5.エロゲみたいな初体験

 スライムは珍妙な見た目の木彫り像をしばらく体内でもてあそんだ後、ペッと吐き出した。アマゼレブとの会話の為に買った物だが、『善』の神々の干渉が全くないと分かった以上、会話にこの世界の物質を介す必要はなくなった。どうして脳内に語りかけることが出来るのに、像を介して会話する必要があるのかと政臣は訝しんでいたが、『善』の神々にバレないかどうかギリギリの工作をしていたということを知って納得した。というわけで全く不要になった埴輪もどきの処分に困った政臣は試しにスライムに食わせてみたが、どうやら受け付けなかったようだ。


 「どうもお気に召さなかったっぽい」

 (そうだな。そんなことよりその木像の価値が無くなった途端何のためらいもなくスライムに突っ込んだお前の精神状態を問いたい)

 「は?いたって普通だが?」

 (そうか?私が「必要ない」と言った瞬間スライムを握って有無を言わさず食わせたな。愛玩動物に対する情愛は無いのか)

 「火山を活性化させてふもとの街を壊滅させるような神様に言われたくないな~」


 そう言った後、政臣は自分の膝に置かれた銃器に目をやった。カービン銃に類似し、元の世界の物で例えるなら『西側』の銃火器だろうか。起動するとサイトがホログラムのようなもので表示され、グリップに相当する部分も付いている。黒地に金色の紋様があるこの武器は、アマゼレブのものだった。なぜそんなものがあるのかというと、指鉄砲があまりにも強力なため『調整』したのだ。指鉄砲を廃止し、アマゼレブの持つ武器の中から好きなものを政臣は選ぶ事になった。結果政臣は「カッコいい」という理由でこの武器を選んだのだった。選考理由はいい加減だが、威力は申し分ない。しかも放つエネルギー弾は弾数の概念がなく無限に撃てるというチート武器だ。政臣は若干の胸の高鳴りを感じつつ銃を眺める。元いた世界のそれと同じく、セミオートとフルオート射撃を切り替える機能もある。政臣は銃を構え、照準を合わせる。


 「ズームも出来るんだ……」


 サイトの倍率を上げたり下げたりして遊んでいると、姫愛奈が帰って来た。


 「ただいま」

 「あ、お帰りなさい」

 「それが政臣くんの遠距離武器?」

 「そう。めっちゃカッコいいの」

 「……?そうかしら。よく分からないわ……」


 男子のセンスが分からない姫愛奈にとって銃一つにテンションを上げている政臣がおかしく見えた。が、政臣が子供っぽい一面を見せるのは自分に対してだけと思うと、勝手に特別扱いされていると感じて脳内が急速にお花畑になっていく。惚けた顔で自分を見つめてくる姫愛奈に政臣は背筋に冷たいものを感じた。


 「……姫愛奈さん?」

 「政臣くん……抱いて!」

 

 姫愛奈は政臣目掛けて飛び込むが、政臣は咄嗟に避ける。姫愛奈は頭からベッドに突っ込んだ。


 「少しは自重して!この宿結構壁薄いから、隣に聞こえるでしょ!」

 「隣の人たちはそんなことお構い無しに声を出してたじゃない!」

 「グッ、いや、そういうことじゃ──」


 隙を見た姫愛奈は目にも止まらぬ素早さで政臣の胸ぐらを掴みベッドに持っていく。ベッドに押しつけられた衝撃で軽い脳震盪を起こした政臣は、姫愛奈が息を荒くして自分を見下ろしているのが見えた。


 「姫愛奈さん、あの……」

 「今日という今日は逃がさないんだから……」


 姫愛奈はポケットから紫色の液体が入った小瓶を取り出した。政臣は一瞬で媚薬であると悟った。


 「お店の人のオススメよ。一晩中萎えないんだって……」


 小瓶の蓋を開け、姫愛奈は飲み口を政臣の口に近づける。


 「や、やめ……」


 政臣はジタバタ抵抗しながら少し前に考えていたことを思い出していた。


 (本当は、もっとロマンチックな雰囲気の時に言い出したかったのに……)

 「姫愛奈さん、姫愛奈さん!やめて!今日は俺から──その、あー、えーと……姫愛奈さんを求めようと思ってたんだ!」


 姫愛奈の動きがピタッと止まる。


 「ふえ?」

 「俺だって男だし、姫愛奈さんみたいな美人に求められたら、どうにかなってしまうのは同じなわけで……その、とにかく、姫愛奈さんを拒否する気はさらさら無いってことは分かっててほしくて……」

 「……」


 姫愛奈は惚けた顔のままだ。政臣は逆に姫愛奈を押し倒し、頬に手を当てる。


 「ひあっ!?」


 やっぱり美人で可愛い。こんな人が自分を好いてくれるのか。これ以上の幸せがあるのか。やっぱり翼に渡すわけにはいかない。姫愛奈は自分のモノだ。誰にも渡したくない。政臣は自分の頭の中がだんだんと姫愛奈に対する愛情と独占欲でいっぱいになっていくのを感じた。どうやら媚薬が強すぎたようだ。匂いだけで政臣はスイッチが入ってしまった。


 「姫愛奈さん、ごめん。我慢出来ない。姫愛奈さんとキスしたい」


 姫愛奈は一瞬驚いた顔をするが、手元と脚をもじもじさせ、頬を赤らめて逡巡した後、目線をそらしながらコクりとうなずいた。


 それを見た政臣は姫愛奈の顔を無理やり自分に向けて微笑む。姫愛奈は政臣の様子が普段と違い、本気で自分を求めているのだと悟った。


 (政臣くん、こんな顔出来たの……?ああ、ダメ、カッコよすぎて……)


 政臣は姫愛奈のあでやかな髪を手で鋤く。一度翼にされた時は不愉快極まりなかったが、不思議と心地いい。身体の芯に暖かみを感じる。姫愛奈はしばらくその感覚を堪能する。口が緩み、思わずよだれが出そうになった。


 「──じゃあ、姫愛奈さん……」


 ややあって政臣は言った。姫愛奈はドクンという大きな心音が聞こえた気がした。今さら拒否する理由は無い。姫愛奈は目を閉じ、政臣を待つ。


 「んっ……」


 二人は指を絡め、お互いの体温を唇から感じとる。静かに、だが貪るように互いの唇を求める様子を、スライムはきょとんとした目で見ていた。 


 「──んんっ、うむっ……ん……んっ、ぷはぁ……」


 息を切らした二人が唇を離す。銀色の線がお互いの舌を繋ぐ。二人はまた唇を合わせる。政臣は右手を姫愛奈の手から離し、胸元に移動させる。


 「んんっ!?」


 姫愛奈は政臣の積極性に驚愕しつつ、政臣に身を任せる。自分で触るよりもずっと良い。また唇を離した時、姫愛奈はよだれを垂らして恍惚の表情を浮かべていた。


 「ちょっと姫愛奈さん。まだこれからなのに大丈夫?」

 「なっ、だっ、大丈夫に決まってるでしょ!私を何だと思っ──!?」


 突如姫愛奈は口を両手で押さえた。そうしないと声が出てしまうところだったからだ。


 「姫愛奈さん?いつものお返しだよ?」

 「~~~~~~っ!」


 政臣の『お返し』により姫愛奈はしばらく悶絶した。だがその最中に姫愛奈が感じていたのは幸福だった。ひょっとすると永遠に手に入らないのではと思っていたモノを手に入れ、妄想していた出来事が現実になっている。嬉しさではち切れそうだ。姫愛奈は知らず知らずのうちに涙を流していた。


 「姫愛奈さん……!?」

 「ごめんね……嬉しすぎて……素の私を受け入れてくれる人とこんなことが出来て……」


 政臣は姫愛奈が今までどれだけ自分を殺し耐えてきたかを悟った。苛められていた上に家族がいじめっ子たちに殺される。十代の少女には辛すぎだろう。壊れない方がどうかしている。だからこそ、自分が支えてあげなければ。


 「……姫愛奈さん。俺、もうそろそろ……」

 「政臣くん……」


 政臣は自分にとっての光だ。沸々と黒い感情をたぎらせている自分を見ても幻滅しない。むしろ『そういうもの』と受け入れてくれる。姫愛奈が求めていた人物そのものだ。姫愛奈は本当の自分を否定しない人が欲しかったのだ。何がなんでも失うわけにはいかない。


 「いいよ。──しよ」



******



 その後、息づかいが普通に戻ったあたりで二人はまた話し始めた。


 「……私、自分の心が醜いっていうのは知ってるの。でも、それを否定してクラスのみんなみたいに明るい未来を望むようなことは出来ないの。今さら、そんなこと出来ない……」

 「姫愛奈さん……」

 「きっと政臣くんにとってはメリットが無い、迷惑な事よね。でも、それでも──私の傍にいて。私をずっと見ていてほしいの」


 政臣は微笑む。


 「……俺は、姫愛奈さんみたいな美人と付き合えるなんて、ラッキーだなって思ってたけど、姫愛奈さんの心の内知ってそんなこと思ってられなくなった。俺、姫愛奈さんのことが本当に好きになっちゃった。姫愛奈さんが良いなら、ずっと一緒にいたいな……」

 「……」

 「姫愛奈さんの心を守るために、クラスのみんなと戦うことにするよ。まあ、『遊び』の範疇だってことは忘れないけど」


 姫愛奈は一瞬きょとんとした後、クスッと笑った。


 「最後の何?みんなと戦うのが『遊び』の範疇だなんて私も承知の上よ。私の傍にいてくれるならそれで良いの」

 「あっ、そうなの?みんなと再会したときすごい顔で呪詛みたいな言葉を振り撒いてたから……」

 「ちょっと、呪詛だなんて言い過ぎよ!ホントに私の味方なの!?」

 「味方だよ。これからもずっと一緒だ」


 政臣は姫愛奈の手を取り、指を絡める。姫愛奈は政臣が何を求めているか気付いた。


 「……二回目?」

 「駄目、ですか……」

 「いいえ。さっきはされるがままだったから。今度は政臣くんをヒイヒイ言わせてやるんだから」


 二人は笑い、お互いに身体をすり寄せる。瞳をのぞき合い、互いの気持ちを再確認する。二人の夜は始まったばかりだ。


 

 


 

 


 

 


 

 


 


 

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