10.天空の……

 二人は夜中にデラルラニアから脱出することにした。自治都市ということもあってか、連盟も未だデラルラニアに何かしらのアプローチを行っていなかったが、既に街では連盟に賛成する者とそうでない者との対立が見え始めていた。都市を統治している評議会も連盟の動向を注視し、すぐ行動に移せるように準備を行っていた。デラルラニアがどっちにつくにせよ、二人は都市を出なければならない。この混乱状態を長引かせたいというアマゼレブのリクエストに応えるにはじっとしていてはいけない。二人は今後の行動方針を定めた。新聞には、勇者たち全員が連盟参加を決意したと書いていたが、写真にはリーダー役を務めていたと思われる傑の姿は一切無く、代わりに姫愛奈の大嫌いな翼が『リーダー』となっていた。クラスメイトたちの間で何かがあったのは確実だった。


 「……正義バカの門倉が全種族共存連盟に参加するのは何となく分かる気がする。共存とか平等って言葉は得てして『正義の味方』が使う言葉だからな」

 「不愉快ね。じゃ、どうして傑がいないのよ」

 「多分……連盟に参加しなかったんだろ。何か理由があって」

 「何かって?」

 「それは分かんない。まあでもマトモな思考してればあんなのが実現可能だって考えるわけないし……新聞の写真に写ってないのも、連盟の不興を買って表に出られないようにされている可能性があるしね。こういう場合反対派は捕らえておくものだしね」

 「傑は連盟に反対したって言うの?」

 「集団行動の時はいつも篠崎が先頭だったろ。だからリーダーは篠崎なのかなと思ったんだけど」

 「それは同意よ。でも傑もアイツと同じくらい正義バカだと思うのだけど」

 「この世界に来て目が覚めたとか?魔物って人も喰っちゃうんだろ?お食事の現場に居合わせて衝撃を受けたとか、着いたら既に手遅れでした、とか。取りあえず何か今までの価値観を変えざるをえないような経験をすれば、夢見る英雄様のままではいられないでしょ」


 どうだろうか。姫愛奈はソファーに座り、昨日と同じノンアルコールワインをグラスに注ぐ。そして一口飲んで考えてみる。傑は現実を見れるような奴か。思案を巡らせ、姫愛奈は見れるかもしれないという結論に行き着いた。根拠としては、傑は翼に比べて聞き分けがあったこと、そして傑のカルマは翼のそれよりも煌めきが無いことである。転移前の世界、つまり学生生活をしていた頃のことを考えたのである。傑は翼に比べれば、柔軟な思考をしていたと思う。それでもこうと決めると譲らなかったが。だが、全く違う環境に放り出されれば考え方や価値観が変わる人物ではあるだろう。そしてカルマについてだが、今冷静に考えてみればクラスメイトと対峙した時のあの煌めきは、ほとんど翼が発していたものではなかっただろうか。アマゼレブの〈祝福〉があるにも関わらず、自分たちがカルマの煌めきで苦しみだしたのは確か翼が突然立ち直った時ではなかったか?


 (ひょっとして、アイツのカルマが異常なんじゃ……。確かカルマって善か悪のどちらかに吹っ切れるとそのまま価値観ごと固定されるってあの暇神は言ってたわね)


 「……まあ確かに傑はアイツと比べるとまだ物分かりが良いかもね。だとしたら、利奈も一緒にどこかに捕まってるかもね。傑と利奈、付き合ってたから」

 「そうなの?」

 「まあ……利奈は傑の独善的な性格に若干辟易してたけど」

 「でも篠崎と同じく姿が見えない……結局篠崎と一緒にいることを選んだのか」

 「そこは認めてあげようかしら。好きな人の傍に居続けようって気概は」


 姫愛奈は政臣にすり寄り、政臣は察して姫愛奈を抱き寄せる。


 「急に甘えてくる……」

 「んん~。撫でて」


 政臣は優しく姫愛奈の頭を撫でる。改めて見るとやはりかなりの美人だ。こんな美少女と付き合える自分の幸福を自慢したい。気安く触れても許してもらえるどころか、むしろ喜んでくれるくらい好かれているということを言いふらしたいが、あいにくとその相手はクラスメイトくらいしかいない。──別にこれが理由ではないが、連盟に反対するクラスメイトを助けるのも良いかもしれない。無論姫愛奈が許せばの話だが。


 「今思ったんだけど、連盟に反対したクラスのみんなを陣営に引き入れるってのはどうかな?」

 「……私は政臣くんがいれば良い」

 (いや、結構面白いかもしれんな。かつての仲間と違えて戦う。う~ん、酒が進みそうだ)

 「暇神の意見は求めてないわ」

 (えっ)

 「神様がオッケーなら救出しに行こうよ。戦力だって欲しいし。ルドラーなんかは命令に忠実だけど、いざ門倉たちと事を構える時にどれだけ持つか分からないしね」

 「……みんなに戦わせて私たちは高みの見物をしようってこと?」


 政臣は軽く頷く。


 「……それ良いかも!じゃあその間ずっと政臣くんとイチャイチャ出来るってことね!」

 「グッ、まあ、そういうことだね……」


 姫愛奈の艶やかな瞳に見つめられ、政臣は顔をそらす。


 「なんで顔をそらすの!私を見て!」


 ぐいと政臣の顔を寄せ、姫愛奈は微笑む。


 「傑たちを助けに行く前に……」


 政臣をベッドに押し倒し、舌なめずりをする。


 「待って、今昼間──」

 「そろそろ我慢出来なくなってきたの」

 「いや、二日前にしたばっかで──」

 「私は毎日したいの!」

 「毎日……!。いや、嬉しいけど俺らにもちゃんと神様のリクエストに応えるという仕事が──」

 「仕事!?私より仕事を優先するの!?ヤダヤダ、何もかも私優先じゃないといーやーだー!」


 自分の上で駄々をこねる姫愛奈を見て政臣は思った。


 「……ちょっと重いな」

 (おい、声に出てるぞ)

 「……重い?」

 「ヤバッ」


 途端に姫愛奈の瞳から光が消える。ハイライトの無い目で姫愛奈は政臣を見つめた。


 「重いって、何?政臣くん、ねえ、政臣くん」

 「姫愛奈さん落ち着いて。こういうときは深呼きゅッ──!?」


 姫愛奈は政臣の首を軽く締め始める。


 「重いって体重の事!?私、食べ過ぎなの!?重い女は嫌い?ヤダヤダ!ダイエットするもん!」

 「良かった……バレてない……いやでもちょっと、首……」


 その時、外から凄まじい爆発音が轟いた。姫愛奈の瞳に光が戻り、政臣は解放される。二人は窓に駆け寄り、外の様子を伺った。爆発が起こったのは倉庫街の方向だった。巨大な噴煙が立ちのぼり、道行く人々も噴煙を指差し何事かと狼狽している。そのうちの一人が空を見て叫んだ。赤色、青色、黒色など様々な色の空飛ぶ生物が飛来していた。


 「飛竜ワイバーンだ!」


 飛竜──ワイバーンは次々と口から火球を放ち、街を破壊していく。突然の事態に人々はパニックになりあっちこっちに逃げていく。二人もしばしその光景に目を見張るが、すぐに我に帰る。


 「いや、この街を出るチャンスじゃん!」


 思い立ったが吉日、二人の行動は迅速を極めた。窓を政臣が破壊し、そこから外に飛び出ると二人は一番近い街の出入り口まで突っ走った。なぜワイバーンがこの街を襲ったかについては後で調べるとして、今はとにかく別の場所に身を寄せるのが第一目標である。一番近い西側出入り口は、兵士たちがワイバーンの対象をするために出払っており無人だった。


 「さらばだデラルラニア!気が向いたら助けに行ってやる!」

 「でも、どうするの?確かここから先は道路がずっと続いて街も建物も無いわよ」

 「う~ん、まあ結構行き当たりばったりでここまで来たんだし、なんとかなるっしょ!」

 「政臣くん!?」

 (安心しろ。実は前々から準備していたものがある。お前たちの新居だ)

 「新居!?どっかの城をパクったの?」

 (いや、私の領域からそちらに送り込む)

 「……ん?」


 二人が立ち止まると同時に空がメリメリと音を立てて割れ始める。


 「えっ、マジッ。ちょ、あの、あんまり注目を浴びるのは──」


 空の裂け目はどんどん広がり、そこから何かがゆっくりと出てきた。その影はデラルラニアをすっかり覆うほどに巨大であり、逃げ惑っていた人々も街を襲っていたワイバーンも、そして政臣と姫愛奈もその光景をあんぐりと口を開け見ていた。


 (ずっと前に壊された空中都市を要塞にしたものだ。あ、ちなみに名前は無いから好きに決めて良いぞ)

 「いや……ラ○ュタだよね?これ」


 数匹のワイバーンが吠えながら要塞に突貫していく。すると要塞下部に搭載されている迎撃用の砲塔が作動し、容赦なくワイバーンたちを蜂の巣にした。それを見た他のワイバーンたちが敵討ちの為に同じく要塞に向かうも、虫を叩き落とすかのように簡単に撃ち落とされていく。


 「……勝ったわ」

 「うん。勝った」


 二人はそれしか言えなかった。アマゼレブの『遊び』に対する変なベクトルの本気度に、二人はドン引くのだった。


 


 


 

 


 


 

 

 


 

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