9.政臣と姫愛奈の人外説

 「うわ、人間じゃないってバレた……」


 政臣と姫愛奈はトエンナ島から大陸に戻った後、クラスメイトの様子を観察していたアマゼレブから「面白そうなことが始まる」と言われ、アマゼレブが送りつけてきた不思議な鏡でオセアディア王国主宰の自分たちに対する会議を見ていた。鏡に映された映像には、出席者たちがマルツェルの言葉に耳を疑っている様子が見受けられる。異世界に来ておおよそ二ヶ月。もう人外であるとバレてしまった。 


 ほとんどの出席者はマルツェルに対して否定的で、結論が早すぎるとか、そんな魔力量が持てるわけがないとか、魔法学の基礎がどうたらこうたらなどと言っている。確かにこんな突拍子もないことを言われたら多少なりとも動揺するだろう。しかしマルツェルも譲らない。これはこの世界の魔法学の普遍的な理論に裏付けされた答えで、きっとこれ以上の調査しても同様の結果になるだろうと。傑と利奈を見てみると、ドグラスと小声で何やら話し合っている。きっとあの時、自分たちが人間でも亜人でもないと言っていたことを覚えているのだろう。ドグラスが立ち上がり、出席者の注目を集める。


 「博士の言葉は事実でしょう。我々はあの二人が自らを『人間でも亜人でもない』と言ったのを聞いています」


 またざわめきが起きる。なぜそれを先に言わなかったのか、そんなこと信じられるか、等々。そこにピシュカが呑気そうな声で出席者たちの言葉を遮った。


 「まあまあ、現場の声が上に届かないのはよくあることでしょう。それにあの二人が人外であるという説を私は支持しますよ」

 「本気で言っているのか!?」


 隣にいたガリロール連合の代表者がピシュカにあきれたような声で尋ねる。


 「ええ、私個人としては。魔法にはあまり詳しくありませんが、実績を残している学者がそう言っているならそうなんでしょう。それに、私はあの政臣という少年やお付きのメイドがサーベルを生成したのを見た。魔法には無知な私でも、人間が物質生成魔法を使えないというのは知っているよ」

 「確かに物質生成魔法は人間一人が持てる魔力量では到底行使出来ない魔法です」


 マルツェルがボソッと呟く。


 「では、なぜ怪しいと思わなかったんです?」

 「怪しいとは思ってたけど、命の恩人だからねぇ」

 「命の恩人!?そんな理由で危険因子を見逃したんですか!?」


 ヴィオレッタが信じられないといった様子で椅子から勢いよく立ち上がる。


 「危険因子って……あの二人は厳密に言うと勇者たちの敵なのだろう?彼らを矢面に立たせれば我々に被害は出ないんじゃないのか?」

 「あのゴーレムを倒すのにどれだけの被害が出たと思ってる!あれが何体も出てきたらただでは済まんぞ!」

 「その通りです。彼らは我々の脅威です。排除すべき敵なのです」


 デューイとヴィオレッタがきつい口調でピシュカの言葉を否定する。


 「しかし敵として排除するにしても、果たして我々の技術で敵う相手なのかね?銃弾が効かないなら魔法も効かなさそうだが……」

 「あなたは一体どっちの味方なんだ!?」


 ピシュカの言動に我慢できなくなったのかデューイが怒声を会議室に響かせる。出席者たちは一様におびえるような素振りを見せるが、当のピシュカはどこ吹く風といった様子だ。


 「どっちも何も、人間の味方だよ。ただ、真偽はともかく彼らは自らを『人間でも亜人でもない』と言っているのだろう?自らを上位存在であると仄めかした上で、こちらの技術力では完全に解析出来ないような存在を投入した点を見るに、我々に碌な対抗手段は始めから無いような気がするんだがね?しかも彼らは転移を妨害されたと主張しているんだろ?それはつまり彼らを凌ぐ存在がいることの証左に他ならないかね?」

 「何が言いたいんです?」

 「話を聞くに、向こうが関心を持っているのはかつての友人たちだった勇者たちなのだろう?だからさっきから言っているように彼らと勇者たちを引き合わせて戦わせれば――」

 「勇者たちを犠牲にしろと言うのか?」


 スタドルが重々しい口調でピシュカを遮る。


 「まあ、そういうことです。魔物による被害は減少傾向にある。勇者たちの何人かを彼らの対処の為に割いても問題はないでしょう。それにいつまでも彼らが勇者たちと戦うことにこだわっているかは分からない。『暇つぶし』に我々を攻撃し始めるかもしれないしね」


 ごめんなさい、もう攻撃してます。しかも活火山を噴火させるという最悪な方法で。と、政臣と姫愛菜は心の中で呟いた。そしてこれからは必要なら無差別攻撃も辞さない方針で行くと決めたことに繰り返し謝罪する。


 「では我々が勇者たちを助けない道理はない。人間圏中から実力者を集めて勇者たちを援護する態勢を作るべきではないか?」

 「国家元帥の言う通りでしょう。亜人共との戦いはまだ続いています。早急に彼らを排除し、対亜人戦争に注力しなければ」


 デューイとヴィオレッタの言葉に出席者たちが賛同の意を示す。ピシュカは納得のいかない様子で呟いた。


 「なんだか、振り出しに戻ってないか……?」



******



 その後会議は対魔物戦に駆り出されていた勇者パーティーの中から更に精鋭を選抜し、対政臣・姫愛菜チームとして編成することが決まった。同時に、人間国家にいる戦闘のエキスパートたちをそのチームに組み込み戦闘力の底上げを図ることになった。


 「向こうも完全にやる気になったっぽいね」


 ベッドの上でコーラをがぶ飲みしているスライムを見ながら政臣が言った。


 「戦闘のエキスパートって、あのヨエルみたいなのが沢山来るってことかしら。ちょっと大変かもね」

 「大変どころじゃないだろ。タコ殴りにされるぞ」

 (死なないから大丈夫だ)

 「死なないから問題なんだ。痛覚が人間の時と同じだからめちゃくちゃ苦しいんだぞ」

 (攻撃を食らわなければ良いだけだ。それと、あの白装束の小娘はこの世界の亜神から〈祝福〉を受けたからあれだけの戦闘力を獲得していたのだ。だから会議にいた連中が言っていた『実力者』にお前たちが苦戦することはない)

 「やっぱりそうなんだ」

 (あとはお前たちが油断しなければ良いだけだ)


 政臣は膝の上に載せたダインスレイブを見下ろす。


 「まあ何が来てもこいつで一発だろ。少しは戦ってる風に見せるけど」

 「……」


 ダインスレイブをじっと見ていた姫愛奈が政臣に言った。


 「ねえ、政臣くんの銃って自分で名前付けたのよね」

 「え?うん。名前が無かったらしいから」

 (名前を忘れただけだ)

 「それって無いのと同じだろ」

 「じゃあ私のこの大鎌には名前があるの?」


 姫愛奈は大鎌を喚び出した。


 (もちろんあるぞ。確か……あー、いや、ちゃんと名前が付いているんだ。今喉まで出かかって──)

 (嘘つかないの。適当に拾ってきたから最初から名前なんて分からないんでしょ?)


 突然ピスラが割り込んできた。


 (ばっ!余計な事を……!というか、帰ったんじゃ無いのか!?)

 (暇だからまた来たのよ。悪い?それで、二人の武器はまだ『善』の連中があまりうるさくなかった頃にアマゼレブがいろんな世界で拾ってきた物なの。だからそもそも名前なんて知らないわよ)

 「……」

 (分かんなくて悪いか!ああそうだよ、分かんねえよバーカ。自分で名付けろ)

 「こいつ……!」

 「姫愛奈さん、ステイステイ」


 近くの物に怒りをぶつけそうな姫愛奈を政臣が抑える。


 「もう俺たちで名前付けよう。姫愛奈さん、何か思いつかない?」

 「それなら……政臣くんが考えたのが良いな……」


 急にしおらしい様子で姫愛奈は政臣を見つめる。変わり身の速さに少し驚きながら政臣は良い感じの名前がないか思考を巡らせる。


 「じゃあ……『ハルパー』ってのは?古代ギリシャで使われてた鎌みたいな刀剣で、ギリシャ神話でも武器として神様が使ってるよ」

 「ハルパー……まあ政臣くんが付けた名前だし、それに決めた!この鎌はこれからハルパーって呼ぶことにするわ!」


 姫愛奈は嬉しそうにハルパーと名付けられたを振るう。


 「ちょっと!こんな狭い部屋で振り回したら──」


 政臣の懸念通りハルパーはベッドを縦に切り裂いた。スライムが驚いて政臣の胸に飛び込む。必死に謝る姫愛奈をよそに政臣は目を閉じて呟いた。


 「宿を探さなきゃ……」

 


 


 



 


 










 


 

 

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