2.(勝手に)要人救出

 二百年ほど前に建造され、今はパレサ新政府の管理下にあるホルスレイン城。そこでは旧体制の高官や連盟の参加に反対した傑たち勇者たちが軟禁されていた。兵士の監視下、傑をはじめとする連盟不参加側の勇者たちや、ピシュカやヴィオレッタ等オセアディアとパレサの高官数名は、いつ自分にどんな処遇が下るかと頭の片隅に常に不安を抱えながら過ごしていた。

 

 「チェックメイト」

 「えっ?何で!?途中まで勝ってたろ!?」


 クラスの陽キャグループに属し、全員から脳筋と思われている原田暁斗あきとがそう言って頭を抱えた。


 「基本戦術は抑えてるけど、それに固執し過ぎて読みやすいのよ」


 利奈は立ち上がり使用人がトレーに載せ持ってきたジュースを取り一口飲む。傑や他のクラスメイトも暁斗に苦笑いする。


 「いや、もう一回!もう一回勝負だ!」

 「今日で四回目よ。いい加減にして」


 バルコニーの柵にもたれ掛かり、下の中庭を眺める。旧パレサ王国の軍需大臣ピシュカと旧オセアディア王国の秘密警察長官ヴィオレッタがいつものように一緒に紅茶を飲んでいた。二人は前線に視察に行った際にクーデターに遭い拘束されたらしい。他の高官たちが怯えながらこの城にやって来たのに対し、二人はどこか落ち着いた雰囲気を漂わせていた。この状況にも関わらず昼間は紅茶を飲んで談笑し、夜遅くまで酒を酌み交わしている。ピシュカは長い軍人時代を経験しているし、ヴィオレッタは秘密警察の長官だったからこんなにも落ち着いているのか。利奈は呑気そうに見える二人が羨ましく思えた。


 利奈は暁斗とボードゲームを始めた傑に目をやった。クーデターが起きて捕まってから、傑はそのリーダーシップで不安を隠せないみんなの心をよく持たせていると利奈は思っていた。その姿に利奈はいつも心がかき乱され、傑に抱きつきたい衝動に駆られる。いつも二人きりの時間を取ってくれるが、見張りの目がある中では長く一緒にはいられず、夜になると各自に割り当てられた部屋に戻らなければいけなくなる。前は朝まで一緒にいられたというのに。傑は現状をどう思っているのだろうか。脱走しようという進言もあったが、お情けで生かされているようなこの状況下から抜け出して、果たして連盟はそんなことを許すだろうか。お人好しの翼は許すかもしれないが、他の幹部たちは許さないだろう。最悪処刑か、暗い場所に一生閉じ込められる。自分たちは連盟にとって不都合な存在なのだ。苦しいが、耐えなければならない。


 利奈はジュースを飲み干し、晴天の空を仰ぐ。あくまで噂程度の話しか聞いていないが、連盟に反対する勢力が各地で武装し抵抗しているという。クーデターが起こる前、翼に話を持ちかけられた時も各地で抵抗勢力が出てくると言って反対したが、本当にそれを承知でクーデターを実行してしまうとは。亜人との共存が正義なのかと言われればそうかもしれないが、こんな強引にやるものだろうか。反対派を全て殲滅すれば良いという論理か。転移前、世界史の授業では何度かクーデター事件が取り上げられたが、いざこうやって本物を目の当たりにするとその恐ろしさが実感出来た。暴力革命とは……酷いものだ。


 ふと気付くと、遠くに見える山脈の方向から複数の黒い点のようなものが見えた。城壁の上で見張っていた兵士の一人がそれに気付き、双眼鏡を目に当てる。途端に兵士は隣にいた仲間の肩を激しく叩き、双眼鏡で確認するよう促す。やがてその仲間も同じように慌てた様子で下にいる者たちに叫んだ。


 「おい!何かこっちに来てるぞ!」



******



 「見つかった?」

 「そりゃこんなのが飛んでたら大騒ぎでしょう」


 モニターには兵士たちが大急ぎで対空火器についたり、要人たちを建物の中に入れている様子が映っていた。


 「そもそも強行制圧するつもりだったし別に良いか。……対空砲を搭載火器で攻撃しろ!中庭に無理やり着陸して速やかに城を制圧せよ!」


 政臣の指示から数拍も経たずに四機の輸送機に付いている三連装の砲塔からビームが発射され、対空火器と中庭に集まっていた部隊を吹き飛ばす。対空火器の残骸と死体だらけの中庭に輸送機が着陸し、後部ハッチが開いて次々とルドラーたちが外に出ていく。ルドラーの色合いも相まって政臣は(スター・ウォーズみたいだな……)と心の中で呟いた。


 ルドラーたちはその数で城の守備部隊を圧倒した。兵士たちは玄関口や窓を素早くバリケードで固めるなど、襲撃者への対応は正解だったが、分が悪すぎた。ルドラーたちはあらかじめ持ってきていたバズーカを惜しげもなく使い、バリケードを粉砕して城内に侵入していった。命令に忠実なルドラーたちは、保護対象以外の人間には目もくれず、銃火器で抵抗する兵士たちだけでなく使用人たちにも容赦なく銃撃していく。その様子を見ながら政臣は今更ながら非武装の人間に対しては攻撃するなと指示を出せば良かったかと考えた。だが、もう遅いかと思い何も口に出さなかった。


 「使用人は殺さなくても良かったんじゃない?」


 姫愛奈がそう言ったので、政臣は驚いて聞き返す。


 「どうして?姫愛奈さんのことだし、障害物は全部叩き潰せって言うかと思ったんだけど」

 「悪人だったらね。でも使用人たちは悪人じゃないでしょ」

 「……素直に無駄な人殺しはしたくないって言えば良いのに。……でもそうだね。遅すぎる気がするけど、目標を確保した後に生き残っていた人間を見つけたら殺さず縛り上げるよう命令しておこう」


 ルドラーたちは城の最上階に到達した。バリケードで固められた扉を吹き飛ばし、兵士だけを確実に処理する。そこには目標としている傑やピシュカたちがいた。傑は利奈を庇うように前に出るが、ルドラーたちは攻撃することなく銃を下ろした。


 「目標ヲ確保」



******



 政臣と姫愛奈は重装備の灰色ルドラーを引き連れて現れた。傑たちの驚いた表情に姫愛奈は愉快そうにクスッと笑った。


 「久しぶり、利奈」

 「姫愛奈、どうして……」

 「あの列車以来だね。だがまた会うことになろうとは」

 「お久しぶりです、大臣。とある事情で助けに来ました。殺しに来たわけではないのでご安心を」

 「ふむ……」


 政臣の言葉を聞いたピシュカは警戒を解き近くにあったソファーに座った。ヴィオレッタはそれを見て呆れるような顔をしたが、何も言わなかった。


 「事情っていうのはどういうことだ?」

 「それはね──」

 『私の暇潰しに付き合わせる為だろ』


 知らない声が聞こえた傑たちは途端に警戒態勢に入る。政臣と姫愛奈は来る途中で考えていたそれっぽい『助ける理由』がすっ飛んでいくのを幻視した。


 「何!?」

 「誰だ!?」

 「おい政臣。不本意だが、私の姿を見せてやれ」


 しぶしぶ政臣はあの奇妙な木像を取り出し、傑たちにつき出す。


 「えっ、何これ?」

 「その、神様とのコミュニケーションツールというかその……え~と……」

 『あっ、この子たちが政臣と姫愛奈のお友達?』

 「別の声だ!」


 アマゼレブが自分たちに主導権を握らせる気がないということを改めて思い知らされた政臣と姫愛奈は、もうどうしたらいいか分からなくなってしまった。既にアマゼレブとピスラは傑たちに自分たちが神と呼ばれる存在であることをペラペラ喋り始めていた。アマゼレブの存在は伏せておこうと思っていたのに、これでは傑たちにほとんど全ての情報を開示しなければならなくなる。ふと、傑たちが自分たちを見ていることに二人は気が付いた。アマゼレブが傑たちの敵として立ち塞がった理由を喋ったようだ。何とも言えない視線に二人はこう言うしかなかった。


 「せ、説明させてください……」



 

 


 




 


 


 

 

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