6.狂い始める世界
準備を整え、異世界に戻った姫愛奈は、政臣に『死んでしまった』後の出来事を説明した。
「あの司祭を捕まえて、知っていることを聞いたわ。拷問して」
「えっ、〈魅了〉で全部聞き出せるよね?」
「だって政臣くんを酷い目に合わせたやつらだし……」
艶やかなか瞳で恐ろしい事を口走る恋人に政臣は背筋に冷たいものを感じた。だが、ただ拷問しただけではないようで、しっかりと情報は入手したようだった。姫愛奈の話によると、司祭も手足に過ぎず、十歳以下の少年少女を集め続けるよう指示を受けていたらしい。レザエルの〈祝福〉を受ける資格を持つ子供を見つける為に。だがその方法はおおよそ非人道に近く、浮浪児や孤児、果ては家族のいる子供の誘拐は勿論のこと、人身売買組織からも手当たり次第に子供を集めているということだ。
「見境なしか……」
「時期から考えるに、私たちがこの世界に来てから子供たちを集め始めたようね」
「それだけ俺たちが脅威ってことか?」
「いや、これはおそらく私たちの上にいるやつを警戒してるのよ」
(ん?私のことか?)
とぼけるようにアマゼレブが言う。
「明らかにそうでしょ。向こうもあんたが好き勝手やっているのを分かってるはずだわ」
(何かしたか?)
「いや、火山噴火させてたよね」
(え?まあ、あれは相手がどんな者か確かめる為のものだったからな)
「だからって三百人も死なせるか?」
(たったの三百人だ。それに、戦争で同じ定命の存在である亜人を数えきれないくらい殺しているこの世界の人間共に文句を言われる筋合いは無いな)
「なんて暴力的な神様なんだ……」
「司祭によると、〈祝福〉を受けた少年少女は人間でありながら人外を越えた存在になるらしいわ。レザエルの意思を直接反映する尖兵として、神に背く者を抹殺するそうよ」
「神に背く者って、俺たちのこと?」
「でしょうね」
政臣は思わず鼻で笑ってしまう。
「う~ん、本物の神の下にいる者としては、滑稽でしかないというか……」
「滑稽に見えても向こうは本気でしょ。私たちを抹殺しようとやって来るわよ?」
「死なないけどね。まあ、死なないせいで苦しい思いをするんですけど」
(すぐ調子に乗って油断するのが悪い)
「うっせ!」
「……おそらく、ヨエルは私たちの実力を測る為の駒だったってことね。これからはもっと強いのが相手になりそう……」
姫愛奈は自分でそう言いつつうんざりしたような顔をしてため息をつく。
「ところで、助けた子供たちはどうしたの?」
「全員逃がしたわ。悪い夢でも見たと思えば、すぐに忘れるでしょ」
「じゃあ司祭は?」
「もう人間だとは分からないでしょうね」
「あっ……」
******
それから半月、二人は自治都市デラルラニアに留まり、レザエル教団の動きを見ることにした。教会襲撃の情報はすぐに市民の間に広まったが、子供たちの誘拐についてはあの司祭一人の犯罪として処理された。新聞には教団幹部の謝罪文が掲載され、この『不祥事』に際し、司祭の関係者に厳重な処罰を下すことを約束するというような内容であった。教会の襲撃も人身売買組織の暴走ということにされ、連日掲載されていた教会襲撃事件は、教会再建が始まったという小さな記事が新聞の片隅に載る頃には市民のほとんどが忘れ去ってしまっていた。
「情報操作か。思ったより行政組織に入り込んでるんだね」
「規模の大きさは予想してたけど、実際の手際を見ると侮れないわね。人間国家の上層部にどれだけシンパがいるのかしら」
二人は都市を発つ準備を始めていた。アマゼレブとの方針会議の結果、各地を転々とし続けるよりどこかに拠点を構えるのが適切だと結論づけられた。アマゼレブは候補地として大陸各地に点在する古城を選んでおり、二人が実際に赴き気に入った所を拠点とすることにした。
「古城を勝手に拠点とするなんて、盗賊と変わらない気がする……」
(世界に混乱をもたらすのに放浪していては駄目だろう。どこかに本拠地を構え、そこから眷属の軍団を進撃させるのだ)
「ごっこ遊びにしては物騒過ぎるぞ」
「遊びは派手でないとな。そうでなければ面白くない」
「暇をもて余した神々の遊びって……」
街の出入り口に到着した二人は、そこに沢山の人が集まっているのを発見した。道を埋め尽くさんばかりの人の量であり、大混乱の状態と言ってよかった。
「え……どういうこと?」
「すいません、この騒ぎって……」
姫愛奈は出入り口近くのカフェのベンチに座ってタバコをふかしている老人に尋ねた。
「ん?あー、何でも評議会のお偉いさんが街を封鎖するって決めてね。外からも内からも一切人の出入りを禁ずるってことで兵士さんたちが通せんぼしてんのさ」
「どうして?」
「さあねえ、午後に議長が直々に詳細を伝えるって──おお。ほら、噂をすれば」
老人がタバコで差した方向に、デラルラニアの役場職員が周囲の人々に街の中心部にある広場までついてくるよう促していた。街のあちこちに設置されているスピーカーからも中央広場に集まってほしいとの放送が流れている。人々はぞろぞろと広場に向かい始め、政臣と姫愛奈も人々に混じっていった。
******
広場には先ほどの出入り口付近での人混みよりも多くの人が押し寄せていた。広場の中心にある巨大な噴水の前に設置されているステージの中央にある演説台の前には、いかにも裕福そうな服を着た男が立っていた。
「皆さん、皆さん!お静かに!」
男はデラルラニアの行政を担う評議会の議長だった。人々のざわめきが次第に止み、間もなく広場には静寂が訪れた。
「まずは、皆さまに何の断りもなく街の出入り口を封鎖したことを謝罪させてもらいます。しかし、これにはやむを得ない事情があり──」
「うるせえ!こっちはただの観光客なんだ。家に返せよ!」
「そうだそうだ!俺たちに知らせる時間はあったはずだぞ!」
「議長が話してるだろ!お前が黙れよ!」
「皆さん静粛に!」
議長の怒気を孕んだ声で辺りに再び静粛が訪れる。議長の様子に人々はえもいわれぬ不安を覚え始めた。
「本当に申し訳ない。ですが、オセアディア王国にあって高度な自治を認められたこの自由都市を守るためには必要な措置だったのです。皆さんにはどうか理性的になって行動していただきたい。そして、これから私が言うことも落ち着いて受け止めていただきたいのです」
議長の不穏な言葉に人々はざわめく。議長は深呼吸して心を緊張をほぐした後、右手に持っていた紙を見ながら言った。
「今から四時間ほど前、オセアディア王国政府よりの報せです。──『前線にて、大規模な叛乱が発生。それに呼応する形で対亜人連合加盟国でも武装蜂起が勃発。自由都市デラルラニアは、王国政府の更なる指示があるまで街を封鎖し人の出入を断て』です。……皆さん、叛乱です。かつてない規模の動乱が勃発したのです」
広場に集まった人々は、議長の言葉に絶句した。叛乱勃発、しかも人間国家全てで同時に。思考が追い付かない。
「そしてこれは、王国政府もあくまで非公式な情報としていることですが……」
議長がまた口を開き、人々は次なる情報に聞き入った。
「どうやら、亜人側でも同様の事が起こっているようです。つまり、亜人側の国家でも同時多発的に叛乱が起こったとのことです。これもまた非公式な情報とされていますが、──叛乱には、〈勇者〉が関わっているとのことです」
「ええっ!?」
「勇者が!?」
「勇者って?」
「オセアディアのお偉いさん方が魔物退治の為に召喚したっていう異世界人だよ!」
「パレードで見たあの子らか!?」
「どうして亜人の味方なんか……」
「いや、こっちとあっちの叛乱は同時に起きてるんだろ?まさか協力しあってるんじゃ……」
「皆さん静かに!新しい情報が入り次第、可及的速やかに皆さんのもとへ届けますので、どうか皆さんは落ち着いて、理性ある行動に努めて頂きたい!」
人々の声という騒音の中、議長は無理矢理に締めくくってステージから降りていった。政臣と姫愛奈はお互いの顔を見合せる。
「……ヤバくね?」
「ヤバいどころじゃないわ!どうなってるの!?」
(ふうむ、面白くなってきた……)
「言ってる場合か!戦争状態に重なって叛乱!?しかも世界規模!狂い始めたぞ、この世界……」
喧騒の止まない広場の上を、鳥たちが飛んでいる。それに気づいた姫愛奈は、どういうわけか鳥たちが無性に羨ましい存在に見えた。鳥たちには憎しみの心があるのだろうか。怒りや悲しみの感情はあるのか。しかし鳥たちは姫愛奈のそんな心の中での問いに答えるはずもなく、悠々と青空を飛んでいく。だが、空の世界が穏やかであるのに反して、地上は政臣の言う通り、かつてないほどの混沌に陥り始めていた。
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