3.本音と建前

 「……それで、私たちの『敵』になったって訳?」


 紅茶を一口啜った利奈がきつい口調で向かい側に座る政臣と姫愛奈の二人に言った。


 堂々とアマゼレブが自らの存在をさらした後、二人は傑たちを空中要塞フィロンに連れて帰った。ピシュカとヴィオレッタも他の高官と共に遠くへ逃げ延びず、傑たちについてきた。クラゲ眷属たちは思わぬ来客に大はしゃぎであり、傑と利奈を除くクラスメイトとヴィオレッタと一緒に別の場所でお茶会を開いていた。


 アマゼレブは傑と利奈、ピシュカに政臣と姫愛奈の二人が『闇落ち』した経緯を説明していた。その間、二人は気まずさに耐えきれず両手を繋ぎ合ってイチャイチャしていた。


 「ちょっと!イチャイチャしない!」

 「政臣くん怖い~。利奈が怖い顔する~」

 「えっ。え~と、じゃあ部屋に戻って──」

 「黙って座っていなさい!」

 「「ひいぃぃ!」」

 「……君の彼女は随分と才気煥発なんだね」

 「はは……」


 ピシュカは呑気に紅茶を飲みながら隣に座っている傑に言った。傑は苦笑いをするのみである。


 「おおむね事情は理解したわ。神様の暇潰しに付き合う代わりに不老不死を得る契約をしたなんて……正気なの!?」


 利奈はドン、と握り拳をテーブルに打ち付けた。衝撃で紅茶がこぼれる。政臣と姫愛奈はたまらず弁明を始めた。


 「あの時は選択肢が無かったんだ!なんか『契約』の権能では元の世界に戻れないとかなんとか変なこと言ってきてさぁ」

 「それに不老不死だって悪いことじゃないのよ。今まで政臣くんは普通だったら死んでるような目に合ってもこの通りピンピンしてるだから!」

 「死んでるような目って?」

 「銃弾を食らったり、魔物に壁に向かって投げつけられたり。どれも死ぬほど痛かったけど死ななかったよ。それでもストレスになるのは違いないけど」

 「だから私がいつもケアしてあげてるの。こうやって優しく抱き締めてあげて──」

 「隙あらばラブコメするんじゃない!」


 利奈は大きくため息をついた。


 「一時は本当に二人が洗脳か何かされてるんじゃないかって話し合ったのよ?なのにこんな訳の分からない神様の言いなりになってるなんて……」

 『訳の分からない神様ですって。プププ』

 『よしお前一回表出ろ』

 「あなただって訳の分からない神様ですからね。ピスラさん」

 『酷いわ!可愛い顔してて言うことはキツいなんて。慰めてアマゼレブ!』

 『おいっ、抱きつくな!そしてどこ触ってる!やめろ!』

 「そっちもそっちでラブコメしない!」


 利奈はキッと政臣と姫愛奈を見やる。二人はビクッと背を震わせた。


 「本当に何もされてないのね。本当に」

 「されてないわよ。まあ、精神面で多少の調整をされたり、人間やめた影響でちょっと弊害があるけど──」

 「待って。今『人間をやめたって』言った?」

 「えう……」

 『その通り。こいつらは既に定命の者たちの法則に縛られない神格の存在となっているのだ』

 「あんたの縛りが酷いけどな!」

 「神格……?神ってこと?」

 『神に最も近い存在ということだ』

 『そうやって安易に定命の存在を亜神にするから他の神に狙われるのよ?』

 『イケメンを神格存在にして侍らせているお前にだけは言われたくない』

 「その神格存在とやらになったら何か良いことがあるの?」

 「まあ……食事や睡眠の必要が無くなるのが何よりのメリットかな」

 『それと神代の魔法を扱う資格も得られるぞ』

 『体力や身体能力だって人外の領域になるわ。二人共体力が切れないからって夜は随分と盛んに──』

 「ウワアアアァッ!ナンデモナイヨー!」

 

 政臣は錯乱したように叫んだが、誤魔化せなかった。利奈は驚愕の表情で二人を見た。


 「え……二人、もしかして……もうそこまで行ってるの……?」

 「……」

 「顔そらさない!どうなの!?」

 「どっ、どうしてそんなに気になるのよ!こっちの勝手でしょう!?」

 「じゃあそういう関係なのね」

 「あっ、違っ、待って──」

 「う~む。私はお似合いだと思うがね~」

 「大臣呑気すぎですよ!」


 クッキーに手を伸ばしながら呟くピシュカに傑は思わずツッコミを入れた。



******


 

 白熱する場を冷ます為、アイスティーが出された。一口飲んで気持ちを落ち着かせた利奈は、姫愛奈をじっと見つめ尋ねた。


 「姫愛奈」

 「な、何?」

 「体の関係があるかどうかは別として、何より聞きたいことがあるの」

 「体っ──!?……き、聞きたいこと?」

 「私たちのこと、本心ではどう思ってたの?」


 途端に空気が変わる。さっきまで呑気だったピシュカも、察して静かになる。政臣は利奈が前々からこの質問をしようとしていたのだと気づいた。転移前、トラウマを押し隠して過ごしていた時の姫愛奈の気持ちを聞いているのだ。


 「本心では……」

 「……」

 「……正直、心の底から友達だとは、思ってなかった……」

 「──っ」

 「本当の私は誰にも理解されないって考えてて、それでああやって明るい女の子を演じてた……。利奈やみんなと一緒にいたのも、仲間外れにされるのがすごく怖かったからで──」


 バン、と今度は平手で利奈がテーブルを叩いた。姫愛奈は口ごもってしまう。


 「だ、だって、みんな私の見た目だけ見て寄ってくるから……」

 「そういうことじゃない!」

 

 利奈は少し悲しそうな顔をして話し始めた。


 「辛いなら、話してくれれば良かったのに……私だって、違和感くらいは感じてたわよ」

 「へ?」

 「その時はどんなものか分からなかったけど、アマゼレブさんから教えられてようやく分かったの。あなたがすごく辛い目に遭ってきたって……」

 「お前、あれをいつ喋った!?」

 『要塞に戻る時。コイツの頭の中に直接な』

 「正直絶句した……。姫愛奈が男子に妙な壁を作ってたのもこれで納得したわ。だから、翼が姫愛奈と付き合い始めたって聞いたときはちょっと変だって思ったもの」

 「利奈……」

 「あなたが私たちとこの世界で再会した時、翼を拒絶したのも、翼に似た人に傷つけられたからだものね」


 姫愛奈の表情はみるみる泣きそうなそれに変わっていく。自分の理解者がまた現れたことが嬉しいのだ。


 「私、あなたに謝りたいの。一歩踏み込んであなたの気持ちを知ろうとしなかったことに。あなたを助けることが出来たのに、それをしなかったことに……」

 「利奈、お前……」

 「その上で、青天目なばためくんにも聞きたいことがあるわ」


 目つきを変え、利奈は政臣を睨み付ける。


 「は、はい?」

 「あなた、ちゃんと姫愛奈の気持ちを理解してる?姫愛奈の傷ついた心を癒してあげようって考えてる?」

 「それは──」

 「そうでないと、私はあなたが姫愛奈の彼氏でいることを許さないわよ」

 「政臣くんを悪く言わないで!」


 姫愛奈は思わず立ち上がった。


 「政臣くんは私の最初の理解者なの!私の気持ちを受け止めて、初めて肯定してくれた人なの。それに、私を守ってくれるって、言ってくれたから……」

 『言ってたな』

 『言ってた。ロマンチックな雰囲気で。イケメンね~』


 羞恥心で爆発しそうな政臣は、うめくだけで何も言えなかった。


 「最初の理解者、か……私がなりたかったな」

 

 利奈はアイスティーをまた一口飲み、誰にも聞こえない声で呟いた。 


 「分かった。なら青天目くんに言うことは無いわ。せいぜい姫愛奈にふさわしい彼氏になれるよう頑張りなさい」

 「それは……努力してます」

 「政臣くんは私にふさわしい彼氏だもん……」


 姫愛奈の膨れっ面を見た利奈は、姫愛奈が『普通』の女の子になっていると感じた。


 「じゃあ、姫愛奈。改めてなんだけど、私たちと友達になってくれる?」

 「えっ?」

 「前みたいに打算じゃない関係でいようってこと」

 「……!うん、私たちはこれからずっと友達でいましょう」


 姫愛奈は嬉しそうに笑顔を見せた。ピシュカはアイスティーを啜りながら、確かにこんな顔をされれば勘違いもしそうだなと心の中でぼやいた。


 「……で、友達として聞きたいんだけど」

 「え、何?」

 「あなたと青天目くんがアマゼレブさんと結んだ契約内容を詳しく教えてほしいの」

 「……何で?」

 「私も不老不死になりたいの!」

 「……うん?」


 しみじみとしていた傑は利奈の言葉に硬直した。


 「利奈?どういう──」

 「だって羨ましいもん!ずっと若いままで好きな人といられるなんて!しかも死んで別れるなんて悲しいこともないのよ!?」

 「いや、確かにそうかもしれないけど、ちょっとはリスクを考えた方が──」

 『そうかなるほど。こいつら全員と契約を結ぶのも面白いかもな』

 「あんた何もかも『面白そう』で決めてんな!絶対大変なことになるだろ!」

 『なに、この世界は既に混沌としているではないか。誤差だ誤差』

 「比較対象にそんな大層なものを持ち出してくるんじゃない!」

 

 政臣がツッコミを入れるも、姫愛奈は違った。


 「え~、友達とずっと一緒にいられるなら別に良いと思うけど……」

 「ちょ、姫愛奈さん!?いくらなんでも──」


 姫愛奈は上目遣いで政臣を見つめた。「ダメ?」と。


 「うぐっ……卑怯な……」

 『っていうか、これが本音だったんでしょ。やっぱり可愛い顔して結構えげつないわね』


 ピスラのぼやきには誰も反応しなかった。茶会の席は、また大騒ぎの様相を呈し始めた。


 

 


 

 



 

 

 

  


 


 

 

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