10.やっぱり平穏じゃない異世界

 シャルロットの皇帝即位を終えた神聖バラメキア帝国は、政府機関の拡充に勤しんでいた。正式にスタイドルを宰相に任じたシャルロットは〈宰相府〉を設置し、ピシュカを軍需物資の生産を統括する〈帝国軍備生産省〉の大臣とした。またヴィオレッタはシャルロットの身辺警護と国内の治安維持を担う準軍事組織〈保安親衛隊〉の統括長官となり、オセアディア王国時代から続いて秘密警察のトップとなった。最後にヘルムートは『自称』国家元帥から帝国元帥となり、〈帝国元帥府〉を開いて帝国軍総監となった。なぜ最高司令官ではなく総監なのかというと、名目上最高司令官は皇帝であるシャルロットなのだが、軍事面は全くの無知であるため、ヘルムートがその権限を借りているという体裁になっているからである。


 またそれ以外の行政機関も次々と設立された。イリオス地方を占拠した悪党たちは、これ以上無いほどに下品で粗野だったが、自分たちに行政的な能力が無いということは分かっていた。そのため公国のイリオス地方統治機関の面々は、逃げおおせた者たち以外は家族などを人質に取られながら行政を行っていた。帝国が地方を解放してからは、そのうちの何割かが帝国に参加した。残りは帝国への参加を拒否したり、エル・ビ・カタリア攻略戦の時にひっそりと逃げ出したりしていた。しかし帝国はそんな彼らを咎めることはせず、何も言わずに彼らを見送った。これは新たな帝国が比較的寛容であるというアピールをするためでもあったが、わざわざ反対派を引き留めておく理由もないというシャルロットの判断もあったのである。順調とは言わないまでも、帝国は着々とその体制を整えていた。


 だが、そんな帝国をこころよく思わない勢力は、至るところに存在していたのである。


 「公国軍に動員の兆しあり、ね……」


 再建されたエル・レ・バラメキアで行われている閣僚会議では、バラメキア公国軍が帝国に対し敵対的な動きをとっていることが議題に上がっていた。


 「はい。公国に潜り込ませている我が軍のスパイからの情報で、信頼性はかなり高いものです」


 帝国元帥府の官房長となったアストラインが、淡々とした口調でシャルロットの呟きに呼応するように話を続ける。


 「今まで我々の行動を静観する方針をとっていた公国は、ここに来て連盟から『本格的な対処』をするよう要請されたようです」

 「本格的、ね。つまりは私たちを潰せってことでしょう?」

 「そういうことかと。ですが、幸いなことというか、公国にとってもこの要請は意外なものだったようで、慌てて準備を始めたというのが実情です。どうも公国は我々への対応で上層部の意見が対立していたようで」


 バラメキア公国は、人間が多く居住する大陸西部のおおよそ中心部分に位置し、国土のほとんどが作物の育成に適した肥沃な平野であり、対亜人戦争では国内で大量に生産された食料を人間国家に供給することで戦争に貢献していた。しかし連盟の一斉クーデター後は、亜人国家の一つ〈北洋ガラグール聖王国〉の食料支援の影響で連盟内での立場が微妙なものになっていた。北洋ガラグール聖王国は大陸北部の冷たい海に面する国だが、内陸になっていくにつれ大陸西部とは比べ物にならないほどの肥沃な大地が広がり、『亜人国家の食糧庫』とあだ名されるほどに大量の作物を生産していた。北洋ガラグール聖王国は魔法に秀でたエルフが治める国であり、魔法による数百年レベルの土壌改造によって害虫や病気を一切寄せ付けないどころか、栄養が枯れない夢のような大地を作り出していた。


 「……『正式』に帝国の復活を宣言して数ヶ月。上げるには重すぎる腰を持っているのね。で、軍部はこれに関して何か対策を取っているのかしら」

 「無論です」


 そこでアストラインは腕を組んでいるヘルムートに目配せをする。


 「公国への対策は帝政貴族軍を結成する前から考えておりました。それは帝国となった今でも変わりません。数十のプランを策定しており、今回の動員も想定の内です。既に軍では対応プランを確定して動いております。軍需物資の事前集積は勿論、第一師団に境界線への集結を命令しており、公国軍の進攻に即応出来る態勢を整えております。また、ある程度こちら側が攻撃しやすい地点まで敵を誘引するため、境界線近くの集落や町の住民を避難させております」

 「素晴らしい。やっぱり専門家に任せるのが一番だわ」

 「おお……!陛下……!」


 シャルロットの何気ない言葉にいたく感銘を受けるヘルムートをよそにアストラインが話を引き継ぐ。


 「向こうは我々を国家とは認めていないので、おそらく簡単な勧告をした後に進攻してくると考えられます」

 「敵の進攻ルートは?」

 「地方の北西……この丘陵地帯の森林から進攻してくると思われます」


 ピシュカの問いかけにアストラインはテーブルに地図を広げて指差した。イリオス地方は鉱物資源が豊富な代わりに、農作に使えるような土地が少ない枯れた土地であった。そのため味方のいない帝国は、現状政府が厳正な統制の下臣民に食糧を配給している状態だった。


 逆に公国は国内の資源地帯を『神聖バラメキア帝国』と名乗る武装勢力に確保されているという状態であり、国内産業への影響──もちろんマイナスな意味で──は大きいものだった。


 両者が歩み寄って共存の道を模索したり、或いは帝国が素直に公国へ恭順すれば話は違ったが、公国は連盟の方針に則って帝国の存在を完全否定しているし、帝国もいつかは公国を滅ぼすつもりでいたので、そもそも話し合うという選択肢は無かった。何らかの相違点を上げるならば、帝国がかなり前から事態を想定して準備を続けていたのに対し、公国は今になって準備を始めたことであろう。


 「向こうの準備が終わるのはいつ頃?」

 「約二ヶ月後です。かなり強引に徴兵し、即席で兵士を練兵しているようですが……」

 「そう。実は、今回の戦争に関して私からちょっと提案があるの」

 「提案?」


 閣僚たちはシャルロットの言葉にざわめく。


 「まあ正しく言うと私とヘンゲ博士の提案なんだけど──」

 「はいはーい!ここからはこの天才ヘンゲ博士が陛下に代わって話しまーす!」


 閣僚たちの中から一人の男が勢いよく席を立った。赤いネクタイを着けたシャツの上に白衣と紫色のグラスがはまっているモノクルを左目に着用し、明るい茶髪は撫で付けられている。口を大きく開き、もはや狂気を感じさせるほどの屈託の無い笑顔を絶やさず、好奇心旺盛な少年のように若々しい声で話すその男こそ、〈帝国魔法技術研究省〉長官、ヨーゼフ・ヘンゲであった。


 「こちらで開発している『新兵器』が実戦に堪えうるものか運用試験をさせてほしいでーす」

 「新兵器?」

 

 ヘルムートが訝しげにヨーゼフに問いかける。


 「はい!心理系魔法を複合して使用することによって調教した魔物を強化した生体兵器です!」

 「はあ!?」

 「まっ、魔物!?」

 「待て待て。そんなこと全く聞いていないぞ!」

 「魔物を使役するというのは、つまりワイバーンということか?」


 動揺が広がる中、閣僚の一人がヨーゼフに質問する。この世界の空を実質的に支配している飛行型魔物の一角、ワイバーンは孵化した直後なら刷り込みの要領で人間を親と認識し、調教次第で航空戦力として活用出来る。特に亜人国家ではワイバーンを航空兵器のように運用するドクトリンをとっている国が多い。


 「いやいや、ワイバーンは一匹あたりのコストが高いし、繁殖力も高くないから兵器化には適していません!」

 「じゃあ何だと言うんだ?」

 「ゴブリンですよ~」

 「ゴブリン!?」


 この世界のゴブリンはある程度の知能を持ち、部族社会を築くほどには賢いが、人間や亜人に明確な悪意を持って危害を加える存在であるため、魔物と定義されていた。


 「魔物の中でも一定の知能を持つゴブリンを服従させて、かつ様々な強化魔法で強制的に体格や体力を向上させたことで本来のをはるかに越える生体兵器が出来ました!」

 

 ヨーゼフは自信満々に胸を張るが、閣僚たちは不安げな表情で囁きあっている。

 

 「あれ?どうしたんです?」

 「……それが活用出来る場面が、果たしてあるのでしょうか?」


 アストラインがいつもの冷淡な口調でヨーゼフに質問する。


 「もちろんです!プランには、ある程度敵が突出した時点で重砲による攻撃を加えるという計画がありますよね?」

 「ええ。あの境界線付近はとても深く、かつ魔物が生息している森になっており、強行突破で進軍するのはあまり現実的ではありません。よって北西に存在する丘陵に作られた古い街道を通ってくると踏んでおります。そうなると、街道を通りきった敵は自然と突出する形になり、そこで頭を抑えることで向こうの進攻を足止めするという計画です」

 「そこに私が作った生体兵器を投入して、敵を混乱させている間に砲撃を加えるというのはどうでしょう?油断してのこのこやって来た連中を私のゴブリンで撹乱し、その隙に重砲の容赦ない砲撃で殲滅するのです!」

 「閣下」

 「……」


 ヘルムートは腕を組み、しばらく考えこんだ。


 「……これには陛下の意向が汲まれておる。我輩は陛下の臣下。陛下がやれと命じたことをやるのみ!よかろう!その生体兵器とやらが役に立つかどうか試してやろうではないか!」

 「わーい!元帥の許可が出た~♪」


 ヨーゼフは小躍りでも始めそうな様子で喜ぶ。アストラインはため息をつき、「どうなっても知りません」と小声で呟いた。

 

 「何にせよこれが新生バラメキアとして最初の対外戦争よ。全員気を引き締めているように」

 「はっ!」

 

 閣僚たちが一斉に立ち上がりシャルロットの言葉にバラメキア式の敬礼をする。帝国の存続をかけた戦いが目前に迫っていた。



 

 

 

 


 

 


 


 

 


 


 


 


 

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

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