4.それぞれの思い
傑たち勇者パーティーが王城での後片付けに奔走している頃、政臣は姫愛奈のスライムにコーラを飲ませていた。コーラと言っても見た目と味が同じだからそう呼んでいるだけだが。
政臣が黒い液体の入った瓶を目の前に置くと、スライムは点のような目でそれをじっと見て、体からにゅっと触手のように二本の『腕』を伸ばし瓶を掴む。そしてそのままグビグビと飲み始めた。
「……美味いか」
スライムはぷるぷると体を震わせる。肯定しているのか否定しているのかイマイチ分からない。姫愛奈は一方的に何でもかんでも与えているが、きっと好みがあるはずだ。そう思って政臣はスライムに様々な物を与えていた。
「お前、ほんとになんでも食うよな。さすがに無機物までは食わないけど、やっぱり人間が一番良いのか?」
スライムはぴょんぴょんと跳ねる。明らかに肯定の意である。政臣はため息をつかざるをえない。
「なんでそんなに人が好きなんだ……。血か?肉か?あいにく食人嗜好はないから何も分からないけど……」
丸い体を震わせるスライムを両手に乗せ、外の景色を眺めながら政臣は思索を巡らせる。今後の方針についてだ。
政臣と姫愛奈はアマゼレブからこの世界を包む〈
神格存在の排除。つまりはこの世界の神を滅ぼすこと。完全に悪役のすることだ。しかもアマゼレブが言うには、この世界を維持する〈霊脈〉の一つを潰したという。すぐに影響が出るものではないが、この世界が滅ぶまでの年数が数千年は早まったらしい。いっそのこと全ての霊脈を破壊するのも一興だとアマゼレブはウキウキと話していた。政臣は若干引いたが、この世界以外にも無数の世界があるという事実を考えると、世界が一つ滅ぶのはなんの事でもないような気がしてしまうのだった。政臣は徐々に人間性を失い始めていた。
それから政臣は姫愛奈のことに思いを巡らせた。姫愛奈の好意を受け入れ、正式に付き合い始めたが、政臣は姫愛奈の積極性に戸惑っていた。「早くセックスしましょう?」包み隠さず言うのだから身も蓋もない。夜になると下着姿で誘惑してくるし、朝起きた時には生理現象でどうしてもそそりたってしまう自分のアレをなんともいやらしい手つきで触ってくるし、とにかく理性を保つことに政臣は苦心していた。アマゼレブとピスラには「さっさと抱けよ」と言われているが、元の世界ではただのオタクだった自分にとってクラスのアイドルだった姫愛奈はかなりまぶしい。それ以前に、いざ実戦となった時、果たしてちゃんと出来るのかが問題である。アニメやゲームの性的表現に触れすぎた者はリアルの女性と行為をするとき勃起不全を起こすことがあるというではないか。自分を好いてくれる相手を満足させられないのは如何なものか。
(……今夜、姫愛奈さんの誘いに乗ってみるか)
政臣は決意する。あれこれ考えていても仕方がない。こうなったら当たって砕けろの精神で行くしかない。自分の持ってる性知識をフル活用して──それが本当に役に立つかどうかは別──今日は自分から迫ってみよう。それに、姫愛奈はもう自分のものであると翼にも認識させなければ。あれは姫愛奈のトラウマを想起させる危険人物だ。クラスメイトを殺す気は全く無かったが、王城襲撃の際の翼の発言を聞いて政臣は決心した。翼は殺そう、と。政臣は自嘲気味に笑う。まさか自分に独占欲があったとは。だが、何を言われても永遠に姫愛奈と一緒にいられるのは自分だ。政臣は笑みをこぼす。完全に悪役がするような悪辣な笑みを。
******
その頃姫愛奈は街のレストランでパフェを食べていた。二人は神格存在となり、栄養を摂取する必要はなくなったが、娯楽としての食事は求めていた。メイド姿のルルクスを両側に置き、大粒の苺の乗ったパフェに舌鼓を打つ。食べ終わり、会計を済ませた姫愛奈は帰路についた。
途中、姫愛奈は雑貨屋に立ちよった。店頭に並べられている煌びやかな装飾品に目をひかれたのだ。しばらく店の中をぶらぶらしていた姫愛奈は、藍色の
暖簾の先では、アダルトグッズが売られていた。元いた世界で見たことがあるあれやこれやが並んでいる。姫愛奈はそれらを見回した後、実際に手にとって眺めたりした。近くにいた店員たちはそんな姫愛奈の様子を見てひそひそ囁いていた。
「ねえ」
店員たちは突然姫愛奈に声を掛けられ、ビクッと肩を震わせる。
「うえっ!?」
「ここって媚薬とかあるかしら?」
「びや……」
「彼氏を積極的にさせたいの。毎晩誘惑してるんだけどガードが固くて……。私も彼も一晩中交われるくらい強いのない?」
「え?え~と……」
店員たちは美少女のまさかの要望にしどろもどろしていたが、やがて一人が奥に引っ込み、華美な装飾が施された小瓶を持ってきた。
「多分、これがこの店で一番強いやつです……」
「どのくらいの効き目かしら?」
「いや、その、実際に買われた人はいないので、なんとも言えないです……」
「何か説明書みたいなのはないの?」
「あ、はい。これが──」
姫愛奈は店員が取り出した紙切れを引ったくり、食い入るように読む。
「一晩中……絶対萎えない……感度アップ……これ買うわ!いくら!?」
「はい!?いや、さすがに強すぎるし、お客様の年齢では……」
「お金ならいくらでも払うわ。大丈夫。ちゃんと使いきるし、中毒にはならないから」
店員たちは姫愛奈の言葉を全部信じたわけではなかったが、結局売ることにした。その日、その雑貨屋は一日でおよそ二月分の儲けを出した。姫愛奈は上機嫌で店を出た。
(これで政臣くんも私を抱いてくれるよね……)
日々笑顔の仮面を被っていた姫愛奈にとって、浮かない顔をしていても放っておいてくれる政臣はまさに理想とする人物だった。セクハラ発言を除けば、下心が感じられないのでとても気が楽だった。クラスの他の男共ときたら、必要ないのに「手伝うよ」とか、「俺がやっておくんで」とか言って、私からの感謝を求めてせこせこと余計なお世話ばかりしてくる。私が『女』だからって、ただ優しくすれば「カッコいい~」とでも言うと思っているの?それに比べて政臣くんは?私を『パートナー』として見てくれる。特別扱いせず、役割を分担してくれる。私のわがままに付き合ってくれるしノリもいい。それに他の男共と比べてしっかりと考える頭がある。多分、私よりも冷静に状況を考えられるし、常に最適解を導きだそうとする。……好き。
姫愛奈はため息をつく。
もう翼のような馬鹿と一緒になるのはごめんだ。何がなんでもあの勘違い野郎を始末し、政臣との平穏な日々を手に入れるのだ。その為に姫愛奈は手段は選ばないつもりだ。しかし今は──
「……今は、政臣くんと初めてを交換するのが先ね」
姫愛奈は淫靡な笑みを浮かべて政臣とスライムの待つ宿に向かった。
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