11.やけに芝居がかった元帥
「真の神に選ばれたバラメキアの末裔!やはり正義は我らにあった!」
勢いよく立ち上がったのはイリオス地方で活動している軍閥組織〈帝政貴族軍〉の『元帥』ヘルムート・エーリングである。方針会議の後、政臣たちは王立内務警察の残党を糾合し、配下に加えた後に『バラメキアの血を引く人間がいる』という情報をまことしやかに流した。公文書にしっかりと記されている事実なのだから堂々と発表して支持者を募ってはどうかという意見も出たが、そもそもその公文書が極秘扱いになっているのに、それで公表してもただの妄言だと笑い飛ばされるだけである。ということで噂として流すことで帝政貴族軍の反応を見たのである。しかしこの作戦はあくまで保険であり、別途で帝政貴族軍とのコンタクトを図っていたが、向こう側から思い切り噂に食いついて来たために事態は急速に進行した。噂を流してから一月も経たないうちに使者がやって来たのだ。シャルロットの血筋を証明する書類のコピーを渡したところ、帝政貴族軍本拠地への誘いの手紙が来たのである。
「高貴なる血筋を継ぐいと貴きお
劇の登場人物のように腕を大きく振り回し、妙に芝居がかった口調で喋るヘルムートに、会談にやって来た一行は困惑していた。通された部屋を見渡すと、ゴシック様式を思わせる貴族趣味全開の内装で、壁には様々な絵画が展示されており、ヘルムートの巨大な肖像画が一行の正面にあった。かくいうヘルムート本人も、見たことのない白い軍服に金色の
「……あー、それで、返答の方は──」
「無論快諾であるッ!我が軍総勢五十万、皇帝陛下の手足となり、その覇道に翼賛する!」
ヴィオレッタの遠慮がちな問いにヘルムートは勢いたっぷりに答えた。
「まだ皇帝ではないですよ」
周りにいる部下の一人が一歩前に出てヘルムートを冷静に諭す。ヘルムートの熱量に対し、部下たちは極めて冷静である。
「アストライン!我輩は──」
「バラメキアの末裔の方を仰ぐことが出来るのはこちらとしても喜ばしい所ですが、こちらにも問題がありまして……」
アストラインと呼ばれた茶髪の将校がヘルムートから無理やり話を引き継ぐ。
「問題?」
「我が軍はイリオス地方一帯を占拠した不届き者たちから逃れてきた人々も含めて百万人もの人口を抱えていますが、そのおよそ二割程度が住居の無いホームレス状態にあります。更に連中のテリトリーとの境界付近の村ではしょっちゅう襲撃を受ける始末で……」
「対応はしていますが、何分その頻度が……住民の要求にも応えていかなければならないし、人手が足りないのです」
「つまりそちらの抱えている面倒事を片付けてほしいとの事ですか?その……私たちに?」
「そちらにいるのは勇者なのでは?」
帝政貴族軍の将校たちは傑と利奈を一斉に見つめる。二人はどこか居心地悪そうに互いに身を寄せ合い、政臣と姫愛奈に助けを求めるような視線を送った。
「……のさばっているのは犯罪者では?」
「犯罪者も無力な人々にとっては魔物と大差ないと思いますが」
アストラインの冷淡な口調に一同は彼がヘルムートの側にいる理由を一瞬にして理解した。過熱しやすいヘルムートを抑える役目を担っているのだ。時代錯誤的で夢想家とも思えるヘルムートが帝政貴族軍のトップとして君臨し続けられたのはひとえに部下たちが有能だからなのだろうとピシュカは一人軍人経験者としての推察をした。
「しかもそのほとんどが刑務所から脱走したり、指名手配を受けていた重罪人たちなのです。連盟が対応しないのなら、我々がシャルロット様の名の下で正義を執行すべきと私は思います」
アストラインはきっぱりと言い切った。
「そうか。そうすれば住民の支持を得られるか……ふむ、私はやるべきだと思うよ」
ピシュカが顎を撫で付けながら言った。
「大臣、ですが……」
「どのみち居座っている連中を排除しない限り事は進まないだろう?連盟側が明確なアクションをしてきていない今のうちが人々の支持を集める絶好の機会だ。それに私たちには沢山の兵士がいる。なあ?」
ピシュカは朗らかに政臣の顔を見る。
「その通りです。境界近くをうろつく悪党共を誅殺するだけの兵士がいます。どうかお任せを」
「ちょっと、青天目くん!?」
「そうね。ここは勇者様の力を見せてもらおうかしらね」
そこに姫愛奈も同調する。政臣と姫愛奈が何者なのか計りかねていたアストラインはその身なりとピシュカの話かけ方を見て、親しい魔導士なのだと見当をつけた。
「では、話は決まりましたね。詳細は文書にして早急に送りますので、よろしくお願いいたします」
******
「聞いてないぞ、こんなこと!何で俺たちが悪党と戦うことになるんだ!」
会談後、待機用として通された部屋で暁斗が政臣に食って掛かった。
「何を言ってるんだい。悪者退治は勇者の仕事だろ?」
「俺たちは魔物と戦う為にこの力を使ってきたんだ!今さら悪党と戦えなんて──」
「ちょっとは落ち着きなさい」
利奈が割って入って暁斗をたしなめる。
「はあ!?落ち着いてられるかよ!何でお前は──」
「落ち着けぇ!」
利奈はバチンと暁斗の頬を叩いた。暁斗はきりもみ回転をして床に倒れる。
「ちょっと、静かにしてくださる?今はティータイムなんですけど」
シャルロットが煩わしそうに口を挟んだ。
「この状況で優雅にティータイム?」
ヒクヒクしている暁斗を見ていた政臣が思わずツッコミを入れた。
「私たちは居候させてもらってるようなものなのよ。少しは役に立つところを見せなきゃ」
「い、いや、でも、俺は人殺しなんて出来ねえよ」
一番の問題はそこだった。クラスメイトたちはあくまでも魔物討伐の為に召喚されたのである。実のところ、クラスメイトたちは本当に魔物としか戦っておらず、悪党でも人を手にかけたことはなかった。──おそらくただ一人、政臣と姫愛奈との再会後にどこかへ逃げたクラスの問題児、
「だからって、もうそんなこと言って逃げられないわよ。冷静に自分たちの立場を考えなさい。私たちは連盟に反対して逃げた逃亡者よ。例えあのお人好しの翼が許しても、周りの連中はどうかしら。都合の悪い存在である私たちを許してくれると?」
「……アイツはお人好しじゃなくて馬鹿なだけよ」
姫愛奈がぼやく。政臣はその表情に一瞬だけ恐怖を覚える。暁斗は困惑の体で利奈に言った。
「つ、都合が悪いって……俺たちは協力してるってことになってるだろ!」
「今はそうでも、いつまでたっても協力の姿勢を見せなかったらどうなるの?驚異的な力を持っている存在を放置する?」
政臣は我知らず口笛を吹いていた。よく自分たちの状況を理解している。連盟側がいつまでも傑たちを飼い殺し状態にするはずはなかっただろうと政臣は考えていた。どこかの時点で『不幸な事故』か何かが起こっていたかもしれない。現地人にとってこの上ない脅威である魔物をいとも簡単に倒す存在で、かつ自分たちの考えに反対している。変に尖っている理想主義者がそんな存在をどうするか、政臣は伯父の基臣の書斎にあった歴史書で読んで知っていた。間違いなく傑たちは殺されていただろう。無理やりにでも助けたのは実はそれを回避するためでもあったのだ。情報では、連盟は旧国家の重鎮を指名手配し、軒並み逮捕して回っているという。そしてその内の数人は仲間を殺されたことを恨む亜人たちによって裁判も無しに殺されてしまい、しかも連盟はそれを『正義』だとして黙認してしまったらしい。そんな理性なき私刑を容認するような連中に反対するスタンスをとっていたらどうなるか、火を見るより明らかである。
「でも……」
「人を殺したくないってんなら、あなたたちはただ取っ捕まえてくれれば良いわよ。その後は私たちがやるから」
煮え切らない暁斗に業を煮やした姫愛奈が言った。
「え……それは……」
「私たちが殺すって言ってんの。大丈夫。今まで何人も殺ってきたから」
「得意げに話す事ではないよ……」
胸を張る姫愛奈を政臣がたしなめる。
「話がうまく進んでいないようですが……これはいわばパフォーマンスのようなものでしょう。勇者が悪党を退治したという構図は、現地の人々の心を掴む最も手っ取り早い方法ですから」
「まあ、あれだ。別に殺さなくても、適度な制裁を加えれば人々は我々を支持するさ」
ヴィオレッタとピシュカが助け船を出すが、クラスメイトたちの顔は暗いままである。姫愛奈は軽くため息をついた。
(まあ、そうよね。急にそんなことを言われてもね。でも、いつかは向こうの連中と戦うことになるんだから、覚悟を決める為にある程度は慣れておかないとね……)
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