5.性悪皇女

 「で、そのシャルロットという人は……オセアディア王家ではどういう立ち位置なんですか?」


 ヴィオレッタの提案により、シャルロットという名の王女を担ぎ上げることにした一行は、会議室に移動して更にヴィオレッタから詳細を聞いていた。


 「……殿下は、血筋は貴いものですが、王家内ではその扱いに困っている節がありましてね」

 「扱い?」

 「殿下は神聖バラメキア帝国の帝位に代々ついていたバラメキアの血を引く方ですが、今のオセアディア王家は元々、そのバラメキア家と敵対関係にあったのです」

 「……」

 「神聖バラメキア帝国は、今のところこの世界の歴史上で一番統一国家形成に近づいた国とされています。我がオセアディアも、ダウム大臣の国であるパレサも、その他の国々も帝国を構成する藩王国や大公の領地などでした。帝国は一時今の亜人国家が存在する地域にまで手を伸ばし、亜人たちも支配下に置いていた時代もありました。ですが、意に沿わない者たちを理不尽に虐げるような統治を続けた為、絶えず叛乱が勃発し、遂に滅び去りました。殿下の祖父君であらせられるジェラード様は、およそ百年前の帝都陥落の際に逃げ延びた唯一の皇族でした。その後は最後の最後まで叛乱に対して中立を保っていた今のオセアディア王国の地域に落ち延び、オセアディアは完全に独立を宣言する前にジェラード様を受け入れたのです」

 「あれ?さっき今の王家はバラメキア家と敵対していたって……」

 「今のは、です。オセアディアは今の陛下の先々代で血筋が途絶え、今は外戚だったペトレルナ家が王位についているのです。ペトレルナ家は、前の王家に帝国を攻撃するようずっと上申していた家でした」

 「訳分かんなくなってきた……」

 「姫愛奈さん、まだ序の口だと思うよ。それで、その事は他の国は知っていたんですか?前の王家が帝国のプリンスをこっそり受けいれていたってこと」

 「判明したのは、というか、発表がなされたのは今の王家になってからです。ですが、その時にはシャルロット様の父君であるヒルトン様がいまして……。ヒルトン様は、ペトレルナの血を引く方とジェラード様との間に生まれたお子で、それを鑑みられたのか、排除されずに辺境で半ば軟禁に等しい状態に置かれたのです。その魔法の才能を周囲から恐れられたジェラード様のように……」

 「かなり詳しいね。元は歴史家志望だったのかな?」

 「いえ、これは一般人には公表されていない情報です」

 「……では何故知ってるんだ?まさか自分の職権を使って──」


 ピシュカの言葉を遮るようにヴィオレッタは咳払いをして話を続ける。


 「さて、この時点でヒルトン様の存在は民衆には隠され、王族と一部の者たちしか知らない状態になりました。ヒルトン様の存在は今の王家にとっては邪魔な存在でしたが、継承権を持つのは男子だけと定めていた上に、ヒルトン様を含めるとお子が三人しかいなかった当時は、長男で今王位についている陛下にもしもの時があったときのスペアという役割が与えられ、民衆に周知されていないのにも関わらず王位継承順位第二位というかなりの立場に置かれたのです。この辺りは宮廷闘争も絡んでいろいろと面倒なんですが……」

 「まあ、関係が絡み合った権力闘争なんかは俺たちの世界でも昔いろんな国でありましたし、簡単に説明出来ないのは十分承知しています。要点だけ押さえてくださればそれで良いです」

 

 難しい顔をしだした周囲を見かねた政臣はそうヴィオレッタに言った。


 「ああ、ありがとうございます。それで、シャルロット様のお立場が難しい位置にある所以なのですが──シャルロット様が、ヒルトン様と

 「……」

 「ん?」


 ヴィオレッタの言葉に一同は狐につつまれたかのような顔をする。


 「ちょっと待って」

 「シャルロット様は、近親交配で生まれた子で──」

 「待って待って、要点を押さえすぎ!少しで良いから経緯を話してくれない?」

 「いや、要点をと──」

 「私からも頼む。完全に初耳だぞ」


 ピシュカも姫愛奈の言葉に同調する。


 「そうですか……では、まずはヒルトン様とアエリ様との関係からですかね。アエリ様はヒルトン様の腹違いの妹君で、継承権はありませんでしたが、その扱いは天と地ほどの差がありました。ですが、バラメキアの血を引くが故に忌み嫌われるヒルトン様をアエリ様は不憫に思われ、ご家族の不興を買うことをご承知でヒルトン様の元ヘ通われていました。──お二人の間にどのような事があったのか、何の記録も残っていないため詳細は不明ですが、結果的にお二人の間に新しい命が生まれることに……それがシャルロット様です」

 (濃い血筋を残したり、領地を自分たちの強い影響下に置くために近親交配を繰り返すというのはハプスブルク家なんかがそうだけど……オセアディアの王家にとってはマズかったってことか?)

 「その頃アエリ様は別の方との婚姻が間近だったので、王家と宮廷は大騒ぎになりまして……一時は生まれたシャルロット様を殺してしまうべきだと声高に主張する輩までもが現れましたが、何の罪も無いのにペトレルナの血を色濃く引くシャルロット様を殺すのはどうなのか?となりまして……」

 「それで、結局どのような処遇に?」

 「当初はペトレルナの濃い血筋としての利用価値を見出だそう、ということになったのですが、殿下が二歳の時、ヒルトン様には全く受け継がれなかった魔法の才能が突如として開花したのです。それはあまりにも強力で、誰も制御出来ませんでした。それで、魔法の鍛練という名目でシャルロット様は父君・祖父君と同様に辺境に隔離されてしまったのです……」


 ヴィオレッタはテーブルの上に置いてあったコップに水を注ぎ飲んで一息ついた。


 「なるほど、今は何歳なんですか?」

 「今年で十四歳になるかと……」

 「ふむ……」

 「でも、長官さんはあの暇神の計画に乗りそうな人物って言っていたと思いますが……」

 「ええ、おそらく二つ返事で承諾するかと」

 「それってシャルロット様が家族ヘの復讐かなにかを望んでるからって事かしら?」

 「いや、復讐は頭にないでしょうが……殿下は、多分「おもしろそう」という理由で我々に協力しそうだなと」


 政臣は片眉を上げて尋ねる。


 「は?」

 「シャルロット様は、その、すごく性格が悪くて……意地が悪い方なのです」

 「思うに、君が王国でもごく一部の者しか知らない情報を知っている理由が絡んでそうだね」


 ピシュカの言葉にヴィオレッタは頷く。そしてヴィオレッタはシャルロットといかに知己を得たか話し始めた。



******



 それは戦争が始まって三年目、ヴィオレッタが史上最年少で王立内務警察長官の座に就き、反対派を軒並み一掃して間もない頃、部下たちと共に書類の決裁をしていた夜に始まる。


 「今日決裁しなければならない書類はそれで最後です。お疲れ様でした」


 確認済みの判子を押したヴィオレッタは、部下に書類を渡して椅子にもたれ掛かった。


 「疲れた~。やっぱり長官職なんて就くんじゃなかった……。毎日こんな調子じゃ、いつか倒れちゃうわ」


 部下が淹れた紅茶を一口飲み、外の景色を眺める。つい数時間前までは歓楽街の灯りが見えていたのだが、戦時統制の影響で飲食店の営業時間が国によって十一時までと定められているため、その灯りは見えない。一息つき、ヴィオレッタは机の引き出しからブランデーの瓶とグラスを取り出した。


 「長官!」

 「もう勤務時間外よ。一杯だけなら良いでしょ」

 「勤務時間外でも職場での飲酒はいけませんよ」

 「そんな固いこと言わない。家に帰っても寝るだけだし、ならここでちょっと飲んでも良いじゃない」


 部下たちは顔を見合せ肩をすくめる。ヴィオレッタはどこ吹く風でボトルの蓋を開け、グラスにブランデーを注ごうとした。


 その時、さっきまで外の景色を眺めていた窓が割れ、グラスが吹き飛んだ。部下たちは一斉に拳銃を取り出し、一人はヴィオレッタを床に押し付けた。

 

 「ちょっと!」

 「姿勢を低くしていてください!」

 「保安部を呼べ!建物を一時封鎖する!」


 王立内務警察本部はたちまち封鎖され、残っていた職員は安全と監視の為に一人残らず玄関ホールに集められた。保安要員が執務室に押しかけ、本部周辺はたちまち厳戒態勢に置かれた。


 「宰相府ヘの連絡は?」

 「もう済んでます。それと、二番街の憲兵支部から一個小隊が向かっています」

 「長官は窓に近付かないで下さい!」

 

 憲兵隊も到着し、周囲が騒然とする中、ヴィオレッタは執務室の出入り口のドアの近くに何かが刺さっていることに気がついた。後に分かることだが、窓を突き破ったのはシャルロット自身が作り出した魔法の矢にメッセージを付けたもので、自分が性悪皇女に目を付けられていることをヴィオレッタはこの時点では知らないのだった。

 

 

 


 

 


 


 

 

 

 


 

 

 

 

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