9.全種族共存連盟

 人間国家の各首都が制圧されて四日、中央の統制を失ったことによる影響は早くも出始めていた。行政機関の機能停止に乗じ、叛乱の情報が伝わった辺境地域では武装した犯罪組織が街を襲撃・占拠し、略奪や乱暴狼藉を働く事態が発生した。更に国内で領地を保有する権利を持っていた貴族の荘園では、戦時体制を建前に重税を課していた領主に対する叛乱が次々と起こった。貴族たちは私兵を用い叛乱の鎮圧を試みるも、中央からやって来た軍によって逆に制圧され、民衆を虐げていた悪人としてそのことごとくが逮捕された。


 全人間国家同時の武装蜂起という前代未聞の出来事から一週間、クーデター軍は自らの組織を〈全種族共存連盟〉と名乗った。延々と続く種族間の戦争を終結させ、種族共存の道を歩むことが目的であると宣言したのである。連盟の指導部は各人間国家の反戦派、そして弾圧されていたという亜人国家の共存派も加わっていた。だが政臣と姫愛奈を最も驚かせたのは、指導部に自分たちのクラスメイトが所属していたことだった。


 「『魔物の脅威に対処すべく異世界から召喚された勇者たちは、この果てなき戦乱に心を痛め、全種族共存という道に賛同し、旗印となることを約束してくれた。なお、その際勇者たちの間に内部紛争があったというのは全くのデマであり』──」

 「音読しないで!蕁麻疹じんましんが出る!」

 

 未だデラルラニアに留まっていた二人は、新聞とラジオから情報を仕入れていた。テレビも存在していたが、まだブラウン管で映像を映している上に高価で、人々は街頭に設置された小さい画面を押し合いし合いしながら見ているレベルだった。


 「とんでもないことになったね。長い戦争に耐えかねた人々がクーデターを実行するとは。キール軍港の叛乱から大衆的蜂起に繋がったドイツ帝国とは規模からしてえらい違いだ」


 ベッドの上に新聞を広げ、寝転がって読んでいた政臣が言った。


 「規模とかどうとか言ってるレベルじゃないわ。こんなのが今まで隠し通せてたのがおかしいわよ。人間国家の上層部は案山子かかしだったのかしら」


 ソファーに座り、キャミソールワンピースに身を包んだ姫愛奈はそう言って手に持っていたワイングラスをあおる。中身はワインだが、アルコールを飛ばしたものだ。毒物を無害化する体になってはいるが、心のどこかに残骸のように残っている良心が未成年飲酒に対する抵抗感を生み出していた。


 「亜人たちとも水面下で連絡を取り合っていたというのも驚きだ。あながち案山子っていうのも間違ってないかもね。だって亜人国家でも同じことが起こってるんだろうから」

 「何で上手くいったのかとか、どうして今までバレなかったのかとか、そういうの考える気も失せるくらいにぶっ飛んでるわ」

 「よほどこの戦争が支持されていなかったってことだね。そりゃ六年やって死傷者一千万人も出して成果なしなんて笑えないしね」


 政臣は新聞を黙読し始めた。──『全種族共存連盟は、異種族殲滅という狂気の目標を掲げ戦争を指導した旧国家から脱却するべく、国家の統一を目標に掲げている。これは人間国家だけではなく、亜人国家も含めた大陸全ての国家を統合するという達成すれば歴史上誰もなし得なかった偉業を達成することになり……』


 馬鹿らしくなった政臣はその記事を読むのを止めた。異種族殲滅は確かにイカれているが、異種族同士の国家統合も大概だ。自分たちのいた世界は既に亜人がいない世界だったが、それでも民族・宗教・イデオロギーで対立し紛争を起こして延々と争っていた。伯父の基臣も、「地球規模の国家統一なんて、それこそ人間レベルでは推し量れないくらいの時間が必要だ。なぜって、どうすれば統一出来るかを考える前にどうやって今の民族的・宗教的・イデオロギー的対立を解消すればいいかを考えなければならないんだからな」と雑談の中で話していた。人間だけでも大変なのに、人間以外の種族がいる世界でそんなこと出来るのか。調べてみたところ、この世界の亜人たちも自分たちがいた世界の創作作品に出てきたそれと同様、一つの種族にも人種のような違いがある。例えばエルフにしても三つの『人種』がいるし、獣人やドワーフたちにも同じ人種間の違いがあり微妙ながら確執もあるという。更にそこに宗教とイデオロギーを追加すれば、国家の統一、種族の統一というのがどれだけ理想主義的なものなのかが分かるというものだ。


 「何で『統一』だなんて目標を掲げるんだろ。それぞれの国に分かれて緩やかに繋がっていれば良いじゃないか」

 「……記事には『国家は我々を隔てる壁だ』って書いてあるわよ。一個の国になれば争いが無くなるって考えなのかしら」

 「国境紛争は無くなるよ。だって国境が消えるんだもの。でもそれ以外の要素で争いの火種は残っているだろ?夢見すぎだよ」

 「随分と批判的なのね」

 「批判的にもなるよ。まあ、伯父さんの薫陶くんとうが影響しているからかもだけど……」

 「政治家が親族にいると大変ね。で、これからどうするの?」

 「さあね。神様はどう思ってるのかな」

 (ここまで混沌とするとは私も予想していなかった。やはり定命の者は程度の差こそあれ愚かか。だからこそ見ていて面白いのだが)

 「そうでしょうね。〈混沌〉を司っている以上、こんなに愉快なことはないでしょ」

 (酒が進む進む。きっとこれからもっと混乱が広がっていくぞ)

 「世界の混乱をさかなにするとは……この叛乱も神様の仕込みじゃないの?」

 (いやいや。この世界の連中が勝手に始めたことだ。まあでも、お前たちがこの世界に来たことがこの動乱の遠因かもしれんな)

 「はあ?」

 「正確にはお前たちのクラスメイトだな。魔物の存在は日常と隣り合わせであるにも関わらず対抗出来る手段は少ない。まあこの世界は技術を発展させているお陰で頑張れている方だろうが、それでも人々にとっての脅威であることに変わりはない。だがそんなところに圧倒的な力で魔物を倒してしまう存在が現れたらどうなる?支持者が現れるのは必然だし、人々は彼らを救世主と思うだろう。特に親しい者を殺された者にとって、力の無い自分に変わって復讐してくれる存在だしな。確か勇者を信奉する『信者』なる者がいるのだろ?そんな連中が湧く程度には影響力があるのだ。御輿にするにはちょうどよい。この動乱を起こした連中は、どの道決行するつもりだったんだろうが、人々の支持を集め繋ぎ止めておく『御輿』が必要だったのだ。後は言わなくとも分かるだろう」


 確かに、この世界に来てからクラスメイトたちの話は様々な場所で耳にしていた。新聞でもクラスメイトたちがどこかで魔物を倒したという記事が載っていたし、魔物の脅威からは離れている都市部の人々もクラスメイトたちの話を雑談の話題の一つとしてしていた。二人は話の全てが真実だとは露ほども思っていなかったが、それなりの影響力はあるのだろうな、という認識でいた。


 「ひょっとして俺らが魔物らしい魔物に出会ってないのって……」

 (クラスメイトたちの努力の成果だな。まあお前はそんなクラスメイトたちが倒している魔物にコテンパンにされたが)

 「結果として倒したろ!それに俺らはアンタの制約がかかってるからね。要所要所で上手くいかないのは神様のせいだから」

 (いや、もはや無いに等しいだろ。クラスメイトとその仲間たち以外の者の攻撃無効は制約無しと呼んで良いレベルだろうが。それとも何か?今この場で生意気なお前を元の体に戻してやろうか?)

 「えっ」

 (詰めの甘いお前だ、調子に乗ってすぐに死ぬだろう。それに姫愛奈はお前と違って接近戦が主体だが、ダメージを受けたことはないぞ)

 「……政臣くん」

 「すいませんでした!」

 (素直でよろしい)

 (いや何なのよこの茶番劇。アマゼレブも楽しんでるじゃない。やっぱり寂しがりやなのね。私が相手してあげるから──)

 (うわっ!来てるなら来ていると言え!それに私は寂しがりやなんかじゃ──) 


 二人は脳内の会話をシャットアウトする。


 「どうする?」

 「……取りあえず、街に出る方法探すか」

 

 二人は街の出入り口の確認と脱出方法を話し合い始めた。しかし二人が時間を潰している間、混乱の兆しの見えなかったデラルラニアにも脅威が迫っているのだった。

 

 


 


 

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