7.錯乱する主人公
徒歩で味方部隊と合流し、倒した魔導士たちの武器を回収し、都市の外にある都市攻略戦司令部に戻った政臣は、兵士たちから敬礼されながらヘルムートのもとへ向かった。
「元帥、私です。戻って参りました」
「おお。戦果は?」
ヘルムートは椅子に座りどっしりと構え、政臣たちの帰りを待っていた。
「小物ではありますが十人の魔導士を排除しました」
「十人!?」
「まさか一人で!?」
ヘルムートの部下たちがざわめく。
「証拠は?」
アストラインが冷淡な口調で政臣に尋ねる。政臣は一緒に帰投した部隊の隊長に顔を向ける。
「はい。護衛に付いていた機械人形は全て破壊されていましたが、確かに政臣様は十人の魔導士を葬ったと報告出来ます。証拠となる武器と死体も回収しました」
それを聞いたアストラインは頷く。
「うむ。ならばよい。さすがは神の使いである!」
「恐縮です」
(内心凄く焦ってたってのは黙っておこう)
それから一時間ほど経って傑たちが帰ってきた。傑たちは所々に傷が見られた。
「大丈夫か?」
「ああ、なんとか。お前は無傷かよ」
「ルドラーたちを盾にしたんだ」
「相変わらずえげつない戦法でござるな」
それから談笑しながら姫愛奈たちを待っていた政臣たちだったが、一時間経っても二時間経っても戻ってこないのを見て、男連中は本格的に心配し始めた。別のクラスメイトのチームが順次戻ってきて日がすっかり落ちた頃、政臣は正常な思考力を失い始めた。
「何で帰ってこない!?」
通信兵の首根っこを掴み、そのまま絞め殺さんばかりの気迫で問い詰める。
「露払いの兵はどうした!?まさか向こうの通信兵がやられたって言うのか!?」
「政臣落ち着け!」
「そうでござるよ」
「まだ戦ってるかもしれないじゃないか」
「まだぁ!?姫愛奈さんはともかく、宇治田さんや住良木さんはどうなんだ!?八時間も戦い続けられるって!?」
「う……そうか、すまん。だから首から手を……」
政臣に首を掴まれた暁斗の顔は真っ青になっていた。
「とにかく!まだ情報が足りない。新しい報せが無い限り──」
「なんでお前はそんな冷静なんだ!彼女がどんな状態なのか心配じゃないのか!」
「心配だからこそ落ち着けって言ってるんだ!!」
その大声に周囲にいた兵士たちが思わず政臣たちの方を見やる。政臣は傑に気圧され口をつぐむ。
「今は冷静になれ!帰ってきたらそれで良し。そうでなければ何かの事情であそこにいるか、ないしは捕まったか、考えられる可能性は三つだ」
「──っ。姫愛奈さんがあんな奴らに捕まるなんてこと──」
そこで政臣はピシュカと初めて会った時を思い出した。エルフのテロリストが閃光手榴弾を使った時、姫愛奈はその閃光をまともに食らい、一時的だが行動不能に陥った。不意打ちに弱いのだ。そこを突かれたら──
「……捕まったとしたら?」
「救出するに決まってる。ただ、今からじゃない。万全の準備をしてからだ」
「……」
政臣は顎に片方の手をやり、指が突き抜けんばかりにもう片方の手を握りしめる。ややあって政臣は深呼吸をしていつもの冷静な表情を顔に浮かべた。
「正論だ。新しい情報を待つ」
そう言って専用に与えられたテントに戻っていった。
「えっ、急に冷静に?」
「政臣どのは切り替えが速いんでござるよ。大爆笑していたと思ったら突然真顔に戻ったり……」
「なんだよそれ、怖っ!」
「聞こえたら殺されるでござるよ」
士門と暁斗が冗談を飛ばす中、傑は政臣のテントを見つめていた。
******
「……う」
姫愛奈はまぶたを開き、輪郭のぼやけた視界が元に戻るのを待った。視界が正常に戻り、周囲を見回した姫愛奈は愕然とする。
「!?」
そこはまさしく「絵に描いたような」という言葉がふさわしいくらいに薄汚い地下牢だった。天井から水の滴る音が聞こえ、どこかでネズミらしき生物が鳴き声を発する。更に種々雑多な拷問器具が無造作に置かれ、壁には誰のものとも分からない黒く変色した血が付着していた。
(捕まった!?)
姫愛奈は必死に記憶を手繰り寄せる。そして姫愛奈はとある場面を思い出す。順調に魔導士を撃破していた時のことだ。新たにやって来た敵の姿を捉え、利奈の警告を無視して一人で突出したその時……
(──くっ。迂闊だったわ)
投げつけられた魔法薬をハルパーで切り裂いた姫愛奈は、衝撃で飛び散り、一瞬でガス状に変化した薬液を吸って意識を失ってしまった。強い催眠性の睡眠薬であることはすぐに見当がついた。
(いや、今はそんなこと考えるよりここから脱出するのが先ね。っていうか寒っ!裸じゃない!)
身ぐるみは全て引き剥がされたようだった。気を失っていた間、何をされていたのかは考えないようにしながら腕と足の拘束具を外そうと試みる。姫愛奈は寝台に寝かされている状態にあった。
拘束具は錆び付いていたが、外れる気配は無い。
(……そうだわ!茨の魔法で!)
防御や敵を掴む際に使うピスラから貰った茨の魔法を使おうとするが、何故か魔方陣が発生しない。
(嘘!なんで!?)
(ふーむ。どうやらその拘束具に何らかの魔法的作用が働いているようだな)
久しぶりの脳内通信に姫愛奈は驚く。
(ちょっと!びっくりしたじゃない!)
(しかしお前を拘束し続け、更にピスラの与えた魔法を無効化するとは……バラメキアは相当進んだ魔法技術を持っていたようだな)
(え~ん。私の魔法が効かないなんて~)
ピスラも会話に混ざってくる。
(泣くなわめくな抱きつくな。ともかく、今はじっとしていろ。政臣のやつに連絡する)
そう言って通信は切れた。
「いや、このままでいろって……」
「おお!?目が覚めたのかぁ!?」
姫愛奈の顔は途端に曇る。不愉快な声の主はご機嫌で牢に入ってきた。
「やっぱりアンタ……」
「よお白神ぃ。想像以上にエロい身体してんなぁ!」
「──っく!触らないで!」
「ひひっ。やっぱり柔らけえ~。翼や青天目なんかには勿体ねえな。ま、これからは俺のモノだがな」
「捕まえたからってアンタのモノにはならないわよ」
「へっ。威勢のいいやつだ。ますますブチ犯してやりたくなるなぁ」
「下品な男……そんなんだから女子連中に嫌われるのよ」
「そんな女子連中もすぐに全員俺のモノになるんだよ」
隼磨は姫愛奈の胸に手を伸ばし、いやらしくもてあそぶ。
「──っ」
姫愛奈はその尋常ではない不快感に歯を食い縛って耐える。
「へへっ。すぐに気持ちよくなるからな」
そう言うと隼磨は姫愛奈の顎を掴み、自分の顔と無理やり見合わせる。
「俺の目を見ろ!」
隼磨の瞳が変わり、薄いピンクになる。
(こいつも魔眼なの!?)
焦る姫愛奈だったが、特に何も起こらない。
「へ?」
洗脳されてしまう、と戦々恐々としていた姫愛奈は思わずすっとんきょうな声を上げた。
「──なぁんで魔法が効かない!?」
どうやら隼磨も想定外のことのようだ。苛立たしげに壁に拳をぶつける。
「クソクソクソッ!宇治田も住良木も効かねえ!どうなってんだ!?」
(利奈も葉瑠も捕まったの?でも効かないっていうのは……)
(アマゼレブのおかげよ。あなたやクラスメイトに〈祝福〉を施す時、精神操作系の魔法が効かないようにしてたのよ。ちょっとは感謝しなさい)
ピスラが姫愛奈の脳内に語りかける。
(政臣くんは?)
(安心しなさい。あなたを助ける為にお友達と作戦立ててるわ)
(良かった……)
「ボス!ちょっと来てくだくだせぇ!」
巨漢の男が牢の前にやって来た。ボスというのは隼磨のことなのだろうか、隼磨は姫愛奈を苛立たしげに一瞥した後、足早に牢を出ていった。
「……はあ」
姫愛奈は安心したようにため息をつく。
「早く助けに来てほしいなぁ。政臣くん……」
******
「ああああああああ!!」
空中要塞フィロンに戻った政臣たちは、隼磨に好き勝手されている姫愛奈の姿をアマゼレブが寄越した〈千里の鏡〉で見ていた。ちなみに叫んでいるのは政臣である。
「俺の姫愛奈さんに触るなぁ!!ゴミカスがぁ!!」
政臣はモーゼル・フェイクを取り出し乱射している。それをルドラーたちが必死になって抑え込んでいた。
「があああああ」
「……姫愛奈が捕まってるってことは」
「葉瑠どのも住良木どのも捕まってるでござろうな」
「姫愛奈がこんな状態ってことは、二人もやべえんじゃねえのか!?」
錯乱する政臣をよそに、傑と士門と暁斗の三人は、捕まった姫愛奈たちの現状を考察する。
「これはゆっくりとしていられないな。明朝、旧バラメキア宮殿を襲撃する。鏡の映像を見る限り、進級経路は複数ある。チームを分けて行こう。その前に……」
傑はまだ錯乱している政臣に声をかける。
「おい!しっかりしろ!お前も作戦を一緒に考えろ!」
「ああああああ!姫愛奈さんが寝取られるうぅぅ!!」
「お前も翼から寝取ったようなもんだろ!いい加減正気に戻れ!」
「ああああああああ──ぐごっ」
突然政臣の額に穴が空き、政臣はがくっと首を落とす。
「うるっさいわね。あおくんが寝られないじゃない!」
右手のひらに魔方陣を生成しているシャルロットが言った。左腕にはウトウトと眠そうなあおくんを抱えている。
「……。──はっ!俺は何を!?」
額の穴が再生し、一瞬で元に戻ったところで政臣が目を覚ます。
「うわあ!生き返ったでござる!」
「不死ってのは本当なんだ……」
「頭が冷めた?ならさっさと姫愛奈たちを助ける算段でも考えるのね!私は帰る!」
シャルロットはあおくんを抱き締めて行ってしまった。
「……ホント、すんませんでした!」
政臣は三人の前で土下座した。
「同じ日に二度も錯乱するとか、頭沸いてるようなことして本っ当にすいませんでしたぁ!」
「い、いや、分かってくれればいいんだ。さ、さあ、一緒に作戦を考えようぜ」
この短時間で起こったあまりに衝撃的な出来事に動揺しつつ、傑は政臣を会議用のテントへ案内していくのだった。
「……不老不死……。拙者も欲しいでござるなぁ」
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