7.初めての強敵
最初に動いたのは、白装束の少女の方だった。まっすぐと姫愛奈に向かって突進し、剣を振り下ろす。姫愛奈は余裕の表情でそれを受け止めたが、腕にズシリとくるその重さに目を丸くする。
「はっ──?」
危険を察知した姫愛奈は茨の魔法を使い少女が怯んだその隙に距離を取る。それに平行する形で政臣が少女に銃撃を加えるが、少女はそれを剣で難なく弾く。
「動体視力ヤバ……」
姫愛奈は大鎌を大きく振るいエネルギー波を少女に向かって放つ。少女はそれをジャンプして避け、エネルギー波は近くの木に当たり爆発を起こす。政臣はしめたと思い空中にいる少女を狙い撃つが、少女は空中に形成した魔方陣を地面のように蹴ることで政臣の攻撃を華麗に避ける。
(強い……というか、こういう戦闘に慣れてるのか?)
(人のいる場所から離れているとはいえ、ずっとこの場所にいる訳にはいかないわよね……)
政臣はフルオート射撃に切り替え、少女に弾幕を浴びせる。少女は魔法でその攻撃を防ぐが、その間に姫愛奈が急接近し首を跳ねようとする。だが少女はキックで接近してきた姫愛奈を押し返し、怯んだところにファイアボールを放つ。それは〈祝福〉で無効化されたが、少女が二人を相手に善戦しているのは事実だった。二人はどうしてルルクスを二体ともお使いに出向かせたのか後悔していた。ずっと負けなしだったせいですっかり気が緩んでしまっていたのだ。
(舐めてかかったのがマズかったな。ペースを握られそうになっている……)
政臣はまたダインスレイブのモードを替え、爆発する榴弾を発射する。少女は一瞬でそれが危険なものだと察知して横っ飛びで避ける。姫愛菜はすかさずエネルギー波を放つ。少女はそれを魔法で防御しようとするが、爆風までは防げず吹っ飛んでしまう。政臣は容赦なく銃撃を加え、数発が命中する。政臣は「やった」と思ったが、少女は赤色の小瓶を取り出し間髪入れずに内容物を飲み込んだ。みるみるうちに傷が回復していく。
(あれって確かグレードが高めの回復ポーションじゃなかったか?そうか、他にも強化系のポーションを持っている可能性が――)
と、予想通り少女は青色と黄色のポーションを取り出しそれぞれ一気に飲み干した。前者は動きを早くし、後者は防御力を高める効能がある。
(完全に殺る気ね。まあどんなことをされてもこっちは死なないから良いか。あ、でも政臣くんが弾丸を食らっても平気だったみたいに普通だったら致命傷になるような傷でも生きるのか。精神衛生上ちょっと望ましくないわね……)
姫愛菜はこの世界に来て初めて真剣に戦う気になった。集中力を研ぎ澄ませ、少女の動きを見極めようとする。先ほどよりも早い剣戟が姫愛菜を襲う。姫愛菜はそれを受けようとせず避けに徹する。ポーションの効果は永続的なものではない。グレードが高ければ高いほど効果時間は短くなる。ポーションについての情報を思い出しながら姫愛菜は少女の剣を右に左にかわしていく。それを政臣が離れた場所からサイト越しに見ていた。エネルギー弾を単発で撃ち、少女の気を引こうとする。二発が当たったが、ポーションの効果で無効化される。しかし目論見通り少女が政臣の方を一瞬向いたため、姫愛菜が攻撃する隙を作ることが出来た。
(今!)
姫愛菜は横向きに大鎌を振るった。それは少女の右腕に当たり、ポーションの効果で切り裂かれるのは防がれたものの、結果的に刃が『衝突した』ことになり、その衝撃で少女の右腕は骨折した。
「あぐっ――」
少女は野太い悲鳴を上げて地面に叩きつけられる。姫愛菜は罪悪感など一切感じることなく大鎌の刃の先を少女の腹に刺し込む。ポーションの効果は切れていたようで、刃はすんなりと腹を突き破った。
「――ッ!!」
血が姫愛菜の頬につく。深くは刺し込んでいない。何も考えずに殺しては情報が得られない。政臣だったらそう言うはずだと姫愛菜は思った。ともあれ、少女はこれで動けなくなった。政臣と姫愛菜の勝利だ。
******
ルルクスたちが帰ってきた。二人はルルクスたちに文句をぶつけそうになったが、二体揃って行けと命令したのは自分たちであるため、責任の所在を自覚して踏みとどまった。スライムは意気揚々とした様子――そう見える気がするだけ――で死体に飛びつき、血を吸い取り始めた。血を全て吸った後、肉を喰らうのだ。姫愛菜はジュルジュル血を吸うスライムを優しく撫でながら、そろそろ名前を考えてあげなきゃ、とひとりごちた。
「で、どっちの話を聞く?」
「白装束の方。手加減して刺したけど多分死ぬわ。早く情報を聞き出しましょう」
姫愛菜はルルクスの回復魔法で命を繋ぎ留められている死に体の少女の傍らに座った。
「さて、辛いだろうけど話を聞かせてもらうわよ」
〈魅了〉の影響で少女は姫愛菜に釘付けになった。姫愛菜は顔の上半分をすっかり覆うフードを取る。茶髪のあどけない少女の顔が出てきた。
「あら可愛い。名前はなんていうの?」
「……ヨエル」
「旧約聖書の文書みたいな名前だな」
政臣が呟いた。
「神から頂いた……神聖な名前なの……」
「親からは名前を貰わなかったの?」
「……家族は、いない……。……教会の人たちが、私の家族……」
「孤児ってことか。その教会というのは?どこの宗教だ?」
「レザエル……唯一神レザエル様の教会……。私は神聖不可侵なるレザエル様の尖兵……」
「尖兵?」
「レザエル様のお庭であるこの世界にやって来た邪悪な悪魔の使いを滅ぼす……役目があるの……」
「確かに、実際の神様は悪魔みたいな性格だな」
(全部聞こえているからな)
二人の脳内でアマゼレブが言った。
「あなたたちは……勇者の務めを拒絶した……悪魔にたぶらかされて……。だから、滅ぼされないといけないの……」
不意にヨエルの瞳から輝きが消える。顔をがくりと横にやり、動かなくなった。
「死んでしまったか。まあ欲しかった情報は得られたね。どこの勢力で、誰がボスで、何で俺たちを攻撃するのか。しっかし唯一神ね。本当は沢山いるって言ったらどんな顔しただろ」
「悪魔に洗脳された私たちの言葉は届かないかもよ?でも、こいつらも勇者側ってことが分かったし、これからは容赦せずに排除しなきゃね」
「そうだね。おそらく第二、第三のヨエルがやって来るはずだ。……ったく、疲れるな。遊びで世界を混乱させようとしてますって正直に言ったらどうなるかな?」
「この世界の全部が敵になるわよ」
ふと、政臣はあることを思い出した。捕まえていた男のことを。周囲を見回すが、男は逃げた後だった。
「しまった!!」
一行は即座に男を捜索し始めた。あのまま情報を持ち帰られては困る。口封じの為には始末しなければならない。二人はそれぞれルルクスに抱えられて空から男を探すことにした。
「やっべぇー!森が深すぎて地面が見えない!」
「私たちの存在が知られたらいろいろとマズイことになるわ。絶対に見つけて殺るわよ!」
しばらくの間、二人は空を飛び回って男を探した。時間が経っていくたびに焦りが募る。
(ヤバイな……敵側に情報が渡ったら何かしらの対策をされるのは必至だ。チート能力が有っても、それを封殺されるようなことになれば……)
「ん?」
政臣は一つの人影が無人の街を走っているのが見えた。ダインスレイブのサイトをズームして見ると、あの男だった。政臣は自分の幸運に感謝しながら男に狙いを定めるが、男の進む先に見えた集団を見て目を疑う。そこにはクラスメイトがいた。
(みんなもこの島に来てたのか!?いや、そんなことより──)
「この──永久に黙ってろ!」
ダインスレイブの榴弾モードで政臣は男を狙い撃つ。男はあと少しのところでクラスメイトたちのところに行き着きそうになっていたが、爆発性のエネルギー榴弾が直撃し、蒸発する。榴弾は地面に当たり爆発する。クラスメイトたちはこの光景に目を見開き、空を見た。
(見られた……まあ良いか。早く姫愛奈さんのところに戻ろう)
何やら騒いでいるクラスメイトたちを置いて、政臣は飛び去っていった。
「政臣くん!あいつは?」
元の場所に戻った姫愛奈は政臣に尋ねた。
「うん。見つけて始末した。でも、クラスのみんなに見られちゃった」
「えっ……」
「さっさとこの欠片を回収しよう」
(少し待て。回収班のルルクスを送る)
アマゼレブがそう言った直後、二人の上空に空間を切り裂くように亀裂が走った。亀裂が開き、鎧を身につけたルルクスが降りてくる。
(そいつに欠片を渡せ)
姫愛奈は抱えていた欠片を鎧の着たルルクスに渡す。ルルクスは何も言わずに開いた亀裂に戻っていく。ルルクスが入って見えなくなり、亀裂もすぐに閉じた。
「──っ」
二人は頭に鋭い痛みを感じた。クラスメイトたちが接近してきている。
「まあ、空が裂けたら気になるよね……」
「どうするの?」
「いや、今回は撤退しよう。おつかいは終わったんだから」
二人はルルクスに抱えられ飛んでいく。その途中、森の隙間からクラスメイトたちがさっきまで自分たちがいた場所まで走っていくのが見えた。
「……せいぜい頑張って。勇者様」
姫愛奈は皮肉を込めて呟いた。
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