4.夢
次に目が覚めた時、政臣は草原で寝そべっていた。暖かな日差しが心地よい。驚いて起き上がり、周囲を見回すも誰もいない。着ている服はいつもの戦闘服だ。
「ここ、どこ……?」
「政臣」
深みのあるバリトンボイスが政臣を呼ぶ。政臣はその声に聞き覚えがあった。いや、覚えているどころではない。異世界に来てからずっと心のどこかで会いたいと思っていた人物の声。後ろを振り向くと、少し離れた所に長身痩躯の男性がいた。黒い高級スーツ、若干の皺があるものの老いを全く感じさせないキリッとした顔、髪は白髪が交じり灰色にも見えるがまだまだ豊かで、才気を感じさせる。そして何より、その身分を示す右胸の辺りに付けた議員バッジ。敬愛する政臣の伯父、
「伯父さん!」
政臣は何も考えず駆け出し、基臣の胸に飛び込む。基臣は微かに微笑んで政臣を抱き締めた。
「伯父さん……会いたかった……」
政権与党、〈国進党〉最大派閥の有力議員でもある基臣は、ポップカルチャーやサブカルチャーに理解があり、他国にアニメやゲーム文化を積極的に輸出していた。政臣がオタクになるきっかけとなった人物でもある。『つまらない』父親より優しくしてくれる基臣を政臣は本当の『父親』だと思っており、いろいろと黒い噂も多い基臣も可愛い甥には甘く、政臣が望む物は何でも買い与えたのだった。
「これって夢?俺が伯父さんに会いたいってずっと思ってたから?」
涙声になりながら政臣は言葉を溢れさせる。『死』の概念が無い以上、アマゼレブや姫愛奈が自分を再起させるため何かしているに違いないのだが、そうだとしたらこれは夢なのだろうか。幻とは、こんなにも温かみを感じられるのだろうか。自分の頭を優しく撫でる基臣の手が心地よく、政臣はしばらく泣きながら基臣にすり寄っていた。
「……やっぱり夢なのかな?」
「……」
基臣はどう説明しようか迷っている様子だった。顎に手を当て、しばらく思案していた。
「そうだな……政臣は今、自分がどんな状態なのか分かるか?」
「どんな状態……?」
「分からないか。今、お前は眠っているんだ。だから夢を見ているという表現はある意味正しい。だがこれはただの白昼夢ではないぞ」
政臣は目をぱちくりさせる。基臣は政臣から離れて歩き始め、政臣もその横に並ぶ。
「お前は自分の再生能力を越えたダメージを受けて動けなくなってしまった。そこであの神は、自分の領域にお前を連れていって回復させているんだ」
「アマゼレブが?」
「そうだ。そしてこの世界はお前が『見たい』と思っている世界。私と一緒にいたいという思いが表象化したものだ」
「……つまり、伯父さんは幻ってこと?」
「厳密にはそうではない。この私は元の世界にいる私とは違う。お前が元の世界から転移した直後辺りまでの情報を持った……『思念体』と言うべきものだ」
「思念体?」
「そうだな……お前の思い出や記憶を頼りに作り上げた自律する偶像、としか説明出来ないな」
頭の中がこんがらがってきた。だが、基臣だと認識出来るなら幻だろうが思念体だろうが関係無い。政臣は細かいことを考えるのをやめた。
「まあ『紛い物』であっても『偽物』というわけではないから安心しろ。何か別のモノが
「うん……よく分からないけど、伯父さんだってことは確かだ」
基臣は優しい笑みを浮かべる。政敵を幾人も失脚させてきた者とは思えない笑顔だ。政臣は基臣から党での活動をいろいろと聞かされた。中には政界の闇が垣間見える話もあった。だが政臣は全ての話を尊敬の眼差しで基臣を見つめながら聞いていた。何をかもを一人でこなせる基臣は憧れの対象でしかなかった。
しばらく歩くと川が見えてきた。傾斜になっている地面に腰を下ろし、川の流れを眺める。
「……お前が死んだと聞いて、私はショックだったよ」
「……」
「修学旅行の帰りでの飛行機事故とは。酷い話だ。よりによってお前が乗った飛行機が墜ちるなど……」
「でも、俺は生きてるよ。それに人間じゃなくてって、不老不死になった」
「そうだな。……どんな気分だ?」
「どんな気分?」
政臣は視線を地面に落とす。
「どんなって……どうもこうもないよ!!」
思い詰めていた気持ちが破裂する。ずっと隠していた気持ちが。
「死んだと思ったら何も知らない異世界にクラスメイトごと転移して、しかもみんなは『勇者』だとか宣って戦ってて、そこに『敵役』として立ち塞がれってなんだよ!?異世界転移なんてラノベの中だけで良いよ!伯父さんとずっと一緒にいたい!」
また涙が溢れてくる。基臣は何とも言えない顔で政臣の話を聞いている。
「永遠の命なんて、本当はどうでも良いよ……伯父さんにずっと会えなくなるのはイヤだよ……。ずっとずっと心のどこかに隙間が空いたまま過ごすなんて──」
基臣が政臣の頭に手を置く。途端に政臣は泣き止み、ぐんと安心感が押し寄せる。
「現実は直視しなければならない。いつも言ってるだろう。どんなに不都合でも残酷でも認められなくても、目の前に起きている事はありのまま受け止めて受け入れて、それでも自分を維持出来るようになりなさいと。お前はそれが出来る子のはずだぞ?」
「でも……」
「今までは出来ただろう。環境が変わったというのは理由にならないぞ。それに──彼女のことはどうするんだ?」
「……」
「お前の彼女──白神姫愛奈は、お前がいてやらないと駄目だぞ。可哀想に、自分でどうにか出来るような年齢になる前からどうしようもない人間しか周囲にいなかったせいであんな風になったのだ。彼女はお前に光を見ている。自分の持つ理想像に近いお前にな」
理想像。政臣は自分を自賛する趣味は無いし、他人をイラつかせるくらい謙虚な性格という訳でもないが、少なくとも姫愛奈に対してはいわゆる『世間一般的』な振る舞いをしていたはずだった(独占欲が芽生えていることについては気づかないふりをしている)。
「彼女は一人の人間が味わうには多すぎる悪意にさらされ続けてああなったんだ。自分を理解してくれる人物が彼女の中でどれだけ大きい存在なのかよく分かるだろう。お前には彼女を支える責任がある」
「どうすれば?」
「今まで通りにすれば良い。彼女の言うことを聞いて守ってやれ。彼女はそれだけで幸福感を感じるくらいには打ちのめされている。彼女の支えになるよう努力しろ」
「俺に出来るかな……」
「『こうしたい、こうできるようになりたい』というのは願望に過ぎん。行動に移さねば何も始まらん。幸いお前は今のところ良い具合に彼女の支えになりつつある。この調子で彼女と一緒にいろ」
「うん……」
政臣は姫愛奈の彼氏でいることに不安を感じていたが、基臣のアドバイスで俄然自信が出てきた。伯父さんがそう言うなら、と。基臣の言う通り姫愛奈の心の支えになれるよう頑張ろう。邪魔なやつらは排除すれば良いのだ。
「……心が折れそうになってたけど、伯父さんに会えて自信が湧いてきたよ
「そうか」
基臣は心底嬉しそうな顔をする。
「それは良かった」
突然、二人から少し離れた所に異世界に転移する際に入った裂け目のようなものが現れた。
「……時間だな」
おもむろに基臣が立ち上がる。
「時間?」
「もう起きる時間だ。そろそろ目を覚まして彼女のもとに行け」
回復が終わったということか。政臣はそう理解する。
「うん、そうだね。行かなきゃ。でも、その前に──」
政臣の言わんとしていることを理解し、基臣は政臣を抱き寄せる。
「私はいつもお前を見ている。お前は孤独じゃない。だから安心しなさい」
「うん……」
また泣きそうになるのを堪える。基臣から離れ、涙を堪えながら笑顔を作る。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
裂け目の向こうに自分が石造りのベッドのようなものの上に寝ているのが見えた。姫愛奈が祈るように自分の手を握っている。行かなければ。
裂け目に入る瞬間、政臣は背後を一瞥した。基臣が優しい笑顔で見送ってくれている。
「……ありがとう、伯父さん」
******
目を覚ました場所は、鳥のさえずりが聞こえる庭園のような場所だった。大理石の円柱に囲まれたドームの下で、石造りのベッドの上に仰向けに寝転がっていた。
「……夢?」
「政臣くん!」
姫愛奈に思い切り抱きつかれ、思わずベッドから落ちそうになる。
「政臣くん、良かった……ずっと寝てるんだもん……」
政臣は寝ている間に見ていた夢が何だったか思い出そうとした。だが肝心な部分がぼやけ、詳細に思い出せない。しかし自分にとって嬉しい、励みになる夢だった気がする。
「伯父さん……」
自分の胸元で泣きじゃくる姫愛奈を、政臣は知らずに涙を流しながら抱き締めた。
「ごめんね、心配かけて」
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