10.とんとん拍子で進む方針会議

 シャルロットを強奪して数日、空中要塞フィロンは雲の上に隠れ静止していた。その間、ヴィオレッタはシャルロットに政臣たちを紹介していた。シャルロットは神の使いに勇者と旧国家の高官という異色の共同体にすぐに溶け込み、自分を国の元首にするため誘拐したと言われても全く臆することもなくむしろ「面白そう!」とテンションを上げる有り様だった。政臣と姫愛奈は自分たちが神の使いであることを信じてくれないのではと心配していたが、それは杞憂に終わった。数日ぶりに帰ってきたアマゼレブがなんとフィロンにやって来たからである。曰く、フィロンも領域の一部という扱いであり、足を踏み出さなければ領域内に居ることになるらしく、ルールの穴をついて〈安定界スタビリスにやって来たということだ。アマゼレブはシャルロットと会談し、建国された国に恩寵を与える代わりに国民にアマゼレブを信仰させるという協定を結んだ。


 「なんで俺たちみたいに契約じゃないんだよ」

 

 一段落落ち着いた政臣と姫愛奈は、自室でアマゼレブと話していた。


 (私は信仰心など必要ないからな。だが、定命の者から崇められるのは自尊心を満たす上で最も心地よい)

 「なんて自己中なの……」

 「ともかく、国の象徴となる人物はこれで確保出来た。後は他の閣僚候補を見つけて、その神聖バラメキア帝国とか呼ばれてた地域に行って、建国を宣言して……あれ、まだまだ仕事残ってる?」

 (頑張れ。多少はサポートしてやるから)


 そうして通信は切れた。


 「どうしよ……」

 「なんとかするしかないわね。皆は協力してくれるって言ってるし」

 「そうなの?」

 「ここが居心地良いみたい。どっちにしろ、地上の抵抗勢力に属しても遅かれ早かれ連盟にやられるものね。武力って面では圧倒的な私たちの所に身を寄せるのが賢明ってものよ」


 その頃、シャルロットとヴィオレッタとピシュカの三人は、中庭で茶会に興じていた。シャルロットは要塞内にいるクラゲ眷属の一匹を抱き締めて愛でていた。


 「可愛い~。おっきいクラゲみたいで変なの~」

 「その……痺れたりはしないんですか?」

 「全然大丈夫。触ってもなんともないわ」

 

 シャルロットはクラゲ眷属の触手の一本をつまんで手を振るような動作をさせる。


 「こんなのが普通にいて、しかも気ままに暮らしてるなんて、案外本当に神様の世界は聖典に書かれてるみたいな楽園なのかもね」

 「二人が言うには、あの神はどちらかというと悪の神だそうで。二人の不老不死の契約もほとんど強制のようなものだったと……」

 「政臣と姫愛奈ね。でもずっと美貌を保ってられるなら不老不死ってのも良いかもね。私って美少女だし」

 「自分で言いますか……」


 三人はしばらく雑談をした後、進行中の計画について話題を移した。


 「それで、私を象徴とした国を作るって話だけど……」

 「連盟に対抗する気はありませんが、あの二人にとっては達成されるべきノルマだと」

 「国作りがノルマね。神様はいちいちスケールが大きいわ」

 「兵力は十分ありますよ。あの奇妙な人形たちが沢山いますからね」

 

 ピシュカは要塞内を巡回しているルドラーを見やった。


 「でも指揮官がいないわ」

 「大臣は軍人経験者でしたよね?確か最終階級は准将だったはずでは」

 「名誉除隊した時、軍から功績を讃えられて昇格したんだ。それに戦い方も結構変容してるからね。私の頃はまだ自動小銃は試作段階の兵器だったのに、今じゃそこら辺の野盗までもが持ってる。技術の進歩と広まりが速すぎて体にこたえるよ」

 「じゃ、今度は部隊の指揮……いや軍を統括する人材が必要ってこと?」

 「いたら苦労しませんよ。復古主義者の勢力でも取り込みますか?」

 

 ピシュカはため息をついて紅茶を口にする。


 「……復古主義者。なるほど、足掛かりとしては良いかもしれません」

 「えっ?」

 「まあ駄目で元々ですが、我々の目的に近い主義者から当たるのは悪くはないと思いますよ」



******



 「それで復古主義者の勢力から適切な人材がいないか探しにいったってこと?」


 数日後、談話室にて。シャルロットたち三人の会話の概要を聞いた政臣はピシュカにそう尋ねた。

 

 「ああ。連盟との関係性が薄い所を当たると」

 「ふーん」

 「ねえ、復古主義ってどういう思想?」

 

 姫愛奈が政臣の肩をつんつんしながら聞いた。


 「昔の体制や情勢の方が優れているから、その当時の状況に戻そうって考えだよ。この場合はバラメキアが大陸を支配していた時代に戻そうってことだけど……もう帝国が無くなって百年は経ってるし、そう簡単に見つかる訳は──」

 「皆さん!見つけました!」


 部屋のドアを勢いよく開いたヴィオレッタが叫んだ。


 「え、何を?」

 「我々に協力してくれそうな復古主義者の勢力ですよ!」

 「いるのかよ!ホントめちゃくちゃだなこの世界!」


 その勢力は〈帝政貴族軍〉と名乗る軍閥組織だった。実効支配域は、かつて神聖バラメキア帝国の首都だった地方都市の名を冠した〈イリオス地方〉の西部であり、なんと神聖バラメキア帝国の復活を目的の一つとしていた。


 「確かにイリオス地方に構えてるけど、端っこじゃん。地図で見る限りすごい追い詰められているように見えるんだけど」


 ヴィオレッタの部下が手に入れたイリオス地方の詳細地図に示された帝政貴族軍の支配域を見た政臣が言った。


 「ここって他に何の勢力がいるの?」

 「……この帝政貴族軍以外は自ら名乗りを上げている勢力はいません」


 姫愛奈の問いにヴィオレッタは歯切れ悪く答える。政臣や姫愛奈だけでなく、ピシュカや呼び出されたクラスメイトたちも一様に怪訝そうな顔を浮かべる。思わず傑が疑問を口にする。


 「どういうことです?」

 「ここイリオス地方は、他の武装勢力がいる地方と大きく異なった点として、無法者たちが跋扈ばっこしているというものがあります」

 「ん?」

 「あの大規模クーデターの際、混乱に乗じて各国の刑務所では暴動が起き、その何割かは脱獄に成功して姿をくらませました。またこの地方の中心都市であるイリオスでは、もう何年も前から犯罪組織が当局と手を結んでいるという情報がありまして。そこで今回改めて調査をした所、この地方の西部を除く一帯が、独立を宣言した犯罪組織の支配下にあることが分かったのです」

 「犯罪者が王の地域ってこと……?」

 「地獄か」


 ヴィオレッタの部下たちの調査で分かったことは一同を驚愕させた。しかもただ支配しているだけでなく、犯罪組織の構成員が住民たちに暴行を加え、『徴税』と称して物資を持ち去り女性を連れ去っているという。現地の状況は想像に難くない。だが、政臣はすぐにこの状況を利用する道を考えていた。


 「これはチャンスだ。その軍閥組織と手を組んで、犯罪組織からイリオス地方を解放すれば住民たちは帝国復古を指示するだろう」

 「そんな簡単に行くのか?」

 「日銭の為に物を盗ったり人を殺したりする集団に支配されるより、偽善でも自分たちのことを考えた統治をしてくれる復古主義者の集団の方が数万倍はマシさ。それに犯罪者に制裁を加えるのは正義の味方の所業だろ。みんな好きだろ?正義の味方」

 

 傑の懸念に政臣は何のことでも無いように答える。


 「それにこっちはこの空中要塞と機械人形がいる。お前たちが戦ったアレもな」


 政臣の言葉にクラスメイトたちは胸をかれたような顔をする。


 「アレって……まだいるのか?」

 「もちろん。沢山いるわよ」


 クラスメイトたちの顔を見るにだいぶ苦戦したようだ。この世界の上澄みレベルのクラスメイトたちがそうなら、そこいらの現地人には手も足も出ないだろう。


 「後はその軍閥のトップの人と話をつければいいさ。さっそく行動に移ろう。善は急げだ!」


 空中要塞フィロンはすぐに針路をイリオス地方にとり、また動き出した。その様子を一頭の飛竜ワイバーンが見ていたことに、政臣たちは気がつかないのだった。


 


 


 


 


 


 

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