12.独占欲の強い女の子

 結局傑たちは勇者として悪党を相手取るか決められず、空中要塞に帰った。夕食後、傑と利奈はそれぞれ政臣・姫愛奈と二人きりで話をしたいと言い出した。政臣と姫愛奈は「お悩み相談なら任せろ」と二つ返事で承諾した。


 要塞内に二つ立っている塔の片方、その天辺にある展望台で姫愛奈は待っていた。頬を軽く撫でる風を感じながら、姫愛奈は赤ワインを飲んでいた。もはや飲酒に対する抵抗感は残ってはいない。


 気配を感じ振り返ると、利奈が階段を上がって展望台に入るところだった。


 「……!姫愛奈、それお酒じゃない?」

 「そうよ。でも大丈夫。アルコールを含む毒性の物質は全部分解出来るから」

 「そ、そう……?」


 得意げな姫愛奈に利奈は若干困惑する。


 「それで、話って何?」


 姫愛奈は雑談も交えず単刀直入に切り出す。利奈が何を話そうとしているのかは何となく分かっていた。利奈も話の内容を予想されていると感じていたのか、少しためらう仕草を見せた後、すぐに決意したような顔をして口を開いた。


 「私と傑を、不老不死に出来ないかな?」


 利奈は、政臣と姫愛奈が手に入れた不老不死に興味を持っていた。実のところ、利奈たち勇者にも老化を阻害する魔法が掛かっており、異世界に来てからおおよそ半年が経とうとしている今でさえ転移前とさほど身体に変化は無い。だがゆっくりといえどいつかは老衰や病気で死ぬことになるし、殺されてしまえば当然生き返ることなど不可能である。よくファンタジーものの作品では蘇生魔法のようなものが登場するが、この世界では理論上のものでしかなく、実用出来る魔法ではないという。だが、政臣は何度か致死的な傷を負ったにも関わらず生き返ったと言うではないか。姫愛奈曰く、性格の悪い神様がほぼ選択肢の無い状況で提示してきた契約を交わした結果だという。しかしその事を話していたとき、言葉に反して姫愛奈は嬉しそうな表情をしていた。そして利奈は、その理由が何となく察することが出来ていたのだった。


 「不老不死?」

 「そう。姫愛奈と青天目くんがその、アマゼレブさんとの契約で手に入れたっていう……」


 姫愛奈は少し考えるような仕草を見せた後、ニヤッと微笑んだ。その笑みに、利奈はどことなく不安感を覚える。


 「それって私に頼むことかな~?あの暇神に頼むことじゃない?」

 「だから、姫愛奈から話を通してほしいの」

 「……」


 また考え込むように姫愛奈は腕を組む。少なくとも利奈にはそう見えた。しかし本当は、アマゼレブに脳内通信を開いていたのだった。


 (ちょっと、今話せる?)

 (……えっ、あっ、何だ?今ピスラと──うぐっ!?)

 (んん……気持ちいい?アマゼレブ……)


 突然姫愛奈の顔が考え込むような表情から何かゴミでも見るような表情に変化したので利奈は驚く。


 (何してんのよ)

 (ふえ?あっ、姫愛奈ちゃん。今アマゼレブのムスコを──)

 (はいもう分かったわ。話があるから今ヤってることを全部中断してくれる?)

 (えー)

 (ああ良いぞ。で、何の用だ?)


 先程情けない声を上げたアマゼレブは、すぐにキリッとした表情が想像出来るようないつもの声音で言ってきた。姫愛奈は少し小馬鹿にしたような表情になって話し始める。


 (利奈が、自分と傑を不老不死に出来ないかって言ってきたんだけど)

 (利奈?ああ、お前の友達か。傑はそいつの彼氏、だったか?)

 (そう。私と政臣くんみたいにしてほしいって)

 (ふむ……。別にまあ別に良いが……)

 (良いの!?)

 (定命の者を不老不死にしてはいけないという明確なルールは存在していない。全てが暗黙だからな。私以外の連中だって、いろいろと理由をつけて不老不死の能力を与えたりするぞ)

 「あの、姫愛奈……?」

 「ごめん。ちょっと通話中」


 「通話中?」と利奈は思ったが、すぐにアマゼレブに直談判しているのだと察する。


 (じゃあ、すぐに出来るの?私たちみたいに)

 (うーん……)

 (何よ)

 (いや、お前たち二人は『不老不死にする代わりに私の暇潰しに付き合う』という契約を交わしたからこその今の状態なのだが、ただ暇潰し要員を増やす為に不老不死にするのはちょっとつまらないなと……)

 (つまり、別の契約をさせようってこと?)

 (ま、そうなるな)


 アマゼレブの邪悪さに辟易しつつ、姫愛奈は通信を繋いだまま利奈に話しかける。


 「なんか乗り気だわ。契約を結べば、願いは叶えられそうよ」

 「ホント!?」

 「ん……?ちょっと待って……」


 姫愛奈がまたアマゼレブと話し始めた。ややあってまた姫愛奈が口を開く。


 「……利奈、ちょっと」


 姫愛奈が手招きをする。利奈は指示通り姫愛奈に近づく。姫愛奈が手を握れというジェスチャーをするので、利奈は困惑しつつもその手を握った。


 (繋がったか)


 聞き覚えのある声が脳内に響き、利奈は驚愕する。


 (便利だろ?)

 (はいはい。で、話の続きを)

 (そうだった。おい、利奈とやら)

 「えっ、あっ、はい」

 (口に出さなくて良い。……お前、不老不死になりたいのか?)

 (……は、はい)

 (本当になりたいのなら、私と契約を結び、それを履行して貰わねばならん。そうだな……見事それが出来れば、お前とお前の彼氏もろとも不老不死にしてやろう)


 利奈は固唾を飲む。一番の問題は、契約の内容である。


 (契約内容は……?)

 「誰でも良い。クラスメイトを二人殺せ。そうしたら不老不死にしてやる。とても安いだろう?)

 「……!」

 (こいつを渡そう。契約を履行する際に使うことがあってな)


 利奈の目の前に小さな空間の裂け目が生じる。そこから華美な装飾が施された金色のナイフが落ちてきた。利奈はそれを空いている方の手でキャッチする。


 (それで殺せ。心臓に突き刺すのだ)

 (アンタ……)

 (うん?お前たち二人が破格の待遇なだけだ。普段の契約はこうやって罪を犯させるのさ)

 (こいつ……!)


 頭の中で秘密裏とアマゼレブが言い合いを始めたが、不思議と利奈には聞こえなかった。むしろたった二人を殺せば不老不死が手に入るのかという高揚感が利奈の心を支配していた。傑。小学校の頃からの幼馴染みで、付き合い始めたのは中学二年生の時からだ。それから卒業するまでは特に何の波乱も無かったが、高校に入ってから暗雲が立ち込め始めた。今にして思うと、傑と同じくらい明朗快活な翼が原因なのではないかと利奈は思っていた。翼の人間の善性を無条件に信じるその態度は、時として利奈の属する友人グループに不穏な空気をもたらした。しかし妙に独善的な翼を、やはり独善的な一面があった傑は一貫して擁護し続けた。その姿勢に利奈は段々と苛立っていき、言い争いも増えた結果、転移直前つまり修学旅行が近くなった頃にはお互いろくに話さなくなっていた。


 もう別れを切り出そうと思っていた矢先、転機が訪れた。異世界転移である。アニメやゲームに疎かった利奈は、クラスのオタクたちの喜びようが理解出来ず、また政臣と姫愛奈が何故か一緒に転移しなかったことも相まって猛烈な不安に駆られたのだった。


 自分たちがいわゆる勇者として召喚され、魔物と呼ばれる存在と戦わなければならないと聞かされた時、クラスは荒れに荒れた。突然そんなことを言われれば当然のことである。しかしそんな状況を上手く収め、指揮を執ったのが傑であった。その時の傑の気持ちを利奈は計りかねたが、傑は率先して現地の人々と話し合い、方針をクラス全体に周知させた。求心力が出来た後は何もかもがスムーズであった。それぞれ自分に与えられた能力を理解し、──一部反発した者もいたが──役割を分担して魔物との戦いに備えた。


 だが、魔物との戦いはアニメやゲームのように作られた『綺麗さ』は無かった。目の前で人が喰われたり押し潰されたり焼かれたり、そこは全く経験したことの無い『戦場』であった。そして恐ろしいのは魔物だけではない。魔物の被害によって狂わされた人々も利奈たちを打ちのめした。特に大切な者を喪った者たちの悲痛な恨み言は、利奈たちのメンタルに大打撃を与えたのだった。


 そんな中、傑は常に折れずに立ち振る舞った。傑も他の皆と同じく現実に打ちのめされたが、それが逆に傑を成長させる起爆剤となったようだった。傑は『勇者パーティー』の実質的なリーダーとして意地でも立ち上がる姿勢を見せ、その姿にクラスメイトたちも励まされ、次第に元気を取り戻していったのである。利奈もその姿を見ているうちに傑への悪感情は消え去り、気づけば傑への愛情は元に戻るどころか転移前よりも強く大きいものとなっていた。


 しかしそこで利奈は、自分の心境に違和感を感じていた。傑が他の女子や助けた女性などと話をしているのを見ると、胸が締め付けられるような感覚を覚えるのである。それが独占欲というものであると悟るのに時間はそこまで掛からなかった。前のように二人だけの時間が欲しい。そうは思っても傑からは何のアクションも無い。皆のリーダーとして必死に頑張っていた。だが、利奈には分かっていた。リーダーという立ち位置が傑の負担にもなっているのだと。ある日傑が自室で疲れた様子でうつむいているのを見た時、利奈は決心した。自分が傑の支えになるのだ。傑が疲弊しないように守らなければ。しかしハイスペックな傑には、他の女が出来るフォローでは足りない。彼女である自分にしか出来ないことをしなければならない。それを思いつくのに時間は掛からなかった──。


 「やります」

 「え?」

 (え?)

 「契約を結びます。絶対にやってみせます」


 利奈の顔は決心に満ちていた。しかしその瞳に宿っているのは、決して綺麗なモノではなかった。


 


 

 


 


 


 


 

 

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