4.人手不足の帝国

 「は?撃退された?」


 イリオス地方第二の都市〈スリメデン〉に設けられた帝政貴族軍の総司令部。その中でも一際豪奢な装飾が施された部屋で、シャルロットはヴィオレッタを伴いアストラインの報告を聞いていた。


 「はい。都市の外周を囲むように設置された迎撃用の高射砲や戦車を破壊し、その後歩兵部隊と戦車部隊による市街地突入を敢行しましたが、予想外の大打撃を受けやむなく撤退致しました」


 シャルロットとアストラインは監視用の魔法を応用した装置でお互いの顔を映像で確認しながら話していた。


 「なんで訓練されたあなたたちが有象無象のゴミ共に負けるの。エーリング元帥はどこ!?」

 「慚愧ざんきに堪えません。……元帥は現在、のっぴきならない事情で──」

 「うおおおお!この失態、陛下にどんな顔でまみえろと言うのか!?この大罪、自害して償うしかあああぁ!」

 「閣下!」

 「元帥閣下どうか落ち着いてください!」

 「陛下の御前ですよ!」


 アストラインの背後で白い軍服の男が発狂したようにわめき、数人の兵士がそれを抑えようと奮闘している。ヴィオレッタはその様子を見て思わず吹き出した。


 「これは失礼しました」

 「いえ、このような醜態をお見せし、頭が上がりません」

 「……いや、気にしてないわ。エーリング!」


 じたばたわめいていたヘルムートはピタッと動きを止め、映像越しにシャルロットの方を見つめる。


 「陛下……」

 「私は一度負けたからってすぐに処断するほど狭量ではないわ。今まではしっかりと勝ってたんだからね。だからあなたの罪は全て赦すわ」

 「陛下……!」

 「だから自害なんて馬鹿なこと言ってないで、次の作戦でも考えてなさい!」

 「おお……!このヘルムート、陛下の手足となってどこまでもついていく所存で御座います!」

 

 シャルロットは満足げにうなずくと手振りで行くように命じる。


 「皇帝万歳ジーグ・エンペリアル!」


 敬礼をしてヘルムートは行ってしまった。シャルロットは大きくため息をつく。


 「それで、敗因は何なの?」

 「はい。どうやら連中は精鋭魔導士をエル・ビ・カタリアに集結させていたようです。損害のほぼ全てが魔導士によるもので、おおよそ三割の戦車が完全に破壊され、無傷で残ったのは四割程度です」

 「戦車で勝てない魔導士……違法の呪体を使ってるのね」

 「おそらくは。禁止された呪体を使用して収監された魔導士が複数確認されています」

 「……有象無象のゴミ共だけじゃなかったってことね。それなら魔法の使えないあなたたちでは対抗出来ないわね。さっきの言葉は取り消すわ」

 「不覚を取った我らに対する御慈悲に感謝致します。それと、これは勇者の方々に話さなければならないことなのですが……」



******



 「勇者が敵側にいる?」


 スリメデンの別の建物で物資の配分に関する書類を処理していたピシュカは、ヴィオレッタから戦況を聞いていた。


 「ええ。正確に言えば、勇者の資格を剥奪されたと言うべきですが。犯罪者が曲がりなりにも団結していた理由が分かった気がします」

 「勇者の名は悪党にも有効なんだね。で、やはり彼らが出ることになるのかな?」

 

 ヴィオレッタは無言で頷く。彼らというのは政臣たちのことである。エル・ビ・カタリアへの攻撃はヘルムートが渋ったこともあり、政臣や傑たちの助けを借りずに行っていた。が、甚大な被害を受けた以上、十分に対抗出来る存在が必要になったのである。


 「勇者には勇者か。しかし仲間殺しに違いはない。彼らは何と?」

 「それが……予想外に意気込んでいるんです」


 「夏井のヤツ……!今度こそ俺が倒す!(傑)」

 「あの問題児?バラしてやりましょう(姫愛奈)」

 「私の分も残しておいて?(利奈)」

 「あー。俺はパス(政臣)」


 「という感じでして……」

 「どれだけ憎まれてるんだ」


 ピシュカは呆れたように言った。

 

 「明日、彼らだけで構成された部隊を投入します。魔導士も倒してくれれば御の字ですが……」

 「そうか。早く終わらせてほしいものだ。ちょっと問題が発生してるからね」

 「問題ですか?」


 ピシュカは机の上にある書類をヴィオレッタに渡す。


 「数日前から解放した地域の補給基地で物資が破損する事案が発生している。事故ではなく故意だ。犯人は分かっていないが……調査担当者は連盟の工作員の線を疑っている」

 「連盟……」

 「最近は放置していた反対勢力を潰しにかかっているからね。我々が想定以上に上手くやっているのを見て急に干渉し始めたんだ。露骨だよ。隠そうという気配すらない」

 「我々がこの帝政貴族軍にいることも連盟が動き出すきっかけになったのでしょうか?」

 「当然さ。それに……あれの存在もだろうね」


 ピシュカは窓の方を向き、空中高く見えるフィロンを見つめる。


 「あれの存在は連中にとって軍事的にも政治的にも脅威になるはずだからね。現状我々はあの空中要塞を根拠に陛下の正統性を主張している。そして大多数の人々は我々の主張を信じてる。あの要塞に何らかのを対処しない限り、他の国の人々も我らが陛下に賛同するおそれが少なからずあるんだ」

 「まあ、神に選ばれたというのは本当ですしね……」

 (性格が最悪な神だが)


 二人は同じことを思い浮かべた。


 「……そうですね。連盟への対策も考えておかなければなりませんね」

 「ああ。全く、次から次へと問題が発生する。なんでこんなことになったのか……」

 「お疲れですか」

 「いや、疲れてはいないよ。ただ、これだけ目まぐるしく情勢が動き回るとさすがに体に堪えるよ。昔はもっと元気でいられたんだけどね」

 「ワイツ卿も同じような事を言っていましたね。まあ疲労回復の魔法薬を無理やり飲ませて働かせますが」

 「随分と……年寄りに厳しいね」

 「ワイツ卿にだけです。あの方は陛下を幽閉して私の家が没落した原因を作った張本人ですから」

 「時折君が怖くなるね」


 笑顔で恐ろしいことを言うヴィオレッタにピシュカは若干顔をひきつらせる。ヴィオレッタに捕まって以降スタイドルは『帝国宰相』として政務に没頭していた。特に現状は閣僚が揃っておらず、本当に皇帝本人の承認や確認が必要なものを除けば、行政に関連するほぼ全ての案件をスタイドルが処理していた。ちなみにその間シャルロットが何をしているかというと、クラゲ眷属やあおくんと遊んだり、捕らえた悪党を実験体に様々な魔法実験を行っていたりしている。しかし大変なのはスタイドルだけではなく、ピシュカやヴィオレッタも同様であった。ピシュカは軍需大臣であると同時に食糧管理も任されており、ヴィオレッタに至っては引き続き秘密警察の長官として組織を形成しつつ、シャルロットの親衛隊隊長としてその隊員確保に奔走していた。


 「エル・ビ・カタリアが攻略出来れば、イリオス地方での戦いは終わる。その後は陛下が正式に皇帝として即位し、帝国の復活を宣言することになる……。きっとまた近いうちに戦争になるな」

 「連盟とですか?」

 「だってそうだろう。帝国の国是は『人間優遇』だからね。亜人と対等な関係にいようとする連盟とはどうあっても相容れることは出来ないだろう」

 「となると……」

 「今のうちに諸々の準備をしなくては。この帝国だって、国際的にはバラメキア公国の領域内に存在する反連盟勢力という扱いなのだから」

 「最初の相手は連盟に乗っ取られたバラメキア公国というわけですね」


 ピシュカは頷く。


 「我々にここ以外の居場所は無い。決して負けが許されず、負ければ死が待っているゲームをしている気分だ。まあ、これもあの契約の神アマゼレブの思し召しなのか……」

 「彼は我々に役割をこなす事を求めているのですよ。政臣くんや姫愛奈ちゃんが言っていたように。あの二人だって彼の無茶な要望を聞き入れながらここまでやって来たのです」

 「そう考えるとあの二人の考えている事が分からなくなるね。世界の敵になるのを許容するとは」

 「このまま行けば我々もその世界の敵になりますよ」

 「……私は戦場で相手を自分の命令で殺し、また同じくらい部下を自分の命令で死なせた。世界の敵と糾弾されても平気でいられる自信があるね」

 「大臣……」


 自嘲気味に笑うピシュカを見て、ヴィオレッタはそう呟いた。

 

 

 


 

 

 

 

 

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