1.空中要塞フィロン

 心地よく眠っていた政臣は自分の頬をつつく鬱陶しい感覚に目を覚ました。


 「おはようございます~」


 目の前に中空をふよふよ浮遊しているクラゲ状の生物がいた。大きさは大体二頭身くらい。アニメやゲームのキャラクターをデフォルメした時のサイズ感。アマゼレブの領域にいるクラゲ眷属だ。


 「……もう少し寝かせてくれないか」

 「駄目で~す。姫愛奈様が朝食の準備をしていますよ~?」


 口も無いくせによく喋る。政臣は心の中でそう毒づきながら起き上がった。服を着て寝室を出る。陽光の差し込む廊下をクラゲ眷属たちに囲まれながら歩く。


 「昨夜は凄かったですね~。いつもあんな感じ何ですか~?」

 「やめろ……他人から言われるのは恥ずかしい」

 「え~?跨がった姫愛奈様に格好つけてた癖に~。『気持ち良かったらイって良いよ……』って」

 

 政臣はすかさず新しく選んだ拳銃──見た目からモーゼル・フェイクと名付けた──を取り出す。クラゲ眷属たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ回る。


 「イヤ~、暴力反対~!」

 「うるさい!夜の話は禁止だ禁止!」


 中庭に出ると、メイド服姿の姫愛奈がルルクスたちと一緒にテーブルの上の食器に料理を盛っていた。政臣を見つけて満面の笑みを浮かべる。


 「おはよう」

 「おはよう政臣くん」


 朝食はパンとビスケット、飲み物はカフェオレである。ビスケットにジャムを付け、一口かじる。


 「うん、美味しい」

 「朝早く起きて焼いたの。そう言ってくれて嬉しいわ」


 カフェオレを啜り、クラゲ眷属たちにビスケットをあげながら政臣は雲の上に浮かぶ要塞から地上を眺める。この要塞に住み始めて三日、今まで体験したことのない高度には最初こそ怯えたが、魔法の作用で地上と同じ環境で過ごせるおかげですぐに慣れた。一口に要塞といっても居住区画にかなりの面積が割り当てられており、二人はゴシック様式を思わせる大きな屋敷で寝起きしていた。中心部には巨大な尖塔がそびえ立っていて、その内部に指令部や戦闘用の眷属が詰め込まれている。外周には迎撃用の砲塔が等間隔で設置されていて、それは死角になりそうな裏側の部分にもアマゼレブが念入りに配置していた。


 政臣はこの空中要塞を世界七不思議を選んだ古代ギリシャの数学者の名前をとり〈フィロン〉と名付けた。このフィロンは現在とある場所に向かっていた。その場所とは旧国家の指導者やその関係者を一時的に収容している旧パレサ王国リーエ地方にある〈ホルスレイン城〉であり、そこに傑たち連盟反対派の勇者たちが収容されていることをアマゼレブから借りた〈千里の鏡〉で確認した二人は、要塞をそこへ向かわせていた。


 「突然こんなのがやって来たらみんな腰抜かすだろうな。まんま天空の城だもん」


 いつの間にかテーブルの上にいるペットのスライムにもクッキーをやりながら政臣は呟く。


 「ねえ政臣くん……」

 「何?」

 「私の今の格好、どう?へ、変じゃない?」


 政臣は姫愛奈の着ているメイド服に注目する。ミニスカートで頭にはホワイトブリムの代わりに猫耳のティアラを被っている。政臣は思ったことを隠さず口にした。


 「とても可愛い」

 「ホント?」

 「本当に」


 姫愛奈は嬉しそうにモジモジし始めた。


 「じゃ、じゃあ今夜は、これで──」

 (お、中庭で朝食とは洒落たことをしてるな)

 「良いとこだったのに!邪魔しないでよ!」

 (えっ?)


 政臣は苦笑してパンをかじる。だが姫愛奈が何を言いたかったのかは理解出来たので今夜を楽しみにしつつ準備を始める為席を立った。



******



 要塞の中央部に位置する尖塔の下にはおよそ二百体のルドラーがアサルトライフル型の武器を携え整列していた。政臣の警護役も担うルドラーとは違う白色で、灰色のルドラーが親衛隊ならばこちらは兵士のようなものである。


 ルルクスの持つ鏡の向こうには、ホルスレイン城のバルコニーにいる傑たちがいた。見張りの兵士たちに囲まれながらチェスのようなボードゲームに興じている。プレイしているのは利奈と傑で、他のクラスメイトがそれを観戦している。


 「みんな暇をもて余してるね。いや、どうにも出来ないからグダグダしてるってのが正しいか」

 「自分の力で周りの兵士を倒して逃げれば良いのに」

 「みんなは俺たちと違って精神汚染されてないからそんな簡単に人は殺せないよ」

 (今精神汚染って言ったか?)

 「人を殺して何にも感じないように精神を調整するなんて、精神汚染以外の何物でもないよね」

 

 政臣はまた鏡に映る映像を確認する。


 「重要人物のはずなのに守備の兵士が少ないな……。門倉の温情かな?甘いんだなぁ……」


 城の外周、城を囲む城壁、そして傑たちを見張っている兵士たち全員を含めても数十人程度。政臣はいくらなんでも少なすぎるのではと疑問に思ったのだった。


 「……!政臣くん、見て」


 姫愛奈が映像の一部分を指差す。


 「なんだか見覚えのある人がいるわ」


 鏡には向かい合って紅茶を飲んでいる男女がクローズアップされて映る。


 「あれ、この人……確か列車で会った」

 「パレサ王国の軍需大臣さんよ!」

 「そうだ!──一緒に紅茶を飲んでるのは、俺たちの対策会議にいた秘密警察っぽい組織の長官さんかな?」

 「この人たちも捕まったのね」

 「……この人たちも助けるか」

 「えっ?」

 「なんだか面白いことになりそうだし、良いじゃない?それにこの要塞にはへんてこなクラゲくらいしか話し相手がいないしね。賑やかな方が良いな。──あっ、いや、今まで通り姫愛奈さん優先だから」


 顔を陰らせた姫愛奈を見て政臣は慌てて付け加える。


 「そう?じゃあ良いわ。とっととみんなを助けてあげましょう」


 明るさを取り戻し姫愛奈は言う。政臣はルドラーたちに向き直り指示を出した。


 「よーし、救出作戦を開始する!全部隊出撃!」


 指示を聞いたルドラーたちは整然と動き始める。攻撃機と輸送機を掛け合わせたような乗り物に次々と乗り込み、満杯になると後部のハッチが閉まってふわりと浮かぶ。まるで垂直離着陸機VTOLのような乗り物は要塞を離れ目的地に飛んでいく。


 「明らかにこの世界の文明レベルとかけ離れた代物だよなあ……」

 (動力源は魔力だぞ?)

 「それにしたってでしょ。見るからに侵略軍って感じ」

 「実質侵略してるようなものよね。悪役らしいといえばそうだけど」


 四機の輸送機は編隊を組み、何の妨害もなく目的地へ飛んでいく。政臣と姫愛奈も一回り小さい輸送機に乗って後からついていく。地上は麦畑が広がり、時折農作業に従事している農民が見えるだけである。政臣はそんな光景をモニターで見ながら思った。あそこにいる農民は、この世界の今の状況をどう思っているのだろうか。クソ真面目に全種族の統合を進めようとしている連中がいる中、目の前のことに手一杯の人々はそれについていくのだろうか。混乱は収まるどころかますます対処出来ないような状態になっていた。辺境では駐屯軍が地域を勝手に占領してしまったり、私兵を持つ貴族が独立を宣言したり、果てには過激な亜人排斥派が各地で武装して軍閥化するなど、大陸西部は帝政崩壊後のロシアのような状態だった。連盟は軍を派遣しその物量を以て各地の軍閥を着々と鎮圧していっているが、急速過ぎる変化はどこかで破綻をもたらすという基臣の言葉を信じるならば、連盟は長続きしないだろう……。


 政臣はスライムを愛でている姫愛奈を横目で見ながら呟いた。


 「まあ……『暇潰しに付き合う』という契約を履行するには、もっと長続きしてもらわないとね」



 

 


 


 


 




 


 

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