1.悪党退治

 かつて大陸を席巻した神聖バラメキア帝国の残骸ともいえる国家〈バラメキア公国〉に属するイリオス地方西部の住人は、連盟のクーデターの際も全く変わらない日常を謳歌していた。世間を騒がせる魔物たちもこの地域ではほとんど猛威を振るわなかったし、国の首都で何やら大騒ぎが起きているという情報は届いていたが、いまいち危機感に欠ける人々はそれにも注目せず、領主へ払う税金について考えたり、新聞の宝くじ欄に釘つけになっていたりした。ちなみに領主とはヘルムートのことである。


 ところがしばらくしてヘルムートが突然国からの『独立』を宣言するお触れを発した。ヘルムートは〈帝政貴族軍〉の『元帥』になるという旨を伝えると共に、現在大陸を取り巻く状況を住人たちに伝えた。亜人との共存を主張する一派が人間国家全ての首都で同時多発的にクーデターを起こし、実権を掌握したこと。クーデター勢力が亜人との休戦協定を結び、旧来の体制に属していた人々を逮捕し始めたこと。彼らが〈全種族共存連盟〉と名乗っていることなどである。イリオス地方西部の住人たちは別段亜人を差別している訳でもなく、嫌悪感を持っている訳でも無かったが、徴兵された友人や親類が戻ってこなかった者たちはそれなりにいたので、みな連盟を表立って支持するようなことをせず、ただ今までの日常に戻ることを望んでいた。


 状況が一変したのはまた数日が経ってからであった。イリオス地方の他の地域から沢山の人々がなだれ込み、更に国境に面していた所では他の国からの避難民が押し寄せてきたのである。ここに来てようやく住人たちは事の重大さと異常さを自覚することとなった。若く体力のある者は男女関係なくヘルムートの『軍』に参加させられ、子供や老人などは避難民のキャンプで炊き出しや病人・怪我人の世話を命じられた。赤ん坊を除いて暇な者は誰一人として存在しなくなっていた。幸いなことがあるとすれば、ヘルムートの資産が独り身にしては潤沢過ぎたことだろう。ヘルムートの家エーリング家は代々国に隠れて資産を貯めこんでおり、ヘルムートの代には小国を一個買い取ってもまだ余るほどのものとなっていた。


 しかしヘルムートの自分の領地を精一杯守ろうとしても、イリオス地方の大方を占拠してしまった犯罪者たちに太刀打ちするには人手が足りなかった。彼らはヘルムートが領内の安定を優先していることに気づき、自分たちの支配する地域との領域近くにある村などを襲撃し、暴虐の限りを尽くした。当然、ヘルムート側も兵士を派遣したが、違法な呪体などで自身を強化した魔導士たちにはさすがに敵わなかった。



******



 そしてこの村も、他の村と同様に蹂躙されようとしていた。


 「オラァお前ら!食糧と金目のモンをとっとと運べ!女共は後にしとけ!」


 筋骨隆々の大男が周囲の部下たちに大声で命令している。家には火が放たれ、地面には撃たれた死体が転がっている。悪党たちはせっせと金品や食糧を箱に詰めてトラックに載せていた。住人たちは一ヶ所に集められ、今にも処刑されそうな状態である。


 「おい!離せ!」

 「助けて!お兄ちゃん!」


 そんな中、一人の悪党に十歳ほどの少年がしがみついていた。悪党は少年の妹を抱えている。


 「あ?どうした?」

 「いえ、コイツがしつこくて……」

 「ハッ!んなもんぶっ殺しとけ」


 大男はそう言うとそのまま行ってしまう。少年はなおも食い下がるが、思い切り殴りつけられ地面に突っ伏してしまう。殴った時の勢いで妹も地面に投げ出される。


 「──っ!お兄ちゃん!」

 「ヘッ。生意気なクソガキが!死んじまえぇ!」


 悪党は自動小銃を構え少年の額に突きつける。一部始終を見ていた村の人々は息を飲み、目を背ける者もいた。


 「やめて!」

 「……火炎球フレイム


 その場にいた全ての者の意識外から飛んできた火炎の球は、少年の脳天を撃ち抜こうとした悪党を包み込んだ。


 「ヒギャアアアアァ!」


 甲高い断末魔が響き渡る。周りの悪党たちは即座に戦闘態勢に入るが、目の前に飛んできた火炎球には対応出来なかった。


 「ごうッ──!?」

 「ぐああああぁッ!」

 「熱い熱い熱い熱──」


 各々苦悶の叫びを上げて悪党たちは死んでいく。大男はこれまた大振りの剣を抜いて叫んだ。


 「何なんだ!?」


 その言葉を待っていたかのように紺色のローブに身を包んだ利奈がどこからともなく現れる。


 「──!てめえは……!」

 「連鎖電撃チェイン・ライトニングアタック!」


 金色に輝く利奈の杖からバチバチと電気が発生した刹那、それが一人の悪党に向かっていく。

 

 「え?」


 反応する間も与えず即死させると、電撃は連鎖的に周囲にいた悪党たちにも襲いかかった。黒焦げになった死体が、携えていた銃を取り落とし地面に倒れていく。この時点で、利奈は一人で十人の悪党を葬り去っていた。


 「ボス!」

 「クソッ、間違いねえ。勇者だ!」


 大男の言葉に悪党たちは顔をひきつらせ、捕まっていた村人たちの顔には光が差す。


 「何で勇者がこんなところに……」

 「ケッ!人助けかぁ!?」

 「……うるさいわね。どうせ死ぬ奴らと会話する趣味は無いわ。四重詠唱カドラプル・チャント質量弾マス・バレット!」


 利奈の前に四つの魔方陣が現れ、拳ほどの大きさの結晶が飛び出す。結晶は真っ直ぐ飛ばずに悪党のもとへ軌道を変えて飛んでいく。その威力はすさまじく、命中した悪党たちはいずれも破裂してバラバラ死体と化す。


 「……やっぱり人間には威力が強すぎたかしら」

 「──ふざけるなあぁッ!」


 悪党のボスはそう叫ぶと、メスのような刃物を取り出す。


 「──っ。違法な呪体……」

 「はははっ!いくら勇者でも限界まで改造された呪体こいつの力には敵うまい!」


 悪党のボスは躊躇なくそれを自分の首に突き刺した。途端に血管が浮き出し、目をひん剥いてよだれをたらし始める。


 「ぐお……?」


 使用者も想定外だったのか、そんな困惑するようなうめき声を漏らしたのを最後にどんどん体を変化させていく。最終的に悪党のボスは体格が三倍ほどになり、まるで猛獣のような四つん這いの姿勢で利奈を睨み付ける。


 「あ……。これはちょっとヤバいかも」

 「グオオオオオォ!」


 もはや人間ではない雄叫びを上げ悪党のボスは利奈に突進する。利奈は魔法の技能は最上級だが、身体能力も同様というわけではない。その突進スピードは利奈の回避速度の限界を超え、魔法の詠唱も間に合わない。


 「ひっ──」


 利奈は祈り、目を瞑る。


 「利奈!」


 声と共に傑がルルクスに抱えられる形で飛んできた。政臣と違い完璧なタイミングでルルクスから離れ怪物の背中に完璧な着地をして首元に剣を思い切り突き刺す。


 「が」


 首から血を吹き出して怪物は間一髪の所で倒れた。


 「傑!」

 「本当にごめん。村の外にいる奴らを片付けるのに手間取って」

 「ううん。良いの」


 傑の謝罪に利奈は頬を赤らめ答える。一部始終を見た悪党たちは武器を投げ出し村の外へ逃げ出そうと走り出した。


 「うわあああ!」


 しかし、村の出入り口にあたる木製のゲートに到達した悪党たちを無慈悲な射撃が襲う。


 「なっ──」


 灰色の重装甲ルドラーが軽機関銃を構えながら悪党たちを建物の壁際に追い込んでいく。


 「全く、間一髪で彼女を助けるとは。まさしくヒーローだな」


 そう言いながら姫愛奈と共に現れた政臣は、黒いコートを羽織っているのも相まって悪役にしか見えない。


 「さて。残りはコイツらか……」


 政臣は壁際で身を寄せ合う悪党たちに視線を向ける。


 「ま、待ってくれ……!」

 「俺たちは命令されてやったんだ!本心じゃない!」

 「た、助けてくれ!ください!ア、アジトにある金目の物は全部差し上げますので!」

 「……だってよ?政臣くん」


 政臣の腕に抱きついている姫愛奈がわざとらしく尋ねる。


 「ふっ、バカめ。 既にアジトの場所は他の奴から聞いたし、そこにある財産は全て新皇帝シャルロット陛下の名の下に接収する!」

 「皇帝……?」


 解放された村人たちは何のことだと隣にいる者たちと話し合う。


 「が、そんなシャルロット陛下の帝国にお前たちのような存在は必要無い。つまりどういうことか分かるな?」

 「──!!」

 「待って!やめてくれ!」


 政臣は悪党たちの懇願を全く聞き入れず指をパチンと鳴らす。ルドラーたちは容赦なく悪党たちを蜂の巣にした。


 「相変わらずえげつないな……」


 傑は処刑された悪党たちの死体を一瞥して呟く。


 「皆さん!我々は帝政貴族軍です!ヘルムート元帥は悪党たちの横暴に対し、遂に懲罰の鉄拳を振り下ろすことを決意しました!軍は進軍を開始し、厚顔無恥な犯罪者や脱獄犯に支配されたイリオス地方を解放するべく戦っています!そして我々は軍の進撃を阻み、皆さんのように罪の無い人々に危害を加える輩を駆逐するべく動いている勇者部隊です!」

 「おお……!」

 「勇者の部隊……!」


 いつの間にか木箱の上に立っている政臣の演説に村人たちは聞き入っている。傑と利奈は顔を見合せ、肩をすくめる。一方の姫愛奈は誇らしげに演説を続ける彼氏を見つめる。帝政貴族軍のトラックが村に入ってきた。荷台には食糧や医療品などの物資が積み込まれている。


 「物資だ!」

 「我々は皆さんの保護と援助を惜しみません!ですからどうか、我々に協力してもらいたい!団結して悪党共を追い出しましょう!」

 「うおおお!」

 「勇者ばんざーい!」

 「俺たちも戦うぞー!」


 村人たちは傑を胴上げしながら勇者を称える言葉を叫ぶ。


 「政臣~!」


 傑の悲鳴とも取れる声に政臣は満足げな表情でいた。


 「アドリブでよくスラスラ喋れるわね。政治家の甥だからかしら……」


 利奈はそんな政臣を見ながら称賛の意味でそんな言葉を呟いた。


 

 


 


 


 


 


 

 




 

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