13.主人公より主人公みたいな性格してる勇者
同じ頃、政臣と傑は政臣と姫愛奈の部屋で話をしていた。
「よし、話を聞かせてもらうぞ」
「ええと……」
口ごもる傑に政臣は得意げに言う。
「分かってる。宇治田さんのことでしょ」
政臣の言葉に傑は驚く。
「いやいや、実はさっき姫愛奈さんから多分宇治田さんに関する話じゃないかって言われてさ」
「姫愛奈が!?隠し事は出来ないな……」
「といっても俺はそこから話の内容を察するほど頭は良くないんだ。早く要件を言ってくれ」
「何か不躾だな……。まあ良い。──利奈とどう接して良いのか最近分からなくてな……」
「どう接して良いのかとは?」
傑はうつむき加減になって話し始める。
「この世界に来る前、俺と利奈は喧嘩をしてさ。結局仲直り出来ないままここに来てたんだ。転移したばっかりの時はかなり戸惑ったけど、みんなの方がずっとパニックになってて、なんとかしなきゃっていろいろとしている間、利奈とはほとんど話せなくなってたんだ」
「はあ」
「なし崩し的にみんなをまとめる役になって、大佐さんとかと一緒に訓練している時は、自分の力がすごいものなんだって浮かれてさ。昔憧れてたヒーローみたいになれるんじゃないかって思ってたんだ。でも……」
「現実は違った?」
「ああ。命の危険にさらされたことは何度もあったし、何より一足遅かった時の……大切な人を喪った人からの言葉は……」
傑に合わせて神妙な面持ちをしていた政臣だが、心の中ではこう思っていた。
(何だかアニメの主人公みたいだ)
傑の気持ちは全く分からない訳ではない。急に別世界に連れていかれたと思ったら、超人的な力を与えられ、お前たちは勇者になったから魔物を倒せと言われて「はい、やります」とは絶対にならない。だからこそクラスメイトのまとめ役を自らやってのけた傑は立派だと政臣は思うのだった。なぜなら自身も状況に混乱しながら先頭に立って積極的に動かなければならないのだから。そして一番アニメやゲームの主人公に似通っているのは、魔物によって大切な人を喪った者のやり場の無い怒りや恨みをぶつけられるという点だ。
「それでみんなは?」
「幸いにも完全に心が折れたやつはいなかったけど、また険悪な雰囲気になって……その時は大変だったよ」
そう言いつつ笑いを漏らしているのを見るに、グループの仲を取り持つのはなんとか成功したようである。やはりすごいヤツだ、と政臣はしみじみと思った。
「で、そこからどう宇治田さんに繋がるんだ?」
「ああ、そうだ。……で、こっちに来てから二ヶ月経った頃かな?みんなこの世界にすっかり順応して、なんとかやっていけるんじゃないかって思い始めてさ。それにほとんど休まず戦い続けたおかげで魔物の活動も落ち着いて、時間的に余裕が出来たんだ」
久しぶりに『暇』というものを感じられるようになった傑は、喧嘩して以降ほとんど話せていなかった利奈について考えを巡らせた。転移前の傑は確かに善良な人格だったが、生まれ持っての才能にかこつけて独善的な思考になっていた。自分を客観視出来るようになったのは転移して人の醜い部分を見せつけられた時からである。それは傑にとってある種のトラウマになるような体験だったが、結果的に他人の気持ちを考えられるようになった。それを踏まえ、傑は転移前の利奈への言動を省みて、随分と酷い扱いをしてしまっていたということに気がついた。自分が『善いことを出来た』と感じるだけで、利奈の気持ちを考えていない場面が沢山あった。自分の気持ちばかりを押し通していたことをはっきり自覚したのである。傑はたちまち自責の念に駆られた。これまでのことをすぐに謝罪し、利奈が今の自分をどう思っているか確かめなければならない。そう思い立ったのである。
「で、確かめたの?」
「そうしようと思い立ったは良いんだが、そこでタイミング悪く魔物の群れが現れたって知らせが来てさ……」
全体の指揮を執る上位種をことごとく打ち倒されたはずの魔物たちは、人間たちの予想よりも早く体勢を立て直し、また襲撃を始めた。傑たちはまたもや戦場へ駆り出された。対亜人戦争へリソースを多く割かれていたために、傑たちは補給もままならない状態での戦いを余儀なくされた。
「本当に駄目かなと思ったんだけど、みんなが協力してくれたおかげで今度こそ完全に魔物の群れを打ち倒すことが出来たんだ」
やはり自分と姫愛奈が魔物とほとんど出くわさなかったのは傑たちの奮戦があったからなのだろうと政臣は見当をつけた。しかしここからどう利奈に繋がると言うのだろう。
「それで戦いが終わって本当に一段落した時、利奈が話をしようって言ってきてさ。どうも利奈の方も俺のことを考えていてくれたみたいで、その時は嬉しくもあったけどやっぱり利奈が俺をどう思っているかが気になって……」
そう言って傑は回想を始めた。
******
オセアディアに戻り、後始末も完全に終わった後、傑は利奈の部屋を訪ねた。自分の彼女の所を訪ねるのに、何故か緊張で心臓が高鳴る。一度深呼吸をした後、傑は意を決してドアをノックした。
「入るぞ」
ドアを開け中に入ると、利奈は窓際に立って外の景色を眺めていた。利奈の部屋からは屋外の訓練場が見える。しかし傑には利奈が外の景色を見ているようには見えなかった。
利奈が傑の方を振り返る。傑は利奈がまだ自分を許している訳ではないと思っていたので、どんな顔をしているのか気がかりだったが、利奈は喧嘩をする前のように優しく微笑んでいた。
「利奈……?」
傑は利奈が笑顔でいることに嬉しさを感じたが、何故か奇妙な違和感を感じ疑問を口に出そうとすると、利奈は傑に駆け寄り思い切り抱きついた。
「──っ」
政臣や姫愛奈とはほとんど比較対象にもならないが、傑たちも転移の際魔法の副次的な効果によって筋力や身体能力が向上していた。そのため力加減を誤ると簡単に物を壊してしまう。だから普段はみな力をセーブして暮らしていたのだが、この時の利奈は傑が負担を感じるほどの力で抱きしめていた。
「……利奈、力加減……」
ハッとした利奈が途端に力を弱める。が、抱きしめた状態は解除しない。
「ごめんなさい!久しぶりに二人きりで話すから……」
利奈は傑を見上げて微笑む。やはり違和感がある。だが、それを問いただす前に言わなければならないことがある。
「利奈……」
「なあに?」
「その……こっちに来てから、いろいろと経験して分かったんだけど……」
傑は軽く息を吸って続けた。
「自分の考え全部が正しいってことじゃないことと、利奈の気持ちをずっと無視してきたってことにようやく気づいて……その……」
上手く言葉に出来ない傑を見て、利奈はクスッと笑う。
「私に謝ってくれるの……?」
「いや、だって……」
「嬉しい。でも良いの。あなたが皆の為に先頭に立って戦ってるのを見て、私見直したわ。だからもう怒ってないわ」
「本当に?」
利奈がすぐに自分を許したことに傑は純粋に嬉しかったが、同時にそんなにすぐ許してくれるものなのかと傑はまた訝しむ。
「何?」
利奈はそんな傑の様子に気がつき、笑みを崩さず尋ねる。
「い、いや……こんなあっさり許されるとは……」
利奈は一瞬だけキョトンした顔をした後、可笑しそうに吹き出した。
「もう、真面目なんだから。あなたが頑張ってるのを見てたって言ったでしょ。……あ、分かった。あなた、自分で自分が許せないんでしょ」
図星だった。傑は自分勝手だった自身を無意識に許せないでいた。利奈が「許す」と言っても違和感を感じたのはそれが理由だった。利奈は傑の頬に手を当て喋り続ける。
「もう……でも、そうやって自分が悪いんじゃないかって考えられるようになったのね」
「……」
「そんな顔しないで。……じゃあ、私の頼みを聞いてくれる?」
「えっ?」
「言葉だけじゃ足りないって言うなら……行動で示して貰おっかな」
「あ……うん。何でもするよ」
傑は利奈の頼み事を聞くことが罪悪感を打ち消すことに繋がるかもしれないと思い、二つ返事で承諾する。
「何でも……。言ったわね。じゃあ……私を……」
******
「で、ヤったわけだ」
「んなっ!?何で分かった!?」
「いやいや、その流れでいったらそうなるでしょ」
驚愕の表情を浮かべる傑に政臣は笑いたい衝動を抑えながら言った。
「で、どうだった?宇治田さんは」
「聞くなよ!……いや、まあ、その……えと……」
「クセになるくらい良かったんだな」
「ねえお前キモくない?姫愛奈にもそんな風なの?」
したり顔の政臣に傑はツッコミを入れる。
「しかし話を聞く限り何か関係が拗れているという訳ではなさそうだが……」
政臣には何が問題なのか全く見えてこない。ひょっとして宇治田さんとの性生活の悩みか?と政臣が真面目に考えかけた時──
「拗れてはいないさ。けど、その何だ、時折利奈が怖い時があるんだ」
「怖い時?」
「ああ。俺が女の人と話すと、決まって怖い顔をして言うんだ。「私が大切じゃないの?」って。これってさ、いわゆる『ヤンデレ』ってヤツじゃないのか?」
「はは。ヤンデレってのは漫画やアニメの中だけのモノだよ」
(うん。それヤンデレですね)
政臣は上手く本音を隠した。どうやら利奈は人間として成長した傑にクソデカ感情を抱いてしまったようである。確かに、彼氏がめざましい活動をして周囲に慕われてもなお自分を愛してくれたら重い愛を抱いてしまうのかもしれない。しかしこれから大変そうだな、と政臣は傑を少し哀れに思った。ヤンデレ彼女に振り回されることになるなんて。
(いや、姫愛奈さんもいうてヤンデレか……?)
「……ま、ヤンデレかどうかはともかく、何か悩みがあったらいつでも聞いてやるよ」
「良いのか?」
「良いとも。俺たちは仲間だからな」
「……!ああ!」
政臣の言葉は本心だった。傑は自分には無い高潔さがある。仲間としてこれかも支えてやろう。そう思ったのである。二人は固い握手を交わす。
「じゃ、悪党退治頼むぞ」
「ああ」
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