6.調子に乗ったせいでピンチになった主人公

 囲まれた政臣は、じりじりと距離を詰めてくる魔導士たちに余裕の表情を見せていたが、内心では引くほど怯えていた。


 (イヤアアアアァーー!!何でこんな人数いるの?他の場所には?他のやつの方に行けよ!)


 ルドラーたちが射撃を開始する。軽機関銃と言えど、その弾速はかなり速さのはずなのだが、魔導士たちは平気で避けている。どうやら魔法のある世界では銃弾を避けられるのが普通なようだ。


 (ざけんなっ!!何人もルドラーを連れてきた俺がバカみてえじゃねえか!)


 魔導士の移動地点を予測して撃ちながら政臣は内心で毒づく。軽機関銃だけ装備させたのが完全に仇となり、露払いの役割すら果たせていないルドラーたちが次々と破壊されていく。銃撃と剣撃の音が止まった後、魔導士は二人減っていたが、ルドラーはその全てが破壊されていた。


 (……あっ、これは本当にヤバいやつだ)

 

 政臣は自分の状況を悟り思考が停止しそうになる。


 「二人持ってかれたが……まあ、変わった機械人形は全部ぶっ壊せたし、結果オーライだろ」 


 政臣より少し歳上に見える魔導士の青年が言った。青年は政臣の正面に立ち、琥珀色に輝くナイフをもてあそんでいる。

 

 「おい、今降参するなら命は取らないぜ。その代わり、持ち物はいろいろと置いていってもらうぞ。特にその銃は」


 青年がナイフで政臣の持つモーゼル・フェイクを指す。


 「見たところ弾切れしねえ不思議な銃じゃねえか。そいつを売ればここから逃げ出した後の生活費にはなるだろうなぁ」

 

 青年の言葉に魔導士たちが下卑た笑い声を上げる。


 (何でこういう奴らの笑い声は不愉快なのか……)


 明らかにカタギな格好ではない男女に囲まれつつ、政臣は魔導士たちを気づかれないように観察する。近距離武器を持っている者が五人。遠距離武器を持っている者が三人。政臣は攻撃する順番を決めていく。予想される動きをあらかた考えた後、政臣は意を決して口を開く。


 「悪いが無理だ。こいつは借り物なんでね。俺の一存であげれるようなものじゃないのさ」

 「そうかよ。なら、てめえをぶっ殺して奪ってやるよ!」


 勝ち誇ったように叫びながら青年はナイフを投げる。しかしその行動を予測していた政臣はサーベルを生成してナイフを弾く。


 「んなっ!?」

 「どっから取り出した!?」

 「人間共が……神に選ばれた存在の力を見せてやるよ!」


 政臣は片方のモーゼル・フェイクも取り出しガン・カタのスタイルを取ると、青年に背を向け背後にいた杖使いと弓使いの魔導士の脳天に的確なヘッドショットを食らわせる。血と脳漿を吹き出し、後ろ向きにひっくり返る仲間を口をあんぐり開けて見ている別の魔導士に銃撃を浴びせ、次いで近づいて来ていた斧使いの大男の一撃をひらりと避け、サーベルで斧を持っている右手を切り落とすと、絶叫する男の肩に乗って跳ね、空中で宙返りをしながら男の背中が真っ赤になるまでエネルギー弾を浴びせる。虚をついたおかげで一気に三人を仕留めることが出来た。


 「ああっ!?」

 「コイツ……!」


 ようやく魔導士たちが反応し、反撃を開始したが、政臣はそれに的確に対応していく。ついさっき倒した大男と同じ人相の大男──おそらく双子だろうと政臣は見当をつけた──が両手斧を振り回し、雄叫びを上げながら突進してくる。エネルギー弾を弾くのを見た政臣は、何らかの呪体によって防御魔法の効果を底上げしているのだと推察し、自分からもあえて近づく。


 「死ぃねええええぇっ!!」


 怪物の咆哮のような大声を張り上げ、両手斧を振り上げた男を見て、政臣はフッとわらう。


 「お馬鹿さんだな……そんな大振りの攻撃が当たるか!」


 スライディングし、男の股下をくぐり抜ける際、その股間にエネルギー弾を数発撃ち込む。当然ながら男はその激痛に悶え、泡を吹いて喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。


 「くそっ、うるさいな……黙ってろ肉塊!」


 暴言を吐きながら政臣は男の後頭部にエネルギー弾を撃ち込んだ。男の力が抜けるのを横目で確認しつつ、次の標的に狙いを定める。


 次の標的、弓使いの女は政臣が突進してくるのに怯えつつも冷静に投げナイフを投擲する。それを腕で防いだ瞬間、立ち止まった政臣を見て女は高笑いする。


 「アハハッ!バカだね。そいつには神経毒が塗ってあるんだよ!たちまち動けなくなって──」

 「ふむ。確かに毒だな。……よし、解毒されたか」

 「は?」


 腕に刺さった投げナイフを何のことでもないように抜き、地面に投げ捨てた政臣を見て女は驚愕する。


 「んなっ!?そいつはヒポグリフでもぶっ倒れる毒なんだよ!」

 (ヒポグリフなんてのもいるのか……いや、俺の世界では絶滅して伝説上だけの存在になったってだけで大昔はいたのか)


 そんなことを考えつつ、政臣は女弓使いに急接近し、反撃の余地も与えず飛び蹴りを食らわせる。女の頭部はボキリと音を立てながら一回転した。


 (これで遠距離攻撃が出来る奴はいなくなった)


 政臣は残った四人を視界に捉えながら射撃を開始する。四人は既に逃げ腰だったが、政臣の容赦の無い攻撃のせいで背中が向けられず、応戦するしかなくなっていた。


 「チクショウ!」


 刀剣使いの男がポケットから何かの魔法薬を政臣に向かって投げつけた。政臣は無駄な抵抗を嘲笑しながらそれを狙って引き金を引く。しかしそれと同時に引き金を引くべきではなかったという直感が唐突に政臣を襲った。


 エネルギー弾を受け、破裂した瓶から弾けとんだ薬液が空気に触れて大爆発を起こした。政臣は咄嗟にコートで身を包み防御する。


 (爆破薬……!大臣さんが言ってた軍用魔法薬か!)


 政臣は暇潰しにピシュカから戦場で使われていた魔法薬についての話を聞いたことを思い出した。魔法の事はとんと分からないピシュカだが、戦場で用いられる軍用魔法薬については教師のような弁舌を振るっていた。その内の一つ、空気に触れて爆発する魔法薬の解説が政臣の脳裏に去来した。



******



 「滅多になかったんだけどね、空気に触れると爆発する魔法薬が支給されることがあったんだよ。それを敵に向かって投げて攻撃しろって話なんだろうが、何せその爆発が凄くてね。広い場所でなら効果的なんだけど、狭い場所では自滅する危険しかなくてね。割といろんな国で普及してたっぽいけど、『事故』の話が絶えなかったなぁ」



******



 (熱い!こんな物を支給するとか、頭沸いてんだろ!)


 ピシュカのいう『事故』が実際に起きていた。投げた瞬間咄嗟に物陰に隠れられなかった憐れな魔導士が一人、全身を炎に包まれ絶叫していた。爆炎は尋常なものではなく、爆発がほんの一瞬だけだったにも関わらず辺りが黒焦げになっていた。政臣はアマゼレブの不思議なコートのおかげでなんとか爆炎を防いだが、焦げ臭さに咳き込むのは防げなかった。


 「クソ……ほら出てこい!」


 政臣は壁に隠れた三人に向かって銃撃する。壁が思いの外薄かったのか、一人が撃ち抜かれて死亡し、もう一人が右肩を負傷する。結局最後まで残った琥珀色のナイフ使いの青年は右肩を押さえてうめく仲間を一瞥し、次いで堂々と立ってモーゼル・フェイクを構える政臣を見る。舐めてかかったのが仇となった。ほとんど時間もおかずに八人もやられてしまった。焦燥感が自分を支配し、判断力が鈍っているのを自覚するが、どうにも出来ない。そうしていたら肩を負傷した仲間が頭を撃ち抜かれた。後は自分一人だけ。もはやどうにもならないことをはっきり認識した青年は、我が身可愛さの行動を取った。


 残った青年が出てくるのを待っていた政臣は、何かが壁の裏側から飛んできたことに気づく。


 「──!」


 それを見た政臣はコートで自分を覆った。それは閃光手榴弾だった。


 (上手く行った!?)


 青年は確認もせず壁から離れて駆け出す。どこでも良い。とにかく逃げなければ。青年はそう思い必死に走るが、すぐに転んでしまう。つまずいたからではない。政臣に脚を撃たれたからであった。


 「ぐあっ!」


 倒れこんでうつ伏せになった青年の背中を政臣は右足で思い切り踏みつける。


 「びっくり。てっきり降伏すると思っていたのに」

 (まあ降伏しても魔導士は全員陛下の実験体になるんだけどね)


 モーゼル・フェイクの銃口を青年の頭に突きつけ、政臣は言った。


 「へっ、貴族は嫌いなんだよ。何にも縛られずにいるってのが俺のモットーなんだ」


 オレンジがかった髪をしたその青年は言った。


 「余裕そうだな。仲間を殺され、自分もこれから死ぬというのに」

 「あいつらは、ここに来てから組んだ即席のチームさ。仲間意識なんて無い。自分の利益優先な打算で組んでたろくでもないもんだ」

 「ふーん。で、遺言か何かはある?まあすぐに忘れるけど」

 「随分と冷淡だな……特にねえよ。強いて言うなら、そのナイフ、持っていけ」


 青年は無造作に転がっている琥珀色のナイフを指差す。


 「家の家宝だったやつだ。家を取り潰されて、妹を連れていかれた時に、必ず取り戻すって決めて持ってきた武器なんだがな……道半ばで死ぬなんて」

 「そうか……なら、妹を探す努力はしてやっても良いかもな。どこにいるかは知らんが」

 「……セレナはこんな場所にはいねえよ。お前らの嫌いな連盟の所だ」

 「ああ……そう」


 青年が咳き込み、口元付近の地面に血が飛び散る。


 「そろそろ終わらせてくれないか……?もう……意識が飛びそうだ……」

 

 青年の紅い瞳は光を失いつつあった。


 「……分かった。なら、あのナイフは本当に貰っていくからな」

 「構わねえよ……どのみち俺には……使いこなせなか……った……から……」


 そう言うと青年は目を閉じ、何も言わなくなった。


 「失血死したか」


 政臣は足を青年からどかし、ナイフを拾う。青年の口振りからして魔法の武器なのだろうが、政臣にはよく分からない。


 (……いや、こんな物よりも、切実な問題がある)


 政臣はやられたルドラーのもとへ向かう。灰の山に埋もれた背負い込み式の通信機器を取り出し、各種スイッチを押して動作を確認する。


 「やっぱり壊れてる……」


 政臣は立ち上がり、大きくため息をついた。


 「歩いて帰るしかないか……」


 


 

 

 

 


 


 


 


 


 

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