8.救出と最終占領作戦

 エル・ビ・カタリアはその大部分を帝政貴族軍が占拠し、あとはかつての神聖バラメキア帝国の宮殿だった〈エル・レ・バラメキア〉周辺の区域のみとなっていた。エル・レ・バラメキアは総面積六十平方キロメートルにわたり、生き残った悪党たちが立てこもっていた。


 「は~あ。爆発の音がこんな近くにまで……。もう駄目かもな~」

 

 歩哨として庭園を歩く二人組の男の片割れが言った。


 「せっかく脱獄出来たと思ったのに、ここで終わりか~」

 「うるっせえな。ならまた逃げれば良いだろ。今ならまだ間に合うって」

 「無理だよ。お前宮殿の外見たことねえのか?あいつら見境なしに殺してるぞ。俺たちを生かす気なんかねえんだよ」

 「そうだな。お前たちを生かせとは命令されてないからな」

 「!?」


 二人は黒い制服を軍服のような衣装を着た銀髪の少年が背後に立っているのに気づき仰天する。


 「な、なんだお前ぇ!」

 「落ち着け。お前たちと同じく見張りだよ」


 政臣は瞳を光らせマインドコントロールの能力を発動する。悪党二人は途端に棒立ちになり、ややあってこう言った。


 「……なんだ、おどかすなよ」

 「お前らはあっちを見張ってろって」

 「おうよ」


 悪党二人は談笑しながら行ってしまった。


 「……よし、もう出てきて良いぞ」


 近くの茂みから恐る恐るといった様子で傑、士門、暁斗が出てきた。


 「す、すげえ」

 「本当に誤魔化せた……」

 「神様の力の一端でござるか」


 三人は政臣の手際に感心しつつ付いていく。


 「第一の目的は姫愛奈さんの救出だからな」

 「利奈もだ」

 「葉瑠どのもでござるよ」


 政臣の言葉に傑と士門が非難するような口調で返す。


 「にしても広いな。こんな建物を維持してたなんて、公国も相当苦労してたのか……?」


 そう言いつつ政臣は建物の壁に手を当てる。途端に手を当てた部分が崩れ、地面に落ちてバラバラになった。


 「いや、放置してたっていうのが正しいな」


 四人はしばらく歩き続け、やがて宮殿でも一際蔓が纏わりついている建物に到着した。その建物は窓がなく、心なしか周囲がじめついている気がした。


 「鏡で見た姫愛奈さんがいた場所の景色から推察するに、姫愛奈さんや他の二人はこの『尋問室』にいると思う」

 「尋問室って……海外ドラマで見るような刑務所じゃねえか!」


 政臣が取り出し広げた地図を見ながら暁斗が言った。傑と士門も同意するように頷く。


 「きっと罪の有り無しに沢山の人がここに放り込まれたんだ。そして様々な拷問が行われていたんだろうな」

 「想像するだけでおぞましいでござるな……」

 「拷問……利奈たちは大丈夫だよな?」

 「夏井はどんなヤツだ?」

 「ド変態だろ?」

 「サディストでござろうなぁ」

 「な?そんなやつがクラスでも美少女と称される三人を確保していたらどうするか……」

 「どうするんだ?」

 「バッカおめえ、それはたった一つだろ!強姦しようとするに決まってるじゃないか!そして快楽に溺れさせて──」

 「ハイハイ。そうやって発作を起こさないでほしいでござる。白神どののことになるとすぐに周りが見えなくなるのは困りものでござるな……」


 士門は両手を広げてため息をつく。


 「何だと!じゃあ住良木さんがここにいるやつらに襲われてたらお前はどうすんだよ!」

 「は?殺すに決まってるでござろう。葉瑠どのは拙者のものでござるからな」

 「いやお前も愛が重いな!?」


 つい数秒前まで政臣の言葉に辟易する様子を見せていた士門の豹変具合に暁斗は思わず突っ込む。


 「なあ傑、お前も何か言ってやってくれよ」

 「……確かに利奈が他の奴らに取られるのは、考えるだけでも嫌だな。急ごう!」

 「お前もか……」


 暁斗はそれ以上言うのをやめた。


 全員が準備完了だと頷くと、政臣は渡されていた信号拳銃を取り出し、上空に向けて撃った。エル・ビ・カタリアの上空を飛んでいるランタンのような形状をした監視機器が、信号弾の光を映した映像を高射砲部隊に送る。


 「──!信号弾です!」

 「本当に潜入成功したのか……。……攻撃用意!」


 高射砲部隊の指揮官は映像機器に映る信号弾を確認し、予定通り目標を宮殿に定める。


 「いいか、間違ってもこの尋問室と呼ばれる建物に当てるなよ。それで何かあったら俺たち全員殺されるぞ」

 「は、はあ……」


 指揮官の念押しに部下たちは揃って困惑の表情を作る。


 「準備完了しました!」

 「よーし、一斉射だ!──撃てぇーー!」


 指揮官の号令より一拍おいて高射砲が轟音と共に一斉に火を吹く。砲弾は次々と着弾し、建物や悪党たちを吹き飛ばす。


 「やっぱり宮殿に撃ち込むって策は危険だったでござるな!」


 目の前に着弾した砲弾の作った小さなクレーターを見ながら士門は叫んだ。


 「急ぐぞ。宮殿の制圧部隊も到着する。さっさと三人を救出して、問題児を締め上げるぞ」


 政臣がパチンと指を鳴らすと、その影から重装甲ルドラーが出現する。


 「行くぞ!」


 一行は建物の入り口を発破し、まず先鋒として暁斗が突入する。


 「オオラァッ!」


 暁斗は爆音で耳を押さえてほとんど棒立ちの状態でいる見張りたちにに向かって拳を振るう。暁斗の振るった拳は装着している手袋の魔法によって衝撃波を作り出し、直接拳を当てることなく見張りたちを吹き飛ばした。


 「それじゃあ暁斗は手筈通り囚われている他の人たちを救出してくれ」

 「人助けならいくらでもしてやるぜ!」


 暁斗が暗い廊下に飛び込んで行った後、三人はそれぞれ分かれて姫愛奈、利奈、葉瑠を探し始めた。


 「あの映像からして比較的大きい牢に閉じ込められているはずだ……」


 政臣はルドラーを伴い薄暗い建物の中を走る。人が閉じ込められている牢を見つけると、鍵を破壊し解放して姫愛奈の姿がないか探すが、一向に見つからない。


 (一体どこにいる……。この短時間で別の場所に連れていかれたなんてことは──)


 その時、聞き馴染みのある声が悲鳴となって建物に響き渡った。


 「この声──姫愛奈さん!」


 政臣は全力疾走で声のした方向へ向かう。そこは建物の最上階で、下の階にある牢と違い様々な拷問器具が置かれていた。通路に面した大きめのものが三部屋程度しかなく、その内の一つに数人の男たちが入って中央の寝台に集まっていた。


 「おい、外がやべえぞ!こんなことしてる暇ねえだろ!」

 「ボスのいないうちにこの『とっておき』を楽しんでやろうぜ!一回だけだ!」

 「おい暴れるな!くそっ、コイツ女のクセに力強えぞ!」

 「んー!んー!」


 姫愛奈が男たちに取り押さえられ、口を塞がれていいようにされていた。嫌らしい手つきの感触に姫愛奈は涙を浮かべ、政臣が来るのを待っていた。


 「なぁにやってんだゴミ共がぁーーッ!!」


 政臣は男たちに突進し、まず一人の首を飛び蹴りでへし折る。次いで姫愛奈の胸を掴んでいた男の腹にモーゼル・フェイクの銃口を突き刺し連射して内臓類を破裂させる。そして咄嗟にナイフを抜いた別の男の突きを腕で防ぐと、顎にエネルギー弾を食らわせ粉砕した。


 「──!まっ、政臣くん!」

 「ごめんね、こんな目に遭わせて。助けに来たよ」


 姫愛奈は潤んだ目で政臣を見つめる。


 「今手の拘束具を外してあげるから……鍵は!?」


 政臣は腰を抜かし、小便を漏らしている男を見つけてその首根っこを掴む。それは仲間に逃げるよう諭していた男だった。


 「あの拘束具の鍵はどこにあるんだ」

 「うっ、うう……」

 

 政臣は男の右太ももを撃ち抜いた。


 「ぎいやああああ!!」

 「次は左だ!鍵はどこだ!」

 

 男は激痛に悶えながら政臣から見て右方向を指差す。そこには鍵束がフックに吊るされていた。


 政臣は男の顎に銃口を突きつけエネルギー弾を貫通させると、鍵束を乱暴に取って鍵穴に合う鍵を探す。


 「どれだ……?」


 鍵探しに難航していると、複数の足音と男たちの声が廊下から聞こえてきた。


 「ルドラー!クソッタレ共を迎撃しろ!」


 ルドラーたちは主人の命令に従い、廊下を走ってきた男たちに容赦の無い銃撃を加えた。マズルフラッシュが身体中に風穴を空けた男たちが倒れる様をうつしだす。


 政臣は合う鍵を見つけ、姫愛奈の手首を拘束する枷を外す。自由になった姫愛奈は間髪入れずに政臣に抱きついた。


 「ちょっ──」

 「信じてた……!助けに来てくれるって……!」

 「姫愛奈さんの彼氏だからね。戦闘服は?」

 「いつの間にか脱がされてたの。ちょっと寒いかも……」

 「じゃあこれを」


 政臣は羽織っていたコートを姫愛奈に与え、制帽の位置を調整する。姫愛奈はコートにくるまって隙間から手を伸ばし、政臣の腕を掴む。


 「行こっか」


 外に出ると既に傑たちがおり、宮殿制圧部隊が救出された人々を保護していた。


 「政臣!」

 「無事で何よりでござるな」


 傑と士門はそれぞれ利奈と葉瑠に付き添っていた。


 「……やっぱり姫愛奈も魔法が使えない拘束具で拘束されてたの?」

 「うん。それに錆び付いてるように見えて全然外れなかったわ。結構力あるのに……」


 利奈の問いに姫愛奈は答える。葉瑠は黙ったまま士門の背中に抱きついている。


 政臣は姫愛奈の言葉に疑問を持つ。アマゼレブによって驚異的な身体能力を手にした姫愛奈に外せない拘束具とは……。政臣は後でシャルロットに調べてもらおうと考えた。この世界の魔法についてはシャルロットが誰よりも詳しい。


 「……了解。こちらも……はい、では。──宮殿の制圧が完了したそうです」


 部隊の指揮官が通信機を片手に政臣たちに言った。


 「夏井は?」

 「第一ターゲットはいなかったようです」


 夏井は殺害対象筆頭として挙げられていた。


 「……またどこかに逃げたか」


 空が白み始める。また新しい朝がやって来た。政臣は空を飛ぶ鳥の群れを見ながらこれからのことに思いを巡らせた。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

 

 


 

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