6.悪神のあとしまつ

 政臣と姫愛奈は〈トエンナ島〉という島に向かっていた。この世界を支える霊脈の一つであり、アマゼレブが噴火させた〈シオンマーバ火山〉がある島だ。街は火砕流により壊滅し、各国の支援物資を満載した船がひっきりなしに島を行き来していた。二人はその内の一隻に乗り込んでいた。霊脈を暴走させる際に触媒として使った結晶の欠片を回収するためだ。二人はどうして痕跡が残るような方法で霊脈を暴走させたのか気になったが、「二人が四苦八苦しているのを見たい」というアマゼレブの言葉に二人は閉口した。


 二人は船のデッキ部分に立ち、船が島に接舷するのを見守っていた。港部分はかろうじて無事なようで、沢山の人々が支援物資を船から取り出したりどこかに運んだりしている。船から降り、しばらく歩くと難民キャンプとなっている倉庫に着いた。かつては鮮魚がところ狭しと並べられていたと思われる場所には、老若男女がひしめき合っている。家を失い行き場の無い人々だ。支援物資のおかげで『衣食』までは困らないだろうが、『住』の部分はいかんともしがたい状況だった。


 浮かない顔の難民たちの間を横切っていく時、二人は複雑な気持ちでいた。未だ残る人間の部分が罪悪感のようなものを感じさせていた。だが、『悪』に近い二人の精神はその感情を圧し殺し、すぐに難民たちの助けを求めるような瞳を無視出来るようになった。


 「生き残ったのはこれだけなのかな?」

 「新聞の写真が本物なら、これだけ生き残っているのが逆に奇跡かもしれないわ」

 「それより、さっさと結晶の欠片とやらを回収しよう。長居するのは良くない気がする」

 「そうね。なんだか嫌な予感がするわ」


 二人は難民キャンプを抜け、立ち入り禁止になっている街に入った。ガスマスクを着けた兵士たちを避けながら街のどこかに火砕流と共に流されたという結晶の欠片を探す。二人はアマゼレブから魔力を感知する能力を貰っていたので、それを頼りに硫黄の臭いが濃く残る灰の街を歩き回った。


 「ちょっと質問なんだけど、欠片が地面に埋まってたらどうするの?」

 (どうするもこうするも、お前たちで掘り起こせ)

 「掘削機械のような物も無いのに?」

 (大丈夫だ。お前たちの腕力は常人のそれとは比較にならないからな。手で掘り起こせる)

 「それって本気で言ってるの?」

 (汚れるのは嫌いか?)

 「嫌いに決まってるでしょ」

 「いや、姫愛奈さん。ここはルルクスたちに掘り起こさせよう。手ごろなスコップとかつるはしとか手に入れてさ」

 「──!良い案だわ!さっそくパクって来ましょう!」


 二人は道を戻り、軍が設営していた復興拠点から放置されていたスコップとつるはしを頂戴した。それらをルルクスに持たせ、再び結晶の欠片を探し始める。


 (お前ら……)

 「別に良いでしょ?汚れるのは嫌いだもん」

 (この世界に来たばかりの時は、盗みに抵抗を示していたクセに)

 「ちゃんと返すから。大丈夫大丈夫」


 それから数時間、二人は欠片を探したがなかなか見つからなかった。その間も野盗と化した住人と遭遇した以外に何も起きず、二人は退屈し始めていた。


 「もうお昼を越えたね。ちょっとこの街広すぎない?」

 「魔力は感知出来てるからあることはあるんでしょうけど、ここってあんまり火砕流の被害を受けてないわよ?」


 二人は街の中でも火砕流の被害をほとんど受けなかった地区に行き着いていた。建物も無事で、人が居ない以外は全くもって平常な状態である。


 「でも反応はここら辺でしてるよ」


 政臣の青い瞳が琥珀色に輝く。政臣の目には紫色のもやのような濃い魔力が空中に漂っているのが見えた。

 

 「……変ね。──もしかしてどこかに運ばれてる?」

 

 政臣と同じく魔力を『見ていた』姫愛奈が呟いた。


 「それだ!火砕流の跡で反応が無い原因は!きっと誰かが先に回収してしまったんだ!」

 (だが誰が?)

 「一番の候補は……あの白装束のやつらかな」


 あり得ないことではない。アマゼレブはそう思った。未だこの世界の『神』として君臨している亜神がどの程度のものか把握していないが、仮にも神格存在である以上、こちらの介入に気付かないわけがない。自分の駒に何らかの調査を命じるくらいはするだろう。


 「だんだんと反応が強くなってるわ。ほら、あそこ。あの森の中」


 ビルの屋上に上り周辺を見渡していた姫愛奈が指を指した。政臣はあらかじめ用意していた島の概略図を取り出した。


 「環境保護区になってる森だね。火山の影響を受けずに残ったのか」

 「やっぱり。魔力があの森から『見える』わ。誰かが運び出した説はあながち間違ってないかも」

 「火山が噴火したときここまで飛んできたっていう説は?」

 「そうだったら一帯が焼け野原になってるでしょ。ここら辺は火山からも港からもかなり離れてる上に人も居ないから、何か悪いやつらが良からぬことをするのに最適だと思わない?」

 「火山の噴火の原因を回収して闇に葬ろうとしている俺たちが一番悪いやつらだよ」

 「そう?神様のおふざけが原因だなんて、知らない方が幸せでしょ?私たちはこの世界の人々の為にやってるのよ」

 「発言も思考も完全に悪役だね」


 二人は森に入り、魔力を辿っていく。敵対勢力との遭遇に備えて戦闘服に着替えている。魔力を見ながら先頭を歩いていた姫愛奈は突然立ち止まった。


 「どうしたの?」

 「隠れて」


 二人とルルクスは近くの茂みに隠れた。見ると、大人一人が抱え込んでやっと持てるくらいの大きさをしている深紅の石を慎重にケースに入れている集団がいた。オセアディア軍の軍服を着ていたが、政臣は妙な違和感を感じた。


 (軍が欠片を回収?あの白装束のやつらじゃないのか……でも、こんな場所にいるのはちょっと不自然だな。……まさか白装束のシンパが軍にいるってことか?)

 「推測だけど、あいつらはあの白装束のやつらのシンパか何かだと思う。あるいはあいつら自身が軍のフリしてる可能性もあるけど」

 「じゃあどうするの?」

 「……あの士官服を着たやつ。あいつを捕まえて情報を聞き出そう。何だかんだ言って俺たちは白装束のやつらのことをほとんど知らない。少しでも実態を把握しないと」

 「オーケー。つまり、そいつ以外は殺っても良いってことよね!」


 姫愛奈は大鎌を振り上げ、茂みから飛び出した。


 「えっ、ちょっ!?短絡的過ぎる!」


 ルルクスたちも姫愛奈に続いて突進していく。当然ながら兵士たちは突然の襲撃に驚き、虚を突かれる形となった。


 「何だぁ!?」

 「撃て、撃てぇー!」


 兵士たちは姫愛奈に銃撃を加えるも、姫愛奈は臆することなく近付いていく。最初の一人の首を飛ばした後、次々に兵士たちを斬り倒していく。政臣は中距離からダインスレイブ──政臣が新しく手に入れた銃に勝手に付けた名前──で攻撃する。ルビーのような赤い透明色のエネルギー弾を撃ちだし、兵士たちがバタバタ倒れていく。二人はあっという間に一帯を制圧し、指揮官とおぼしき男だけが残った。二人はルルクスたちに宿から飲み物とスライムを持ってくるよう命じた。二人はここに移動するまでに持ってきていた水を飲み干していた。スライムは当然のごとく死体を食べさせる為だ。


 「こんな感じかしら」

 「お前には聞きたいことがいろいろとあるんだ。こっちが満足するまで付き合ってもらうぞ」

 「な、何も喋らないぞ!」


 男は怯えながらも毅然とした態度を見せる。姫愛奈はその様子が可笑しくて笑いそうになる。


 「ふっ、強がっちゃって。──別にそっちに話す気がなくても関係無いわ」


 そう言うと姫愛奈はピスラから貰った〈魅了〉の能力を発動した。瞳が光り、男を釘つけにさせる。


 「あ……」

 「ふーん。ちゃんと機能したわね」

 「俺のマインドコントロールでも良いんじゃ……」

 「政臣くんのそれは操ることしか出来ないでしょ。私のは何でも答えさせることが出来る能力なんだから。さて、まずはあなたが誰の指示で動いたか聞かせてもらいましょ──」


 二人と男の間にファイアボールが横切る。魔法による攻撃だ。姫愛奈は思わず能力を解除してしまい、〈魅了〉の影響下から解放された男は気を失った。


 「何!?」


 政臣はファイアボールが飛んできた草むらに銃撃した。すると草むらから白装束の人物が飛び出してきた。しかもそれは、最初に二人を襲撃してきたあの少女だった。


 「──っ!あの時の!」

 「やはりお前たちが関係していたか」

 「……悪神に魅了された人たち……ここで捕まえて、正気に戻します!」


 少女は華美な装飾が施された剣を鞘から抜いた。


 「──チッ。不愉快ね。いつぞやを思い出すようだわ」


 姫愛奈は大鎌を少女に向ける。


 「この際、ここで殺してやるわ」


 


 


 


 


 

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