1.調査ついでにデート

 政臣と姫愛奈はオセアディア第二の都市〈デラルラニア〉に向かうバスの中にいた。神格存在〈レザエル〉を信奉する教団はこの世界では新興宗教の立ち位置だったが、信者は多く、世界中の人間国家に支部が存在していた。向かっているデラルラニアにはオセアディア最大の規模を誇る支部があり、二人はそこへ潜入しようとしていた。


 バスが街の入り口にある検問で止まった。王国のものとは違う白い軍服を着た兵士がバスの運転手となにやら話し込んでいる。運転手は兵士に二枚の書類を渡し、その兵士が検問所の中に座っている別の兵士に書類を渡す。ペンで文章をなぞって何か確認した後、兵士は緑色のハンコを押した。外にいた兵士が運転手にうなずき、運転手はアクセルを踏み街に入っていく。


 「ねえ、今まで行った街であんな手続きしてたっけ?」


 姫愛奈の疑問の答えは停留所に停まったバスの窓から見える看板に記されてあった。


 「『自治都市デラルラニアにようこそ』……自治都市?」

 「元の世界のと同じだと仮定すれば、市民階級が都市法に基づく自治権を掌握した都市のことだね。……街に入る前のアレは入国審査みたいなものか。ここはさながら王国内に存在する都市国家ってことだ」

 「じゃああの兵士たちはこの都市の兵士ってこと?」

 「多分ね。技術レベルは近現代で、文化レベルは中世ってなんだかグロテスクだな」


 街を歩いていると、オセアディア人以外にも多種多様な人種の人々が歩いているのが目についた。元の世界でいうところの中東に相当する〈ペトゥトピア地方〉一帯を支配する〈サスーンス諸侯連合〉に住むリロク人、この世界のアジア人と思われる東捷とうしょう人、そして魔法の才能に秀で、赤い瞳が特徴的なナスタ人が道を行き交っている。民族比率がほぼ『日本人』だった日本に住んでいた二人にとって、様々な人種の人々が練り歩く光景はある種珍しいものだった。宿に腰を落ち着けた二人は、窓から人々の往来を眺めていた。


 「オセアディア人よりも外国の人の方が多いね。ダイバーシティってやつ?」

 「なんだか新鮮ね。それにここからの眺めも良いわね。夕日が落ちていくのがちょうど見えて」


 姫愛奈の言う通り、デラルラニアを囲むアレウ山脈へと沈んでいく夕日が、街の人々を家路に急がせている。家族連れや露店商の店員たちも、街の南側にある居住区へとぞろぞろと歩いていく。夕日が落ちると歓楽街に明かりがつき、若者や仕事を終えた労働者たちが酒場や賭場や風俗店に意気揚々とした足取りで向かっていく。二人はそんな光景をしばし見つめていた。


 「……戦争が起きているとは思えないな」


 二人の乗っていたバスは街に来る途中、列をなした兵士たちの集団に出くわした。兵士たちは負傷していて、顔に湿布を貼り腕に包帯を巻き暗い面持ちでいた。その後には重傷者を満載したトラックが列の歩行速度に合わせノロノロとついていっていた。二人は見慣れぬ光景に死者の行列を想起させた。トラックに載っている何人かはもう死んでるんじゃないか。そんなことを考えながら二人はバスに揺られていた。姫愛奈は重傷者たちのうめき声を忘れたいがためにずっと政臣の腕に組み付いていた。途中で通過した小さな街では広場に広げられた白い布の上に兵士たちが横たわっていた。死体の置場所が無いのだ。そんな所を何も考えていないような顔で横切る老人を見て、二人はこの世界が極まっていることを痛感させられたのだった。


 「みんな楽しそう。王都でも空気はかなりピリピリしてたのに」


 陽がすっかり落ち、宿泊出来る場所を見つけ、腰を落ち着けた所で姫愛奈が言った。


 「『自分たちは関係ない』ってスタンスなんだろうな。今の情勢でそんな主張をまかり通せるのはある意味すごいよ。いつまで続くかは分かんないけど」


 姫愛奈は政臣の顔を見て、肩にもたれ掛かる。


 「正直、そんなのどうでも良いわ。関心があるのは政臣くんだけ」


 上目遣いの姫愛奈に政臣は胸を高鳴らせる。表情は崩さず、優しく頭を撫でる。姫愛奈は心地よさに頬を赤らめる。


 「この二、三日ずっと移動だったからね」

 「うん」

 「……」

 「……」


 二人は見つめあい、ほとんど同時に目を閉じて唇を重ねる。二つの奇妙な月が二人に神秘的な光を投じ、まるで映画のワンシーンのようだ。唇を離すと、二人はぎゅっと抱き締めあった。


 「……したい」

 「したいの?」

 「前は上手く出来なかったし……」

 「可愛い」

 「ん、知ってる」


 ベッドに向かい、しばらくキスを繰り返す。その間お互いに服を脱がせ合っていく。


 「今度はなるべく上手にするから」

 「別に、政臣くんになら痛くされても良いけど……」

 「嫌だ。大事にしたいから」

 「そうやってはっきり言うところ、すごく好き」


 お互い下着だけになったところで二人はまた見つめ合う。


 「……可愛い?」

 「うん。すごく綺麗だよ」

 「そういうセリフ、昔からずっと聞いてきたわ……。でも、政臣くんになら何回でも言ってほしいかも」

 「そう?」

 「そう」

 「……じゃあ、──可愛い」


 姫愛奈はクスッと笑った。そして切なそうな笑みを浮かべ、両手で政臣の頬に触れる。下腹部の熱い感覚を早く政臣と共感したかった。


 「……来て」



******



 翌日、二人は早速レザエル教団が拠点として構えている場所に向かった。箴言書の教えを朗読する教会と、聖歌を歌う礼拝堂が隣り合って建っていて、特に二人は礼拝堂のステンドグラスに目を引かれた。白い翼を生やした女性の周りを鎧を着た四人の騎士が守っている。 


 「真ん中にいる女神っぽいのが『レザエル』か」


 礼拝堂では信者たちが藍色のカバーの本を持って聖歌を歌っていた。パイプオルガンの音色に合わせ、レザエルの栄光やらなにやらを厳かに歌っている。二人は観光客用に用意されたバルコニーから信者たちを見下ろしていた。街のガイドブックには礼拝堂のステンドグラスが観光名所として記されていたが、二人の他に家族連れがいるのみで人気がある名所とは言えないようだ。父親と手を繋いでいる女の子に至っては今にも眠ってしまいそうな顔をしている。聖歌隊の礼拝堂に不思議と響く低い歌声が睡眠の必要がないはずの二人にもどうしようもない退屈感を思い起こさせ、異世界に来て初めての眠気を催させた。


 「観光の方ですか?」


 二人はハッと顔を上げた。司祭の服を着た初老の男が優しげな微笑を浮かべている。


 「ええっと……はい。このパンフレットを見て」

 「そうですか。ここは観光客の方もあまり来ないので、こうしてわざわざ来ていただけるのはわたくしどもとしても嬉しい限りです」

 「はあ……」

 「あのステンドグラスの中央に位置するのが、唯一神にして慈愛の女神であるレザエル様であらせられます。我々はレザエル様の威光を世界にあまねく広げるべく活動しています」

 

 司祭はレザエル教の戒律ともいえる『五つの戒め』を二人に教えた。


・女神レザエルの子であることを自覚すること。

・レザエルの威光とそれによる幸福を広げる努力をすること

・教えを広める務めを持つ者に敬意をはらうこと。

・暴飲暴食・過度な贅沢・姦淫を避けること

・レザエルの宣託に忠実であること


 二人にはどこから見ても普通の宗教に見えた。もしかすると狂信的なカルト宗教というわけではないのかもしれない。武力を持っているのはどう考えても不穏だが、戦争が日常的なこの世界ではそれが普通なのかもしれない。


 「ここのは本当にただの支部で、ヨエルみたいなやつは特別な存在なのかもね。姫愛奈さんはどう思った?」


 二人は教会を後にし、商店街にいた。


 「あんまり好きじゃないわ。四つ目にあった『姦淫を避ける』って、要は婚前交渉をするなってことでしょ。私としては認められないわ」

 「……普通にしてるしね」

 「そうよ!性行為は二人の愛を深く繋ぎ止める一番の方法でしょ?それを縛るなんてどうかしてるわ」

 「ちょ、人がいっぱいいるような所でそういうことを言うのは──」

 (なあんだ、よく分かってるじゃないの)


 突然ピスラが脳内に語りかけてきた。


 「そうやって姫愛奈さんをたぶらかすから──」

 (何よ。昨晩はノリノリで姫愛奈を抱いてたクセに)

 「見てたのか!?」

 (見てたわ。アマゼレブとベッドの上で鏡を使って──)

 (おいっ!余計なことを言うな!)


 脳内でアマゼレブとピスラが騒ぎ始めた。二人はあまりのうるささにたまらず会話をシャットアウトする。


 「……疲れる」

 「もう、政臣くんったら。少しは素直になりなさいよ。いつも私の腰に手を回して離れないようにするくせに」

 「いやっ、それは……姫愛奈さんが迷子にならないように……」

 「嘘つかないの。正直に私を独り占めしたいって言いなさいよ」

 「……」


 顔をそらす政臣を見て姫愛奈は可笑しそうに笑った。

 

 「政臣くんといるの、すごく楽しい。ねえ、新しい服を買いに行きましょ!」


 姫愛奈は政臣の手を引き服屋に向かう。嘘偽り無い純粋な笑顔を爛漫に輝かせながら。




 

 


 


 


 


 

 

 

 


 

 


 

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