9.姫愛奈、恨まれる

 政臣は躊躇せずモーゼル・フェイクを撃つ。エネルギー弾は誠を突き抜けると思いきや、手に持っていた剣によって弾かれてしまう。政臣はその動体視力に驚くが、顔には一切出さずに撃ち続ける。誠はエネルギー弾を薙ぎはらって弾くと、突然突進してきた。


 剣先を真っ直ぐ政臣に向けて突進してきた誠を、政臣はほんのギリギリで避ける。対応出来なかったというわけではなく、横に移動して脳天にエネルギー弾を撃ち込むためである。エネルギー弾を弾くのを見た政臣は、誠の俊敏力を測っていた。思った通り、誠はモーゼル・フェイクの銃口にエネルギー弾のフラッシュが見えたタイミングで頭をずらした。つまり発射されてから動いていることになる。


 (化物だな。薬か魔法か?)


 自分のことを棚に上げつつ、政臣はエネルギー弾を避けた誠の横っ腹に蹴りを入れる。誠は軽装の鎧を着ていたが、何らかの魔法が発動したようなエフェクトが発生したのを見て、政臣は瞬間的に距離を取る。


 「無駄だ。この鎧は物理ダメージを無効化する。お前に俺は倒せない!」


 勝ち誇った顔で誠は叫ぶ。いちいち声がうるさいなと思いながら政臣は黙ってモーゼル・フェイクを撃ち続ける。いつまでも戦ってはいられない。だが向こうはこちらを倒す気満々のようだ。だからこそ体力を消耗させ、いざ撤収という時に追撃を受けないようにするのだ。


 しかし──エネルギー弾を難なく弾く誠を見ながら──政臣は思う。コイツは本気で連盟に未来ありと踏んだのだろうか。ひょっとして元の世界と同じ尺度でこの世界を見ているのではないか。傑たち連盟反対派は、少なくともこの世界が元の世界の常識が通用しない場合があることを知っていたか経験していた。事実政臣と姫愛奈も転移直後に盗賊が村を焼いているのを見て、この世界が違うことを理解した。一歩でも田舎に足を踏み入れると蛮族に襲われる世界でグローバル化など叶うはずはない。第一、アマゼレブの言葉を信じれば元の世界だって亜人や魔物を文字通り絶滅させ、魔法が実在しなくなった世界である。元の世界の定命の者は、一方の種族を殲滅し、その歴史を忘却して初めて多様性ダイバーシティに目覚めたのである。異種族のいる世界で、しかも話し合いと暴力という二つの問題解決方法を提示された時、ほとんど迷い無く後者を選びそうな世界で異種族の共存など出来るものか。この世界はまだその土壌すら手に入れていない。


 再び突進してきた誠を今度はサーベルで受け止めた政臣は、試しに聞いてみた。


 「本気で連盟の理念が達成出来ると?」

 「出来るさ!バカな奴らを全部倒せば!」

 「──っ」


 誠の剣を弾き、エネルギー弾を二発撃つ。

 

 「バカな奴ら?」

 「戦争をしたがる旧国家の奴らだ!自分の事だけ考えて、みんなを不幸にする奴らを倒せば、世界は平和になるさ!」

 「本気でそんなことを言っているのか?」

 「俺たちは正義の味方だ!」


 誠は剣を振り下ろす。サーベルで防ぐ政臣に誠はなお続ける。


 「この世界の人たちは皆俺たちが助けるんだ!お前みたいに自分の欲求だけで動く奴らから守るんだ!」

 「声が大きいんだよ!」


 政臣は剣を弾き、二人は距離を取る。政臣はモーゼル・フェイクのサイトで誠を捉え、誠は剣を構える。


 「お前を倒す前に、質問がある」

 「はあ?」


 本気で自分を倒す気でいる誠に呆れながら政臣は言った。


 「白神はどこだ。門倉は、ずっと探してるんだぞ!」


 諦めていないのか。いや、それは当然の事かと政臣は思った。政臣とて、翼にとって姫愛奈は大事な存在であることは重々承知している。おそらく人生初の挫折に(形だけでも)寄り添ってくれた存在だからだ。翼の姫愛奈に対する恋愛感情は紛れもない本物であり、だからこそ姫愛奈は翼の善性を盲信する人間性を見てトラウマを刺激されたのだ。姫愛奈の精神衛生を考えるならば、顔を合わせるのは良くない事なのだが、きっとアマゼレブはそう思わないだろう……。


 「姫愛奈さんはここに来てるよ。この城にいるお姫様を探しにね」

 「シャルロット様のことか!?あの子までも巻き込むつもりか!」

 「こっちのノルマを達成するためだ。生け贄なんかにはしないから安心しろ」

 「ふざけるな!やっぱりお前は『悪』だ、白神を騙して自分の好きなようにしやがって。卑怯だぞ!」

 「何が卑怯だ」

 「門倉から白神を奪ったことだ!」


 誠は大声と共にまた政臣に突っ込む。政臣はモーゼル・フェイクを連射する。誠は剣を振るってエネルギー弾を弾き飛ばしながら政臣の喉元を狙う。政臣は避けたつもりだったが、喉に冷たい金属が入り込む感覚を覚えた。首から血が吹き出す。しかし再生能力によって一瞬で傷口は塞がった。それを見た誠は当然の如く驚く表情を見せた。


 「ああ。すごく痛いけどこの体になったおかげで多少の無茶が出来るからな」

 「お前……やっぱり悪魔に魂を売ったんだな!」


 誠は剣を振り回し政臣の胸に切り傷をつける。だがそれも傷が開くのとほぼ同時に再生能力で塞がっていく。誠は次第に疲弊していき、顔に汗が見え始めた。


 その隙を見逃さなかった政臣は、遠慮することなく至近距離でエネルギー弾を撃ち込む。なんと鎧はエネルギー弾を弾いたが、その衝撃は誠に少なからずダメージを与えた。


 「うっ!?」


 政臣は容赦無くモーゼル・フェイクを連射し、鎧と誠の体に確実にダメージを与える。鎧には凹みが目立ち始め、誠は口から血を吐き出している。内臓が損傷したのだ。


 「別に嫌いな訳ではないよ。だから殺さない。安心しな。それに、簡単に殺すと上がうるさいからね」

 「ふ、ふざけるな……!まるで遊びみたいに……」

 「遊びだよ。うんざりするほど壮大な、暇な神様のね」

 「何……?」

 「俺と姫愛奈さんは悪魔じゃなく本物の神と契約したんだ。実のところ、向こうから一方的に押し付けられた負債を払っているっていうのが正しいけどね」

 「白神は……自分の意思で……?」


 誠の唇から血が垂れる。凄まじい精神力だと政臣は思った。人一倍カルマの輝きがすごい翼に影響されてしまったのか、考察する余地はあったがそんなことをしている暇は無い。時間的に一番近い基地から援軍がやって来る。そろそろシャルロットを見つけてもいい頃合いだろう。


 「誠!」


 別の人物の声が聞こえ、政臣は顔をしかめる。茶髪を短くした魔導士の少女──おそらく政臣や誠と同年代──がこちらに弓を構えていた。


 「よくも誠を!」


 魔力で編み込まれた赤色の矢が飛んでくるが、政臣はそれをコートで無効化する。やはりこんなところでモタモタしているべきでは無かった。そんなことを思っていると、また別の気配を背後に感じた。


 「政臣くん!」


 姫愛奈だった。城の尖塔のてっぺんから飛び降り、猫のように音ほとんど音もなく降り立つ。


 「……誠じゃない!」

 「白神……」


 誠は剣を支えに辛うじて立っている状態だった。それを見た姫愛奈は政臣に微笑みを向ける。


 「ああ、そうよね。クラスメイトはなるべく殺さないって決まりだもんね」

 「何を……」

 「そんな……いたぶって楽しんでるっていうの!?最低な奴ね!」


 茶髪の少女魔導士が怒気を孕んだ声で言う。


 「ああ?」


 笑顔が消えた姫愛奈が低い声で言った。


 「よせ、ミラ!」

 「大丈夫よ。私を誰だと思ってるの!?」

 「姫愛奈さん、長官さんはお姫様を見つけたの?」

 「ええ。もう要塞に向かってるわ」

 「じゃあ俺たちも帰ろ──」

 「何で?あの女政臣くんを『最低』って言ったじゃない。殺さないと……」

 「いやいや、端から見れば確かにいたぶっているようにも見えなくないと言うか──」


 魔法の矢が政臣に飛んできた。それを姫愛奈がハルパーを振るって弾く。


 「政臣くんに……」


 瞬間沸騰した姫愛奈は、一挙にミラと呼ばれた少女魔導士に近づいた。そしてハルパーを振り上げた。


 「姫愛奈さん!」


 ミラはそれを見て両手のひらを斜め上に突きだしシールド魔法を発動した。振り下ろされたハルパーは、シールド魔法によって防がれる。


 「くっ──」

 「政臣くんを『最低』だなんて……政臣くんを否定する奴は私が──!」


 シールドにハルパーを弾かれた姫愛奈は、一瞬バランスを崩すもすぐに態勢を持ち直し、そして予備動作無くミラの横っ腹にハルパーを刃を突き刺した。


 「ミラアアアアアアァッ!!」



******



 傷ついた体に鞭を打ちミラに駆け寄る誠を見て、姫愛奈はフンと鼻を鳴らして背を向ける。


 「どうして……」


 政臣のもとに足を動かし始めた姫愛奈は、それを止めて後ろを見やる。誠は蒼白のミラを抱き抱え、涙を流していた。


 「どうして?私の彼氏を否定したからよ」

 「白神……」

 「じゃあね。また会いましょう」


 政臣に駆け寄り、姫愛奈は笑顔を見せる。


 「殺すことは……」

 「敵の戦力を削いだの。適切でしょ。さあ帰るわよ」

 

 姫愛奈は罪悪感を感じる様子も無く歩いていく。政臣はミラを抱き抱える誠を見て、若干の同情を感じつつもすぐにその感情を振り払って姫愛奈についていった。


 「ミラ……どうして……だからよせって……」


 一人残された誠はミラの死体を見ながら泣き続けていた。


 「白神……何で殺したんだ……何で……」


 誠はついさっきまで姫愛奈を信じていた。ただ洗脳されているだけで、友情を示せば改心してくれると。だが、今は違った。姫愛奈は仲間を殺した。転移直後からずっと一緒だった仲間を。いくら友達だったとしても、こればかりは許せなかった。


 「白神……俺は、お前を……」


 誠は一つの決心を胸に立ち上がる。そしてミラに微笑みかけ、城の中に入っていった。


 

 

 

 


 


 


 

 


 

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