8.政臣と姫愛奈に関する考察

 政臣と姫愛奈の存在はオセアディア上層部に衝撃を与えた。転移魔法が不完全であった為に全員の転移が出来なかったと結論づけられたにも関わらず、二人が現れた。しかも人間・亜人に関係なく攻撃を加える旨を告げ、現にゴーレムとおぼしき謎のモンスターを空中から投下して勇者たちを襲撃した。この情報は人間国家の間に瞬く間に広がった。市民レベルではまだ情報は漏洩していないが、各国は水面下での対応を模索し始めていた。


 「本日は勇者一行の元同期生であった青天目政臣、白神姫愛奈への対策を検討するため集まっていただいた」


 そう口火を切ったのはオセアディア王国宰相スタドル・ワイツ公爵だ。齢七十八で、政治に興味を持たない国王に代わっておよそ三十年の間オセアディアの国政を担ってきた。増大する魔物への対策として勇者の召喚を決めたのも彼である。白髪で細身の老人だが、思慮深さを感じさせる面持ちをしている。会議にはオセアディアの魔法研究を担う機関である〈魔法研究省〉の長官マルツェル・アルーン卿、王国軍最高司令官デューイ・ドリーセン国家元帥、秘密警察組織〈王立内務警察〉長官ヴィオレッタ・ギスラム、そして王国以外の人間国家の代表者たちと、勇者パーティーから傑と利奈、そして彼らに戦闘訓練を行っているドグラス・ダンブロシア大佐が出席している。翼も参加を希望したが、利奈が上手い具合に説得して参加を踏みとどまらせた。


 「私としては、この問題は今行われている亜人との戦争にも影響すると考えている。実際に彼らと遭遇した我が国としては、早急な対策の確立を望んでいる。活発な意見の交流を期待する」

 「なら、まずは私から」


 すっくと魔法研究省長官のマルツェルが立ち上がった。スタドルはコクりと頷いて発言を許すというメッセージを伝える。


 「回収されたゴーレムの調査に関して、幾つか報告させていただきます」


 マルツェルは銀縁のメガネの位置を調整しながら続ける。


 「あー、『ゴーレム』と言いましたが、これはあくまで便宜上の名称であり、種族名や個体名でないということを念頭にしていただきたい。まず、は我々の知る全ての魔術的な生物、ないしは人工の生命体に類さない完全に別種の存在であることが分かりました。人間でいう心臓にあたる物とされる『核』は勇者一行が破壊したものの、いまだに微弱な魔法的エネルギーを発しており、しかもその起源は一切不明で、まだまだ研究の余地があります。一人の研究者として、このような存在に巡りあったことは感慨無量であり──」

 「で、そのゴーレムとやらはこの世界の存在なのでしょうか?」


 熱く語り始めたマルツェルをヴィオレッタが遮る。


 「え?あっ、あー、それに関しては各国の研究機関と協力して魔法生物に関する資料から類似する何かがいないか調査しています」

 「……次にドリーセン国家元帥、軍では既に対策を打ち出していると聞いているが?」

 

 カーキ色の軍服に黒いマントを羽織ったデューイが立ち上がる。


 「はい。軍部では精鋭魔導士を選抜した特別部隊の編成を検討しています。魔法攻撃に有効性があるかどうかは分かりませんが、ダンブロシア大佐の報告から、銃火器による攻撃は効かないことは分かっています」


 デューイに続いてドグラスが発言する。


 「私だけでなくあの場に居た者たち全員が目撃しました。彼らは完全に銃弾を無効化していました」

 「すみません、質問をしても?」


 手を挙げたのはワグリア大公国の代表だ。


 「その銃弾を弾いたという話ですが……何らかの幻惑魔法で弾いたように見せたということはありませんか?防護魔法は無限に銃弾を防げるわけではないのでしょう?」

 「その指摘はごもっともです。防御魔法というのは使用者の魔力を大量に消費する燃費の悪い魔法ですからな」


 この世界における防御魔法は、術式などはある程度完成しているものの魔力を一気に消費してしまうという欠陥があり、魔導士の間でもほとんど使われない。


 「ですが、彼らが銃弾を全て防いだというのは確かなことでしょう。まず、幻惑魔法を行使した際に発生する魔力の残滓ざんしは一切検出されませんでした。それと、その時勇者一行のほとんどがそこに居合わせていましたが、勇者一行には上位までの幻惑魔法の影響を受けないスキルを持っています。つまり、あの時幻惑魔法が使われていた可能性は限りなく低いのです」

 「ですが、仮に防御魔法で防いでいたとしてもその消費量は信じられない量ですよね?事前に頂いたこの報告書には十一発の銃弾を防いだと書いてありますが、確か防御魔法による銃弾無効化の最高記録は六発でしたな。どう説明するおつもりです?」

 「そうですね。……確かに、現状〈特異魔導士〉として指定されていたローマ・レディントンのその記録がでしょう」


 マルツェルの最後の言葉に数名が反応を示す。


 「人類の限界?」

 「少し──妙な言い回しですな」

 「さよう。皆様のご指摘の通りでしょう。──ここで、皆様にこの……そう、列車の写真が乗っているこの報告書を見ていただきたい」


 マルツェルは出席者に目の前にあらかじめ置かれていた書類の中から一枚の紙を示す。


 「これはパレサ王国で起きた列車襲撃事件で発見された、『とある事象』による報告書です。──ダウム軍需大臣、あなたが拉致されかけ、彼らに助けられた例の事件です」

 

 パレサ王国の代表者は政臣と姫愛奈とも面識のあるピシュカ・ダウム軍需大臣だった。おそらくこの場では傑たちに次いで二人をよく知る人物である。


 「そうそう。鮮やかな手際でね、つい見惚れてしまっ──」

 「マルツェル卿、続きを」


 スタドルが鋭い声でピシュカの言葉を遮る。


 「……我々はゴーレムの研究に平行して、幾つかの調査を行っていました。その内の一つがこれです。この列車襲撃事件の際、乗務員と乗客へ行われた聞き取りである不可思議な点が見つかったのです」

 「不可思議な点?」

 「ダウム大臣、あなたが会った時、彼らはなんと名乗っていましたか?」

 「えっ?確か……クラウスとパトリシア、だったかな?」

 「そう、クラウスとパトリシア。実はですね。当時の乗客名簿にはそのような名前の乗客は一切記載されていなかったのですよ」

 「──ん?つまり不正乗車ということか?」

 「はい。彼らはあの列車に正規の手続きを踏まずに乗り込んだのです」

 「そうなると、名簿を確認する立場の乗務員が異常に気付いたはずでは?」


 ヴィオレッタが質問を挟んだ。


 「いい質問です。不正乗車が発覚した時点でパレサ王国の当局は名簿を確認する立場にある乗務員へ聞き取り調査を行っています。ですが、奇妙なことにその乗務員はクラウスとパトリシアという乗客はのです」


 一同は話の異常さに気付き、マルツェルの言葉に耳を傾ける。


 「同様に異常を示した者は複数名おり、いずれも乗客と直に接する乗務員でした。我々は彼らに対して何らかの魔法がかけられている可能性があると推測し、実際認識改変系の魔法が全員にかけられていました。ですが──」


 マルツェルは言葉を区切り、メガネの位置を調整する。


 「我々は彼らに対し魔法の解除を試みました。しかし、我々の現在の魔法技術ではそれが出来ないと分かったのです」

 「出来ない?」

 「言葉通りです。既存の魔法だけでなく理論段階の試作魔法や薬物までも使いましたが解除出来ませんでした。彼らはクラウスとパトリシアという人物が存在するという嘘を完全な真実として認識している。身体への負荷も考慮し、我々は魔法の解除を諦める運びとなりました。──が、実は本題はここからなのです」

 「なっ、今までのは前フリだったのか!?」


 デューイがガタッと椅子を揺らす。


 「ここであらかじめ説明しておくと、認識改変魔法や洗脳魔法などの認識や価値観を強制的にねじ曲げる魔法は幻惑魔法のように魔力の残滓を対象の周囲に残します。今回の場合は乗務員ですな。我々は彼らに定着している魔力の残滓の量も調べ、そこから彼らの持つ魔力量を推測いたしました」

 「そんな計算式か何かがあるのか?」

 「はい。大まかですが、魔力残滓量から個人の魔力を測る数式は存在します。で、問題は正にこの点にあります。計算の結果、彼らの持つ魔力量は、はっきり言って人の領域の範疇ではないということが分かりました。もっと簡単に申しますと、彼らは人外である可能性が高いということです」


 マルツェルの言葉に傑と利奈は顔を見合わせた。


 

 


 

 


 

 


 

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