3.オタクとツンデレそしてスライム

 「ヴェルスブルクから移送されたのではなかったのか!?」

 「そこまでは知ってるのね」

 「一体どうやって……」

 「すっごい強力な支援者のおかげよ」

 「支援者……?」

 『私のことだ』

 「はっ!?誰だ!」


******



 「ところで、どうやってワイツ公爵に自分の存在を認めさせたの?」


 姫愛奈がシャワーを浴びる音が聞こえる中、クラゲ眷属に羽扇を扇がせながら政臣はアマゼレブに尋ねていた。


 「なあに、ちょっとやつなりの神の解釈に基づいた『光』を見せてやっただけだ」


 スライムの体内に浮かんでいる木像からアマゼレブが声を発する。端から見るとスライム自体が喋っているようだ。


 「光?」

 「可及的速やかに私の存在を信じさせる為に使う手段だ。洗脳ではないぞ」

 「ホントに?」

 「本当だ」

 「……まあ、問題山積の帝国をなんとか出来る人材が簡単に確保出来るのは良いもんだよ」


 シャワーの音が止まり、ややあってワイシャツを羽織っただけの姿で姫愛奈がバスルームから出てきた。 スライムは姫愛奈の姿を見てその胸に飛び込んでいく。

 

 「きゃっ。もう、あおくんったら」


 長らくスライムには名前が付いていなかったが、姫愛奈と利奈、そしてシャルロットとヴィオレッタ女性陣が討論の末に「あおくん」と名付けた。由来はその色である。買い取った時は水色をしていたが、最近になって色が濃くなってきていたのだった。これに対し男性陣(政臣、傑、暁斗、ピシュカ)は「えっ、色からつけたの?」とネーミングセンスに疑問を呈したが女性陣に目力で黙らせられた。


 「お腹がすいたの?さっきも食べたのに、食いしん坊さんね」


 姫愛奈はテーブルの上に置いてある皿に盛られているクッキーをあおくんに食べさせ始めた。


 「そんなにしょっちゅう食べさせてたら、太っちゃうだろ」

 「別に良いわ。まん丸な方が可愛らしいもの」


 体の一部分を触手のようにニュッと伸ばして器用にクッキーを食べるあおくんを優しく撫でながら反論する。しばらくその光景を眺めた後、政臣がいるベッドに向かい、隣に座る。そしてベッドの隣に置いてある棚の引き出しから拳銃を取り出した。


 「姫愛奈さんには必要なくない?」

 「私は政臣くんみたいに慢心したりしないの。何かあってハルパーや魔法が使えない時に攻撃する手段が必要でしょ」

 「そう?死んでも生き返るんだし、姫愛奈さんは戦うのが上手いからそんなに必要ないと思うけど」

 「その死んでも生き返るって考え、ちょっと嫌」


 姫愛奈はそう言って政臣の腕に抱きつく。甘い匂いに政臣はトリップしてしまいそうになる。


 「政臣くんが死んじゃった時、本当に心配したんだから……。いくら簡単に生き返るからって、彼氏が死んで悲しくない彼女なんていないわ。少しは考えて戦ってよ」

 「う……。これから気をつけます」

 「本当?」

 「本当」


 姫愛奈はジーッと政臣を見つめる。


 「じゃあ約束よ」


 そしてニコッと笑って胸を押し付ける。


 「それじゃあ……夕食までまだ時間あるし……」

 「また?夜にゆっくり──」

 「次は私が上。さっきはリードされっぱなしだったからね」

 「しょうがないな……」


 政臣はまんざらでもないという顔でクラゲ眷属を下がらせる。


 「うわ~。まだ明るいのにお熱いですね~」


 一匹が冷やかすように言うと、他のクラゲ眷属もやいやいはやし立てる。


 「うっせ!さっさと出てけ!」

 「……別に見られながらでも」

 「嘘でしょ?姫愛奈さんそういうのが好き──」


 言い終わらないうちに扉をノックする音が聞こえた。


 「ねえ、姫愛奈?青天目?」

 「ん?この声は……」

 「葉瑠?入って良いわよ」

 「えっ、いや、駄目──」


 扉が開き、住良木葉瑠すめらぎはるが入ってきた。ショートボブの栗色の髪が美しい少女で、利奈と同じく魔法を主な武器として使う魔法使いである。


 「シャルロット様があおくんと遊びたいって……きゃっ!?ちょっと姫愛奈!こんな明るい時間から何やってんのよ!」

 「へ?恋人の営みを──」

 「そっ、そういうことじゃなくて……」

 「もう、葉瑠ったら。そんなに驚くことじゃないでしょ?私と政臣くんがどれだけ深く愛し合ってるか、分かってるくせに」

 「愛し合っ……」

 「どうしたでござるか、葉瑠どの?ぬおっ!これはエロゲにおいてヒロインと主人公が今まさに情事に及びそうになった所を登場人物が出くわしてしまうシチュですなぅぐッ──!?」


 早口で言葉をまくし立てながら入ってきたメガネの青年に葉瑠が腹パンを食らわせる。


 「……相変わらずだな士門は」

 「グッ……政臣どの、拙者は暴力系ヒロインという賛否分かれるコンテンツをも愛すオタクで──」

 「誰が暴力系ヒロインよ!」

 「あうふ!」


 末房士門すえふさしもん。転移前の政臣のオタク仲間である。政臣よりも遥かにアニメとゲームを愛し、額縁通りのオタク口調で話し、喋らせると止まらない。初めて会った時、政臣に「オタクくんさぁ……」と言わしめた人物で、弓使いである。


 「変わらず仲が良いのね」

 「はあ!?こんなオタク野郎と仲が良いだなんて、変なこと言わないでくれる!?」

 「いや、修学旅行ではずっと一緒にいたわよね。水族館で末房くんと一緒に回れてすごく嬉しそうにしてたじゃない」

 「えっ、そうなのでござるか?すごーく不機嫌な様子でござったがぐッ──!?」

 「バ、バッカじゃないの!?ボッチで寂しそうだったから、しょうがなく一緒に回ってやっただけよ!」

 「……そんなに腹パンしたら腹膜炎になっちゃうよ?」

 「ふん!別に良いわ!せいぜい苦しめば?」

 (とか言いつついざそうなったら一番心配するくせに)


 政臣の指摘に噛みつく葉瑠を見ながら姫愛奈は心の中で呟いた。


 「……で、何の用で来たんだっけ?」

 「あっ、そうそう!あおくんを連れに来たの。シャルロット様が遊びたいって」

 「あの皇帝陛下、クラゲ眷属をぬいぐるみがわりにして抱き抱えて寝てるらしいじゃん。あんなうるさいやつらを可愛がるなんて理解出来ないな」

 「そう思ってるのは政臣くんだけよ?」

 「えっ、嘘」


 クッキーを全て食べ終えたあおくんは近くに置いてあった飲み物も飲み干すと、ぴょこんと跳ねて葉瑠の胸に飛び込んでいく。


 「ちょっと待て。コイツ俺のジュースを飲みやがった!」


 あおくんは「ごちそうさん」と言わんばかりに体をぷるぷると震わせる。政臣は心なしか小馬鹿にするような視線を向けられている気がした。


 「おのれっ!やっぱコイツ人語を理解してるだろ!」

 「やっぱり食いしん坊さんね。可愛い」

 「甘やかさないでよ、姫愛奈さん!ますます増長するだろ!」

 「ちょ、このエロスライム!胸の中に入り込んでくるな!」

 「それはッ!服だけ溶かすエロスライムイベンガグッ──!」


 またもや葉瑠の腹パンが士門を襲った。


 「確かにあおくんたまに服を脱がそうとしてくるのよね~」

 「聞いてないよ!?」

 「別に政臣くんに報告することじゃなくない?」

 「報告することだよ!エロガキならぬエロスライムじゃねえか!買ったばかりの頃はまだ大人しかったのに……」

 「……もしかして色が薄かったのは栄養失調だったからじゃない?美味しいものいっぱい食べて元気になったのよ」

 「元気になってすることがエロガキの真似事か!いい加減にしろ!」

 「ちょっと、何道草食ってるの?待ちくたびれたんだけど」


 そこに待ちきれなくなったシャルロットがやって来た。


 「あっ、シャルロット様」

 「なんであおくんを連れて来るのにこんな時間がかかってるのよ……きゃっ」


 あおくんは葉瑠など歯牙にもかけない様子でシャルロットの胸に飛び込む。


 「あらあら。私がそんなに好きなの?」


 あおくんは「うんうん」と肯定するかのように体を上下にぷるぷるさせる。


 「もう~、可愛い~。一緒にお風呂に入りましょうね~」


 その時、あおくんが鼻息のような音を発したのをシャルロット以外の全員が耳にした。どことなく顔でいうところの頬の部分が赤くなっているようにも見える。シャルロットが出ていった後、一同は顔を見合わせた。


 (やっぱエロガキだ……!)

 


 

 

 


 


 


 

 

 


 


 


 

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