2.解放と演説

 政臣たち邪神組が帝政貴族軍に参加して二週間、貴族軍は着々と悪党たちからイリオス地方を解放していた。イリオス地方に集まっていた犯罪組織は確かに相互協力の関係にあったが、一心同体という訳ではない。各々の利益を優先しているせいで足並みが揃わず、次々と帝政貴族軍と政臣たちが使役するルドラーたちによって打ち破られていった。勇者が出現したことが悪党たちに動揺を与えたこともその一因にある。連盟に参加していたと思われていた勇者たちが地方の一軍閥に協力しているという事実はイリオス地方を王様気分で支配していた悪党たちに衝撃を与え、住人たちの抑圧に対する反発を促進させた。


 またこの間にもシャルロットへの支持を集める情報工作も行われた。「神聖バラメキア帝国の皇族の末裔、シャルロットが勇者を従えイリオス地方を解放するべく帝政貴族軍を指導している」という簡単かつ雑な筋書きであるにも関わらず、暴力による支配に怯え、心が疲弊していた人々には救いとなったのである。更にシャルロット本人が実際に人々とふれあったことで──薄紫の髪色にライトイエローの瞳というある種神秘的な見た目をしていたことも寄与して──その支持率は加速度的に上昇していった。


 「神に選ばれしバラメキアの血を引く御方、双頭の大鷲は遂に舞い戻った!過日、おのが国民の流血を強いる非生産的な破滅戦争を指導した体制を打倒すべく、理想主義者による革命が勃発した。しかし、彼らは自らの理想に燃える余りに、自らの身内可愛さに向き合うべき人々を無視し、むしろ混沌をもたらす結果をもたらした!これは正義か!?否!」


 解放した地域ではラジオからヘルムートの演説が繰り返し流されている。言葉だけなのに喋る者が大きく身振り手振りをしていることが想像出来るくらい大仰で芝居がかった口振りである。


 「万民の苦しみ思い及ぶことの無い統治者に、地統べる資格は無い!だが、我らがシャルロット陛下は違う!その御心、正に大海の如し!……陛下はこのヘルムートに命令された。傲岸不遜の理性無し、邪智暴虐の無法者に正義の鉄槌を下すべく進撃せよと!真の自由をもたらすのは我々である!神に選ばれた陛下とその臣民の下でバラメキアは今復活する!帝国万歳ジーグ・バラメクル!」


 古バラメキア語で演説を締めくくったヘルムートを録音室の外で姫愛奈やピシュカと一緒に見ていた政臣はぼやく。


 「ジーク・ジ○ンみたいな掛け声……」

 「なあに?」

 「何でもないよ」

 「しかしこうも上手くいくとはねぇ……。所詮はチンピラの集団だったということか」

 「はぐれ魔導士なんかがいる連中にはそれなりに苦戦しましたが、傑たちが撃破してくれたおかげでスムーズに平定が進んでます」

 「しかし妙だね。彼ら、ちょっと前まで人を手にかけることを躊躇っていたではないか」

 「……暇神ですよ」

 「うん?」


 姫愛奈と利奈が、そして政臣と傑がそれぞれ対談した後、アマゼレブはクラスメイトの精神に『調整』を加えた。それは殺人に対する忌避感を低減するものだった。しかも本人たちに悟られないよう、完全に忌避感を無くすのではなく若干の気持ち悪さを感じる余地を残す巧妙さである。おかげでクラスメイトたちは悪党たちを手にかけて気分が悪くなっても、「これも虐げられている人たちの為」と思って気持ち悪さを飲み込むことが出来るようになっていた。自分たちの為に手を汚す勇者たちの姿は人々を惹き付け、それは神聖バラメキア帝国復活を後押しする一因にもなった。



******



 平定が始まって一ヶ月が経つ頃には、イリオス地方の九割が帝政貴族軍によって解放され、残すは中心都市〈エル・ビ・カタリア〉周辺地域のみとなっていた。エル・ビ・カタリアは神聖バラメキア帝国の帝都でもあった都市であり、大陸でも有数の大都市である。


 「現在帝国軍はエル・ビカタリア攻略の為ヘルムート国家元帥の指揮の下進軍中です。また避難民の住居確保計画についてはその九十パーセントを達成しており、戸籍調査も既に開始されています」


 空中要塞フィロンの庭園にあるベンチに座り、灌木に咲くバラの世話をしているクラゲ眷属を面白そうに眺めるシャルロットに『帝国宰相』が報告をしていた。隣にいるヴィオレッタの意地の悪い笑みに睨みを返しながら喋るその男の名はスタイドル・ワイツ公爵。連盟のクーデター前にオセアディア王国宰相を務めていた人物である。


 時は政臣たちがヘルムートの協力を取り付けて間もない頃に遡る。魔法の才能と知識は豊富でも政治に全く興味が無いシャルロットに代わり政治を担う『宰相』を確保する必要性に迫られたヴィオレッタは、傑たちが悪党退治を開始したのと同時に政治経験のある人間を探し始めた。といっても簡単にお目当ての人物が見つからないことは最初から分かりきっていた為、自分が知っている範囲でそのような事が出来る人物を考えた時、一人しか思いつかなかった。それがスタイドルである。


 スタイドルは例のごとく逮捕され、厳重な警戒の下幽閉されていた。連盟内では処刑するか終身刑に処すか未だに議論しているようだった。どうやら宰相クラスの人物にもなると、軽々と処刑出来ないようだった。軍関係者は亜人側の要望によりことごとく処刑する情治ぶりを見せているというのに。そういうわけでヴィオレッタは、連盟が決断を下す前にスタイドルを救出もとい誘拐することにしたのである。作戦には政臣と姫愛奈も助力した。軟禁されている場所は政臣と姫愛奈が傑たちとヴィオレッタたちを見つけた鏡で見つけ、お得意の強襲を仕掛けたのである。


 『救出』後、ヴィオレッタは部下が用意していたセーフハウスで頭巾をすっぽりと被せられたスタイドルと対面した。


 「何なんだ、お前ら!どこの連中かは知らんが、私が誰だが分かってこんなバカな真似をしているのか!?」

 「ちゃーんと知っててやってますよ。『元』王国宰相」


 ヴィオレッタの声にスタイドルは息を飲む。


 「んなっ!?その声は!」


 頭巾を外されたスタイドルは椅子に座って優雅に紅茶を飲むヴィオレッタを見て驚愕の表情を浮かべる。


 「あら、私が生きていることがそんなに驚くことですか?」

 「話では……襲撃の時に死んだと……」

 「ああ、前線司令部の大爆発のことを言っていますの?まあ確かに建物は完全に吹っ飛んだから私もダウム大臣も死んだと思ったようですが……。ご覧の通り、私は生きてますよ」

 「私に何の用だ……?」

 「分からないんです?というか、最近のニュースはどの程度理解しています?」

 「連盟に捕まってから情報源は連中が発行する新聞しかなかった。ふん。どこまで本当の事を書いているやら……」


 そう言ってスタイドルは体を揺らし始める。


 「おい。せめて脚の縄だけでもほどいてくれないか。痛くてしょうがない!」

 「堪え性が無いんですね。王立内務警察にいた頃に『処理』した政治犯たちの方がよっぽど我慢強いですよ」

 「一緒にするな!老体に鞭打って楽しいか!?」

 「その割には元気ですね」

 「もうすぐ八十だぞ私は!そんな私に何を望んでる!?」

 「何って……復活する神聖バラメキア帝国の宰相になってもらうんですよ」

 「は?」


 ヴィオレッタは紅茶を一口啜って口内を潤す。


 「あなたとオセアディア王家が隠していたバラメキア皇族の子孫であるシャルロット様を擁立し、神聖バラメキア帝国を復興させます。ワイツ卿にはシャルロット様に代わって政治を担ってもらいます」

 「バラメキア帝国だと!?正気で言ってるのか!大体あの小娘をどうやって連れ出す──」

 「小娘って、私のこと?」


 あどけない少女の声が地下室に響き渡る。ヴィオレッタとその部下たちは一斉に姿勢を正す。姫愛奈のペットであるスライムを抱えてシャルロットが入ってきた。


 「なあにその顔?美少女を見てする顔じゃないわね」


 表情筋をひきつらせるスタイドルを見つめながらシャルロットは指をパチンと鳴らす。一瞬だけシャルロットの瞳がオレンジ色に輝いたと同時にスタイドルの脚と腕を縛っていた縄に火がつく。


 「熱ぅ!?」


 スタイドルは椅子から転げ落ちた。


 「シャルロット様……このような場所に来るのは──」

 「私がいた城とそんなに変わらないわよ」

 「しかし、何故?」

 「ふふん。私を閉じ込めたヤツの顔を拝みに来たのよ」


 腰をさするスタイドルを見ながらシャルロットは悪魔のような笑みを浮かべた。


 

 

 


 

 

 


 


 


 


 

 

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