーの超名門。毎年、全国で名を轟かせた中学生がこの学校に集まってくる。これまで一〇年以上連続してインターハイ、冬の選手権全国大会に出場している。大きな大会での優勝回数は二〇回以上。毎年のようにプロ選手を輩出している。


 その強豪を倒すと陽太は言った。


 佐藤は陽太の目をじっと見つめる。



「そして、プロになります!」



 陽太の力強い声が佐藤の耳に届く。


 佐藤は小さく頷き、目を輝かせる陽太の右肩に手を置き、力強く言葉を掛ける。


「活躍してサッカー界で名を轟かせてこい!」

 

 そして、陽太の右肩をポン、と叩くと書類を右手に携え、職員室に歩みを進めた。



 佐藤の背中が見えなくなった瞬間、陽太は決心する。


 絶対にプロになってやる!



 陽太はバッグを左手に携え、教室を出て自宅に歩みを進めた。


 

 翌日。教室に入ると結衣が陽太に声を掛けた。


「おはよう。昨日、佐藤先生と何か話してたの?」


「ああ……進路のことかな……」


「進路……陽太はどこを志望してるの?」


「山東だよ」



 すると、結衣はこう言った。


「いいの? 本当に」


「え、どうして……」


「だって、陽太なら……」


「いいんだ、山東で。それに……」


「それに?」


 陽太はその先を言わなかった。しかし、その続きは結衣に伝わっていた。


 結衣は陽太をじっと見つめ、力強くこう言った。


「絶対だよ!?」


「ああ!」


 結衣は笑みを浮かべ、陽太の右肩を「ポン」と叩き、席へ着いた。


 チャイムが鳴り、佐藤が教室へ入った。一時間目が始まる。


 同時に陽太の夢への挑戦が始まろうとしていた。

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