2.いろいろ大変な勇者パーティー

 政臣と姫愛奈が王城に襲撃をかけたその二日後、城では沢山の兵士が瓦礫を片付ける作業に従事していた。城はどこもかしこも忙しかった。怪我人を収用する医務室が一杯になり、軽傷を負った者は野外に設置されたテントの中で静養していた。何より大変なのは死者の扱いだ。あの謎の巨人は破壊の限りを尽くし、勇者たちが倒すまでに百人近い犠牲者を出した。遺族を呼び、遺体と対面させ、葬儀に出すだけでも尋常ではない労を要した。巨人は王国の魔法研究省が回収し、解析しているが、今のところはめぼしい成果を出せていない。勇者パーティーの〈魔法使い〉筆頭の宇治田利奈うじたりなは、兵士たちの敬礼に会釈しながらパーティーのリーダー格、篠崎傑しのざきすぐるのもとに向かった。


 「利奈!休んでなきゃダメだろ!」


 開口一番傑はそう言い放った。パーティーの中でも〈魔法使い〉のクラスを持つ者たちは先の戦いで力を消耗し、そのほとんどが死んだように眠りについていた。


 「目が冴えちゃって。歩き回るくらいの体力は回復したから大丈夫」

 「そうか……」

 

 見ると、傑もそれなりに顔がやつれていた。力を消耗しているのは傑も同じだった。


 「こっちもまだ力が完全に回復してない。正直言ってキツかったな、あの敵」

 「そうね……」


 パーティー全員で渾身の総攻撃を仕掛けてようやく倒せた。自分たちはこの世界では強者の部類に入ると耳にタコができるくらいに聞かされていたが、そんなことはないと痛感させられた。今のところふさぎこんでしまったりするような者は出てないが、負けを経験してこなかった自分たちにとっては相当こたえた。


 だが、それよりも懸念すべきは政臣と姫愛奈の二人だ。二人は銃弾による攻撃を完全に防いでいた。あの巨人と同じだ。巨人も銃弾や魔法攻撃の直撃を受けても平気だった。仮に二人がアレよりも強いとしたら……


 「利奈?」


 傑は視線を地面に落としてボーッとしている利奈に声を掛けた。利奈はハッとして顔を上げる。


 「ごめん、二人の事を考えてて……」

 「ああ……」


 傑は二日前に再会した二人の姿を思い浮かべていた。見た目は全く変わっていたが、二人であることは明らかだった。一体何が目的なのだろう。戦争に興味は無いと言っていたが、本当に亜人の味方ではないのだろうか。いや、政臣は自分たちのことを『第三勢力』と言っていた。人間でも亜人でもない第三の勢力。口ぶりからして二人に指示を出している存在がいるのは明白だ。それが個人なのか組織なのかは分からないが、圧倒的な強者であることは分かる。仮に対峙することになったとき、果たして太刀打ち出来るのだろうか。


 「ねえ、そういえば翼はどこに居るの?」


 利奈の質問に傑は少し眉をひそめて答える。


 「翼なら、ずっと闘技場で訓練してる」


 巨人を倒した直後はまさに混乱の極みだった。王都各所では王城が燃えているのを見てパニックが起き、暴動とそれに伴う略奪が発生した。隼磨はそれに乗じてどこかに姿をくらませてしまった。隼磨の非道な行いは既にパーティーに周知されている。隼磨は現在勇者としての資格を剥奪され、指名手配されている。翼はその混乱の最中、意気消沈してまともに動けなかったのだが、夜が明けた辺りから突然立ち直って闘技場で訓練を始めた。もともとスキルに恵まれていた翼は、ほどほどの訓練しかしていなかったが、今は一時も休むことなく訓練に励んでいる。


 二人は闘技場に移動し、案山子かかしに向かって必死の形相で剣を振るう翼を、気付かれないように観察する。政臣と姫愛奈が洗脳されている可能性は提唱されていたが、傑と利奈はその可能性を心の内では否定していた。傑はこの世界に来てから初めて人の悪意を知り、自分が前の世界でどれだけ恵まれていたのかを思い知らされた。利奈も傑の価値観の変化にいち早く気付き、リーダーが務まるよう補佐役を買って出ていた。おかげでパーティーは清濁併せ呑む現実的な判断が出来るリーダーを擁することが出来た。


 しかしそういう面で成長が見られないのは翼だった。人の善性を盲信し、物語のような勇者であろうとしている。現実ではなく理想を見ている。姫愛奈との再会でその『病気』がいっそう進行してしまったように利奈は見えた。傑と利奈は、あの二人が自分の意思で敵対しているのだと推察していたが、大部分のメンバーは二人が何者かの洗脳を受けていると信じている。その筆頭が翼だった。翼の言い分はこうだ。突然苦しみだしたのは、自分の言葉に『本当の姫愛奈』が反応していたからだと。しかしそれなら政臣が苦しんでいた理由は何なのだ。政臣は人と交流することはあれど、翼と深い仲だったことは決してないはずだ。傑と利奈はあの二人が苦しんだのは別の理由があるのではと考えていた。二人とこちらの間に何かしら相反するモノがあるのでは。といっても推測の域を出ないこの説を話すのは時期尚早であり、しばらくは情報収集に専念すべきと傑と利奈は結論づけていた。


 「傑さま!利奈さまも!」


 身の回りの世話をしてくれているメイドの一人がやって来た。


 「どうしたんです?」

 「皆さまのクラスメイトだったあのお二人と話したことのあるという方が参りまして……」


 『あのお二人』というのは政臣と姫愛奈のことだ。

 

 「何だと!?」

 

 二人が振り向くと翼がいた。


 「その人は!?」

 「応接間で待機させていますが──」


 翼は剣をかなぐり捨て、そのまま歩いていってしまう。傑はそんな翼を呼び止め、取りあえず着替えてから会おうと諭した。翼は不満を露にしたが、結局は傑の言う通りシャワーを浴びて汗を流し、学校の制服に着替えてから出向いた。



******



 二人と話したことのある人物というのは、隣国パレサ王国の軍需大臣だった。曰く、外遊中にこの一連の騒ぎに遭遇し、オセアディア政府が政臣と姫愛奈の情報を求めていることを知って来たという。


 「それで、大臣はどのような経緯で二人と会ったのでしょうか?」


 話の主導権は利奈が握った。翼に任せるのは良くないという傑の判断からだ。


 「先日、我が国の特急をエルフのテロリストが襲撃する事件がありましてね。そちらの国の新聞にも載っているでしょう。私はちょうどその場に居合わせて──というか私が狙いだったんでしょう。そこであの二人に救ってもらったんです」

 「あなたを助けた?」

 「ええ。テロリストたちは私を捕まえてたんですがね。そこにあの二人と、使用人かな?合わせて三人で車両に入ってきて、片方が使用人に私を助けるよう指示したんです」

 「……」

 「全く見事なモノでしたなあ。その使用人があっという間にテロリストたちをなぎ倒していくもんだから。今にして思えば、あれはただの人間じゃなかったってことか」

 「その後は?」

 「テロリストのリーダーが手練れでしてな、使用人の攻撃を防いだ後、閃光手榴弾を上手く使って逃げたんですよ。女性の方と私はもろに食らってしばらく動けなかったんですが、男性の方はうまく回避してピンピンしてましたよ。そのままリーダーが出ていった窓から同じく外に出て、しばらく何の音沙汰も無かったんですがね。銃声が数発聞こえてしばらくした後に彼が戻ってきました」

 「そうですか……」


 普段の戦闘はその『使用人』に任せているのだろうか。だがその使用人の攻撃をいなし、逃げたテロリストのリーダーを政臣は倒した。そのリーダーとやらの戦闘力が分からないせいで明確な判断は出来ないが、他のテロリストを瞬殺した使用人を基準とすると、政臣の戦闘力は桁違いのモノということになる。利奈はその可能性に背筋を震わせる。


 

 

 

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