6.性悪皇女 part2

 「これ以上の調査は止めろというのは、どういう事です?」


 謎の襲撃から日も経たないうちにヴィオレッタは宰相のスタイドル・ワイツ公爵に呼び出され、そこで王立内務警察ヘの襲撃についての調査を止めるよう厳命された。


 「理由は何も聞くな。ただのいたずらだったと思って全て忘れろ」

 「宰相閣下、それは納得致しかねます。せめて理由を──」

 「何も聞くなと言っている!」

 

 スタイドルはヴィオレッタを怒鳴りつけ、早々に宰相府から追い出した。


 「絶対何か隠してる……ちょっと、矢にくくりつけられてた『手紙』は保管してるんでしょうね」

 「はい。長官の指示通り、複写したあと本物は封筒にしっかりと戻して渡しました」

 「よし。こうなれば勝手に調べてやるわ。こんなふざけたことをしたのは誰なのか、とっちめてやらないと気が済まないわ」

 「嫌な予感がするのですが……」


 本部に戻ったヴィオレッタは、早速手紙の内容を確認した。


 ヴェルスブルク城。待ってます。


             シャルロット


 「これだけ?他には?」

 「何も……」

 「やはりただのいたずらなのでは?」

 「あんな緻密に編み込まれた魔法の矢があるもんですか。これを送りつけてきた誰かさんは明らかに魔法の才能があるわ。そしてこれは……きっと私を呼んでるのよ」

 「いけません!明らかに危険ですよ!」

 「国内の危険因子を排除するのが私たちの仕事でしょう。戦場ほどではないにしても、私たちには常に命の危険があるはずよ。だからこんなことで怖じ気づいて手を引いてたまるもんですか」

 「長官……。勘弁してください……」

 「まずは筆跡からね。それと『シャルロット』というのが人名なのか組織の名前なのか何なのか調べるわよ!」



******



 「随分と負けず嫌いだね」


 若干呆れたような口振りでピシュカが言った。


 「だ、だって長官の私が襲撃されたのにろくな調査もするなって言うんですもの!」



******



 筆跡鑑定による特定は失敗した。少なくとも、王国内に存在する保存された筆跡には同じものが無かった。しかし、シャルロットという名前に関してはすぐに手がかりが見つかった。


 「宰相府と宮内省の秘密指定された幾つかの文書の中に、シャルロットという名前が散見されました」

 「でかした!スパイを各省庁に送り込んでいた甲斐があったわ」

 「秘密文書の管理が杜撰ずさんだったのもありますが……やはりこれは──」

 「うるさいうるさい。別に私の職権からは逸脱した行為じゃないでしょ」

 「ですが、濫用らんようと呼ばれて差し支えないかと……」

 「調査が全部終わるまでです!次はヴェルスブルク城の場所を探しなさい!一般の地図には記されていなかったわ。おそらく国有地のどこかでしょうね」


 この時点で、ヴィオレッタは明らかな職権濫用で少なくとも二つの省を引っ掻き回していたが、不思議と察知されることは無かった。部下の指摘通り、公文書の管理に対する意識の低さも起因するが、ヴィオレッタが調べていた事柄を出来れば全て忘却してしまいたかったというのが正しいのかもしれない……。


 ヴェルスブルク城の場所もすぐに分かった。それは実質的な国王の領地である国有地の中でも、特に重要性を見出だせない地域にあった。意識して探さないと見つからないからこそ、今まで誰にも見つからなかったのである。ヴィオレッタは部下たちの反対を押しきり自ら部隊を率いて城に乗り込むことにした。


 その城は、地図の端っこに存在する小さな国有地の中、鬱蒼と繁った森の中にひっそりとたたずんでいた。別段大きくもない上に壮麗でもなく、遊園地のアトラクション用に建てられたといっても過言ではなかった。少なくとも大人数で住むような城ではない。不思議な事に、城を囲うように設置された錆びた鉄製のフェンス以外、城の侵入を阻むものは無く、異常さを感じたヴィオレッタは冷静さを取り戻し、引き返したくなっていたのだが、森の外周を見張っていた武装兵との連絡が途絶え、随行させていた数名の部下たちと共に森の中に閉じ込められてしまったことで城に入らざるを得なくなったのだった。



******



 「で、城に入ってどうなったんです?」

 「城に入った途端、足下に魔方陣が出てきて……。気づいたら手錠を掛けられた状態でシャルロット様の前に……」

 「君、変な所でムキになるんだね」

 「うっ」

 「その後は?」

 「シャルロット様が自己紹介をされて、私の家がペトレルナとの宮廷闘争に負けて没落した一門の人間だと知って、『友達』になりたいと……」

 「それで結局友達とやらになったのかね?」

 「まあ……拒否権が無かったので……」

 

 ヴィオレッタは遠い目をしながら言う。 


 「でも、あなたが王家の秘密を知っている理由にならないな……」

 「ああそれはシャルロット様が私に命じられたのでいろいろ調べて知ったのです。シャルロット様は自分が王家の血筋を引いているという事以外何も知らなかったので」

 「で、自分の出自の事情を知ったシャルロット様はどうしたんです?」

 「特には……。手紙のやり取りとか、押収した呪体などを送ったりしたくらいで、後は数えるほどしか会っていません」

 「……私は魔法に関しては全く無知だと言っていいが、一度回収された呪体は簡単に他所に流していいものではないと思うがね」

 「危険な呪体ではありませんよ!学校の基礎魔法実習で使われるような害の無い物だけですから!」

 「そういうことじゃないだろう!」

 「まあまあ、職権濫用は既に過去の出来事として流すとしてですね。問題はシャルロット様が俺たちを信用するかどうかですよ」


 政臣の言葉に利奈が同意する。


 「そうね。突然国の御輿にするために来ました!なんて言ってきた奴を信用するとは限らないかもね」

 「そこは私が説得します。生き残る為に頑張りますとも」

 「仮に国を建国したとして、前のように秘密警察長官に就任してもその職権を濫用したらいかんよ」

 「もうしませんから!」


 更なる話し合いの結果、シャルロットが別の場所に移送された可能性を鑑み、ヴィオレッタが叛乱勃発の際に離散するよう指示した部下たちを集め、居場所を調査することにした。ヴィオレッタとの連絡手段を持っていた腹心の部下十人の内、三人は既に殺害されたり機密情報漏洩を防ぐ為に服毒自殺をして死亡してしまっていたが、残りはオセアディアや周辺国に潜伏していた。ヴィオレッタは彼らを召集し、無事を祝った後シャルロットの現状と居場所を突き止めるよう指示を出した。


 「オセアディアに居ない?」

 「ええ。一番新しい情報では、身辺の安全を理由に国外に移送されたという事で……」


 シャルロットは旧ワグリア大公国の城に移送され、そこでまた軟禁状態に置かれてしまったという。


 「地理的に見ると、連盟に反対する武装勢力とは離れた場所に居る。何かの間違いでシャルロット様が復古主義者の勢力に渡らないようにしたんだな」

 「まあ、私たちには関係ないけどね」

 「要塞は既に目的地に向かっている。速度的にはあと二日は必要だね」

 「部下からの報告ですが、連盟や他の武相勢力もこの要塞の存在を把握して調査を始めているようです」

 「ワイバーンもしょっちゅう来るようになったね。まあ、魔物の活動が活発な地域を通っているからでもあるんだろうが……」

 「何にせよワガママな神様の要望に応えるべく俺たちは努力しないと。それにいつかは連盟側の勇者と戦う事になるんだ。機先を制するのは常道さ」

 「……!」


 空中要塞は亡国の姫が住む城にめがけて突き進んでいた。そこにかの勇者たちが居ることを知らずに……。

 

 

 

 




 

 

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