4.対公国戦 part2
この世界の戦争において、魔法は様々な面で使われている。相手の通信を盗み聞きしたり、幻を見せて部隊を撹乱させたり、純粋に圧倒的な火力を放つ魔法で敵を殲滅したり、怪我をした兵士を癒したり……魔法学の成績が壊滅的だったピシュカも、戦場で使われる魔法には詳しい。その為、偵察にも当然の如く魔法が使われる。浮遊魔法を応用してドローンのように動かせる機械に、これまた監視魔法を応用した撮影機を取り付けた〈偵察器〉という代物である。ラジコンコントローラーに電子辞書程度の大きさの画面が付いたような操作器で動かすこの機械は、常に魔力を供給し続ける必要があり、操作者以外に魔力を供給する供給器を持つ者が必要である。しかも操作器は反応が悪く、四百メートル以上離れると魔力が途切れて墜落してしまうというお世辞にも使い勝手が良い代物では無かった。しかし空から見下ろして敵を探す事が出来るので、様々な改良が施されつつ偵察器は発明から半世紀が経っても使われ続けていた。
帝国軍が使っている偵察器は、試験的に透明化魔法が使われていた。よく見ればすぐに分かってしまう程度の物だが、空中高く飛んでいればバレない。森でも比較的魔物が大人しい街道沿いの草木に紛れ、偵察部隊が公国軍の動向を観察していた。
「おい、低く飛びすぎた!これではバレるぞ!」
「この高度じゃないと魔力が届きませんよ!」
「隊長、戦車の音です。近付いてきました」
偵察部隊は一斉に身を隠し、戦車部隊を先頭に街道を通っていくのを息を潜めて見守る。
「予定より少し早いか。すぐに迎撃部隊に連絡しろ」
偵察部隊の隊長が腕時計を見ながら通信兵に命令する。
「はっ」
「迎撃部隊って……あの化物ですか?」
一人の兵士の言葉に声が聞こえた者たちの顔が引きつる。出発前、彼らはヨーゼフの作り出した『兵器』が檻に入れられているのを目撃していたのだ。
「馬鹿野郎、あれは陛下肝いりの兵器なんだぞ」
「ですが、聞いたことありませんよ。あんな魔物を戦場に投入するなんて話」
「ワイバーンは戦場で使えるだろ。魔法技術研究省が調教方法を見つけたんだ。それで十分さ。とっととこんな森から出ていくぞ。でないとこの森の魔物に喰われる羽目になる」
******
「カウザー将軍、偵察部隊からの報告です!」
『黒い森』より一キロ程離れた場所にある小さな町。そこには公国進攻軍の司令部が置かれていた。進攻軍の司令官はパール・カウザー将軍。公国で旧帝国派と目されていた貴族の家に生まれ、家が宮廷闘争に負けて没落した事をきっかけに軍人を目指し、士官学校卒業後に公国軍内で頭角を表し順調に昇進していったものの、それを疎んだ軍部によって連盟のクーデターのどさくさに紛れ排除されかけたところを帝政貴族軍に拾われた経歴を持つ。六十代半ばの老将だが、その軍事的手腕は帝国軍でも一目置かれている。
「情報より少し早いか……。まあ良い。こちらの準備は既に完了している。迎撃部隊は!?」
「敵部隊を捉えたそうです!」
「そうか。では予定通りあの化物共を解き放ってやれ」
命令を受けた迎撃部隊は、車輪の付いた檻を前面に押し出し、檻の鎖を外す。
「本当に大丈夫なんですね?」
迎撃部隊の指揮官は隣にいるヨーゼフ・ヘンゲ帝国魔法技術研究省長官に尋ねた。
「大丈夫!檻が開いたら真っ直ぐに突進していくはずだから。それにこちら側に危害が加わらないようにちゃーんと対策はしてるから安心してよ!」
「……信じますよ」
指揮官はそうぼやくと、手元にある檻の遠隔開閉ボタンを押した。
「イギャアアアアアァ!!」
檻が開いた途端、ゴブリンたち──正確にはゴブリンだったものたちは、狂気の雄叫びを上げて檻から飛び出し、公国軍がいる方向に突進していった。
森を抜け、パールが司令部を置く町に進路を取った公国軍部隊は、人とは思えない叫び声に気がついた。
「うん……?」
戦車に乗っていた一人が、ハッチを開けて持っていた双眼鏡を覗くと、緑色の怪物が猛進してきているのが見えた。身体は人より大きく、片腕だけが異常に発達していたり、三本目、四本目の腕や脚が生えているモノもいる。中にはあり得ない場所から頭が生えているモノもいる。どちらにせよ、自然に発生した生物ではないのは確かである。そんな怪物たちが十体もいた。
「──ッ!?何だぁ、あれ!?」
「どうする!?」
「迎撃だ!撃て撃て!」
この時点で森に引き返せばまだ助かる可能性があったが、事態に驚愕した公国軍部隊は判断を誤り攻撃を開始してしまう。戦車に付いた銃座からの銃撃にますます興奮した怪物たちは、その巨体に見合わぬ俊敏さで銃弾を避けつつ部隊に肉薄した。
「うわあああぁーー!!」
最初にたどり着いた怪物は、戦車のハッチから顔を出し絶叫していた兵士の首を引きちぎり、血を浴びながら狂喜に叫んだ。
「敵部隊は混乱しています。……正直、ここまで上手く行くとは思っていませんでした」
司令部にいたパール以下数名の幕僚たちが偵察器からの映像を見ていた。
「たかが一個中隊が何をしに来たというのだ。
砲兵隊の砲撃が敵部隊に次々と命中している映像を見ながら、パールは顎に手を当て考え込む。
「将軍、敵が撤退の動きを見せています」
幕僚の一人が映像を見て言った。まだ生き残っている歩兵と戦車が散り散りになりつつ街道へ引き返していく。
「砲撃を停止させろ。残ったやつらは行かせてやれ。あの怪物共は……まだ二、三体生きているな」
パールは通信機を手に取り迎撃部隊の陣地にいるヨーゼフに連絡する。
「博士、実験動物が残っているぞ。どうするつもりだ」
「こちらで処分するので大丈夫ですよ~」
通信機に向かってヨーゼフは陽気に答えた。白衣の胸ポケットから小さなリモコンのような物を取り出すと、黄色いボタンを押した。
「グギャッ!?」
生き残っていたゴブリンたちは突然胸の辺りを抑え、苦しみ始める。
「……!?」
兵士たちはその様子に騒然とするが、ヨーゼフはどこ吹く風といった様子で口笛を吹いている。
「博士、あれは……」
「体内に仕込んでいた毒薬のカプセルを破裂させたんだよ~。どうせ使い捨てだしね~。それに生きていては危険過ぎて解析出来ないもの。研究は死体でも出来るからね」
ゴブリンたちは絶叫する間もなく次々と倒れていく。
「よーしこれで全部終わったね!我が軍の大勝利!あっ、死体は後で回収してこっちに送ってね」
ヨーゼフは手をひらひら振りながらバギーに乗り込み、そのまま行ってしまうのだった。
******
「敵部隊は潰走し、我が方の損害は一切ありません。取りあえずはこちらの勝利と見て良いでしょう」
その後、パールはヘルムートからの電話を取り、戦闘結果を報告していた。
『捕虜はいるか?』
「瀕死の兵士が数人。口が聞けるようになるには時間がかかります」
『そうか。部隊を差し向けた理由を知りたい。この微妙な兵力を派兵した理由をな』
帝国軍総司令部は今回の公国軍部隊の進攻を一応威力偵察であると見ていたが、実のところそれは意図が掴めなかった為の推測であった。戦場において偵察というのは二種類に分けられる。隠密偵察と威力偵察(強行偵察ともいう)である。前者は読んで字のごとく敵に察知されないように行動しながら敵情を把握することで、一方の後者はあえて小規模な攻撃をすることで敵の戦力を計る偵察のことである。無論威力偵察にはかなりの危険が伴う為、普通であればヒットアンドアウェイ戦法が取れる機動部隊によって行われる。端的に言えば適当にちょっかいを出してもすぐに逃げ出せるようなフットワークの軽さが必要なのである。しかし今回の敵部隊は、通常編成の戦車小隊一個に数個小隊規模の歩兵が整然と並んで堂々と歩いてやって来るという訳の分からない行動を取ってきた為、帝国軍司令部に少しばかりの混乱が生じたのだ。
最初にこの情報がもたらされた時、司令部はブラフか何かだろうと見当をつけていた。仮に公国側からの視点で見てみると、イリオス地方に進攻する為には航空戦力が必須だからである。この世界における航空戦力とはすなわちワイバーンである。大陸に普遍的に生息し、何の予定調和も無く人々を襲う
そんな強力な戦力であるワイバーンを使わずにやって来ると言われて信じる者はほとんどいなかった。大方偽情報を漏らし、空中戦力であるワイバーンを用いた機動戦を仕掛けてくるものと予想した司令部は、対空兵器を周到に用意し、今か今かと待ち構えていたが、結局来たのは情報通り一個中隊だけであった。
「了解です。情報を得たらすぐに連絡致します。──帝国万歳」
『帝国万歳!』
電話を切ったパールは、椅子に座って息をつく。何はともあれ今度はこちらから進攻するのだ。敵方の動きが少し不可解だが、今後の計画は変わらない。気を引き締めなければ。
司令室の扉をノックする音が聞こえた。ドアを開けたのは幕僚の一人で、息を切らせている。
「将軍閣下、捕虜の一人が目を覚ましました!」
「そうか!喋れるのか?」
「ええ。ですが、目覚めてすぐに暴れだしたので今鎮静剤を打っています」
「まあ、目が覚めてすぐに敵陣の中に居れば混乱するだろう」
「いえ、軍医が言うにはどうも混乱しているだけではないようで……」
******
「連盟の勇者が来ている?それは本当ですか?」
数時間後、パールはとある人物に電話をかけた。その人物は『高等治安維持官』という役職が与えられていた。
「目を覚ました捕虜が暴れながら言っていたそうだ。自分たちは勇者に認められた『勇者軍』の兵士だと。私も確認したが、確かに着ている服は公国軍の軍服ではなかった」
「勇者軍ですか。連盟が勇者を主体とする軍事組織が設立したということでしょうか」
「捕虜の言葉を鵜呑みにすればな。だがその予想もあながち間違いではないかもしれん。敵が放棄した戦車を調べたら、オセアディアやパレサが制式採用しているBー12をマイナーチェンジしたものだと分かった。Bー12よりも厚く正面からの攻撃をほぼ通さない装甲だ」
「……最新鋭の兵器を優先して配備されていると?」
「さあな。ただどいつもこいつも新兵にしか見えん顔だった。全ては戦場で対面すれば分かる事だ……」
「分かりました。私たちが森に入るのは予定の時間通りで……はい、そうです。ではよろしくお願いします」
高等治安維持官は電話を切り、ベッドでシーツを被って寝ている人物に声をかけた。
「姫愛奈さん起きて。もう行く時間だよ」
ゆっくりと瞳を開いた姫愛奈は、政臣を一瞥して言った。
「キスしてくれたら起きてあげる」
政臣と姫愛奈の正体を知る者は帝国内でも上層部にしかいない。表向きには、勇者召喚の際につま弾きにされ、その後傑たちと再会を果たしてシャルロットを救った異世界人ということになっている。これは全く嘘ではないのだが、流石に神の眷属として世界を混乱させようとしているということは教えられない為、シャルロットの意思で簡単に動かせる戦力、〈高等治安維持官〉として帝国上層部に絶対的な地位を確立させていた。その素性を怪しむ者はいたが、それでも帝国の為に勇者と共に活躍しているので、ある程度の信頼は勝ち取れていたのだった。
政臣はベッドに座り、壊れ物のように姫愛奈の頭を優しく撫でる。姫愛奈はご満悦の様子で政臣の手を取り自分の頬に当てさせる。
「姫愛奈さん」
「イヤ。キスして。じゃないと言うこと聞かない」
「……」
政臣は姫愛奈を起き上がらせ、抱き抱えた後に唇を合わせた。
「ん……」
「とりあえずはこれで満足して」
そう言って政臣は姫愛奈の顎の下を撫でる。
「んにゃあ」
(可愛い)
政臣は姫愛奈の妖艶さに我を忘れそうになるのを必死に堪える。ややあって例の新しい戦闘服に着替えた姫愛奈は、笑顔で政臣の手を取った。
「行こ?」
「うん」
(やっぱ最高だな。伯父さんは沢山の女の人にモテてたけど、俺は姫愛奈さんだけで十分だな)
ザ・イケおじだった伯父の基臣が女性を侍らせていた光景を思い出しながら、政臣は姫愛奈の手を優しく握る。二人は周囲にイチャイチャの波動を撒き散らしながら傑たちの所へ行くのだった。
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