5.中央都市突入
精鋭魔導士によって軍が撃退されたのを見たヘルムートは、最初の作戦前にはあれほど反対していた政臣や傑たちを遊撃部隊として投入する案にあっさりと同意した。ヘルムートはかなり保守的な考えを持っていたが、別に政臣たちを疎ましく思っていた訳ではなく、ただ自分の軍のみでエル・ビ・カタリアを奪還したかったのである。だがそれが敵わない以上、自分の兵士を無駄に死なせない為にも人並みを越えた力を持った彼らを頼ることに躊躇することは無かった。
「といっても要は魔導士を引き付けるのが役目だ。さすがに敵を全滅させろなんて無茶ではないよ」
フィロンの会議室で政臣たちは作戦を立てていた。作戦としては、戦闘向きの能力を持った勇者たちで部隊を複数編成し、各々で魔導士を撃破するというものである。
「まあ今のところそれ以外に良い感じの作戦が思い浮かばないから採用するとして、問題は……」
「夏井の事?」
「そうよ」
利奈が顔を思い切りしかめたのを見て政臣はぎょっとする。
「隼磨のヤツ、どこに行ったと思ったらこんな所にいたとはな」
暁斗が握り拳をぶつけて怒りを露にする。傑や姫愛奈も同様である。
「そんなに夏井が憎いの?」
「憎いんじゃないわ。嫌いなの」
「アイツは女性に暴力を振るって、しかもそれを当然の権利みたいに自己正当化してる。はっきり言ってクズだ!」
「うおぅ、篠崎どのがそのように他人を貶すのは初めて見たでござるよ」
「あんただってアイツに意地悪されてたでしょ!」
「オタクの宿命でござるよ。万人に受け入れられるものではないということは最初から分かっ──あふぅ!?」
何の事でもないように話す士門を葉瑠がひっぱたいた。
「そういうの嫌いよ!嫌な事を嫌って言わないのは!」
「落ち着いて。その鬱憤は士門を意地悪してたヤツにぶつけな。さて、各部隊が担当する区画を割り振るよ」
政臣はヘルムートから渡されていたエル・ビ・カタリアの詳細図の上に駒を置きながら部隊の担当を割り振っていく。
「よーし。配置はこんな感じで良いな」
「いや、何でお前は一人なんだ」
三つずつまとまって駒が配置されている中、ぽつんと一つだけ置かれている政臣の駒を指し示しながら傑が言った。
「なに、俺にはルドラーがいるからな。それに接近戦だってやろうと思えば出来るし」
「お前、接近戦の訓練受けてたっけ?」
「受けてない。全くの我流さ」
「政臣くん、持ってるサーベルをぶん投げたりするの」
姫愛奈が隣にいる利奈に囁いた。
「は?サーベルは投げるものではないでござるよ?」
「良いじゃん!カッコいいだろ!」
囁き声は全員に聞こえていた。士門の真っ当な指摘に政臣は苦しい反論をする。
「ともかく、俺は一人で行くから。お前らは三人一チームを崩さずやるんだぞ。分かったか!」
他のクラスメイトにも政臣はきつい口調で命令する。
「分かった分かった。最善を尽くそう」
傑がなだめるように言った。
******
翌日、政臣たちは作戦通り帝政貴族軍の攻撃に乗じ、装甲兵員輸送車に乗ってエル・ビ・カタリアに侵入した。輸送車は運転手を除き十人乗りで、露払いを担う兵士たちも同乗していた。
「狭くね!?」
「我慢するでござるよ」
「利奈たちは大丈夫だろうか……」
「ちょっと、見せ物じゃないんですど!」
「やだ、この席なんか濡れてんだけど!葉瑠!代わってよ!」
「政臣くん、大丈夫かな……」
「今頃アイツらは狭いだの何だの言って騒いでんだろうな……」
政臣は灰色の重装甲ルドラーがひしめき合う中、潰されまいと努力しながらひとり呟いた。
「何か言いました?」
運転手が呑気そうに尋ねる。
「何も。というか、戦場なのにそんな能天気で良いのか?」
「ここは手薄ですから。まだ大丈夫ですよ」
「フラグか……?」
「目的地です!」
輸送車の後部ハッチが開き、ルドラーたちが降りていく。
「帰る時はなるべく安全な場所で待っているよ」
「はい、頼みます!ええと……政臣様!」
輸送車はスピードを上げ来た道を戻っていった。
「呑気なやつ……」
政臣はルドラーたちを伴い移動し始める。目的は敵魔導士を発見し撃破することだ。魔導士は魔物を相手取ることが出来る実力を持っているため、対応にも魔導士をぶつける場合が多い。帝政貴族軍も同様の対処をしたが、経験の差か使っている魔法の武器の違いか、ほとんどの場合で敗北してしまっていた。その分攻略に用いられるはずの兵員にダメージが与えられ、エル・ビ・カタリア攻略は予定よりも遅れていた。戦費はエーリング家の隠し財産と各地域で大小様々な犯罪組織から接収した金品でなんとか賄っていたが、兵士は補充出来ていない。またほとんど休み無しに進撃を続けていた為、兵士の疲労がピークに来ていた。少なくともあと数週間の内に攻略を終わらせない限り、兵士たちに限界が訪れ、攻略に悪影響が出るのは明白であった。
政臣は瓦礫が積み重なった周囲の風景を横目に眺めながら歩き続ける。エル・ビ・カタリアは新生バラメキアの帝都となるはずの都市だが、帝政貴族軍はシャルロットの命令で容赦なく破壊していた。理由は都市の建物のほとんどが築百年近くの古い建物なのと、その居住性の劣悪さにあった。シャルロットはもとより既存の建物はほとんど壊し、新しく建て直すという計画を立てていたので、ヘルムートに高射砲による爆破解体を命じた。元々住んでいた住人は犯罪者たちが押し寄せた時点で逃げ出しており、エル・ビ・カタリアは住人のほぼ全てが犯罪者という異世界版ロア○プラのような状態になってしまっていた。勿論犯罪者だけが住んでいる訳ではないということはシャルロットにも分かっていたが、シャルロットにとっては自分の欲求を満たすことが最優先であるため、都市内の『非戦闘員』の犠牲はコラテラルダメージとして無視していた。無論、攻撃前に一応の警告はしていたのだが。
しばらく歩くと、数人の死体が壁に寄りかかるように倒れているのを発見した。壁には弾痕があり、兵士たちが敵を処刑した跡であることが見てとれた。
「これは……ホントに『敵』か?」
倒れている者の内、少なくとも三人はまだ子供くらいの背丈に見える。一番小さい子供死体の上に女性の死体が覆い被さっているのを確認した政臣は思わずため息をつく。
「国際法……とかいうのは無いのか、この世界。確かに命令では警告後に残っている者は全員敵兵と見なせとは言っても──」
銃声が響き、周囲を警戒していたルドラーの一体に命中する。右肩に当たった弾はその頑強な装甲に弾かれて上空へと跳弾する。
「敵っ!?」
ルドラーが一斉に政臣を守るように動く。間髪入れずに柄付手榴弾三つが投げ込まれる。爆発によって地面がえぐれ、埃と土煙が舞い上がる。襲撃をかけた一人が物陰から頭を出し、土煙の中を確認しようとする。
「──!」
モーゼル・フェイクのエネルギー弾がその頭を撃ち抜く。直後、ルドラーたちが軽機関銃を掃射し始めた。
「おらー!壁に隠れていても抜けるぞ!」
政臣の言う通り、軽機関銃のエネルギー弾は壁を突き抜けて襲撃者たちを葬っていく。
「止め、撃ち方止め!」
声を張り上げてようやく射撃を止めさせると、崩れた壁の隙間から血が滲み出し、腕や脚が飛び出ていた。瓦礫に潰された死体もある。
「魔導士じゃないのか」
人数を確認すると四人。襲撃部隊にしては数が少なすぎる。政臣は妙な胸騒ぎを覚え、周囲を見回す。
不意に、自分やルドラーとは違う影が地面に落ちているのに気づき、上空を見上げる。ナイフを手に取った襲撃者が政臣を狙って近くの建物から飛び降りていた。
政臣は一瞬でモーゼル・フェイクのサイトを襲撃者に合わせ、五発連射する。襲撃者は撃たれるまで勝ち誇ったような表情をしていたが、体に穴を空けて地面に激突した時は、信じられないと言った苦痛の表情を浮かべていた。
猛烈な殺気を感じて周囲を見渡すと、いつの間にか十人もの魔導士に包囲されていた。
「あれ……これマズくね?」
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