1.悪の神々の茶会
アマゼレブの領域〈レムリア〉。その中心部といえる空中都市の城。その最上階にある池のほとりでアマゼレブとピスラが静かに茶会を開いていた。
「──睡眠の必要は無いと言うのに……」
水面には、政臣と姫愛奈がベッドに仲良く身を寄せあって寝ている様子が映っていた。時系列的には二人がクラスメイトの拠点である王城に襲撃をかけ、撤退した後である。
「あの子たちは人間でなくなってまだ少ししか経ってないんでしょ?人間としての心がいくらか残っている以上、寝るのは精神衛生上良いことだわ。あの子たちが自分たちが人外だとしっかり認識するのはまだまだ先の話だしね」
「そうだが……ううむ、『寝る』というものが分からない私にとってはこの時間が一番暇なのだ」
「あら、じゃあ一回封印されてみる?多分あれが定命の者の『睡眠』に近い体験が出来るわよ?」
「結構だ」
「〈悪〉の神で封印されたことが無いのはあなただけね。世渡り上手なこと」
「〈善〉の連中の反感を買うようなことをしてないからな」
「あら、現在進行形でしてるじゃない」
「そう、実はそれについてちょっと思ったことがある」
ピスラは怪訝そうに視線を池の水面からアマゼレブに移した。アマゼレブは一口茶を飲んで口を開く。
「──少し、奇妙だと思ってな」
「何が?」
「私は、二人の前にあの白装束共が現れ二人の名前を口にした時、〈善〉の連中に見つかったと思った。だからお前が来る前からこの領域の防衛装置を起動して、いつでも迎撃出来るようにしていた」
「ああ、どうりで『気球』が動いてたのね」
『気球』というのはアマゼレブが領域の防衛の為に所有している兵器のことで、本当の名前は〈ネレサイト〉という。その通り気球のような見た目をしていて、気球でいうところの人が乗る部分が強力なマイナスエネルギーの塊を撃ち出す砲台になっている。〈善〉の神にとってはまさに天敵ともいえる兵器だ。
「で、私以外に何か来たの?」
「いいや来てない。沸点の低い連中のことだから眷属あたりが尖兵としてやって来るかと思ったんだが……」
「そうね。『正義』だの『秩序』だの
「それが来なかった。お前が来たとき、質の悪い奴がお前に依頼して私の〈遊び〉を邪魔しに来たのかと思ったくらいだ」
「何でよ。私がそんなことするわけないでしょ」
「前科持ちの言うことは信用出来んな」
〈善〉と〈悪〉の神は時折何かのきっかけで大戦争を引き起こすことがある。その何度目かの時にピスラは神であるにも関わらず〈善〉の陣営の神の一人に操られ、アマゼレブたちと敵対したことがあった。
「あ、あれは巧妙な罠に引っ掛かっちゃったからよ!」
「自分で言うな。〈色欲〉の権能を上手く利用されたくせに」
「う~~~」
「とにかく、その可能性も考慮したがお前は特に何もなかった。だから私は頭を抱えたよ。〈善〉の奴らの影が見えないからな」
「──回りくどい方法で邪魔してきてるんじゃないの?」
「それにしてもやり方が
「……そういえば、そうね。今のところあなたのいう白装束しか襲ってきていない……。力を測ってるのかしら?」
「だとしたらあの二人が神格存在だと分かった時点で二人を滅ぼしてしまおうと大胆に介入してくるはずだ。生きている定命の者を神格存在に変えることは一応禁忌とされているからな」
「そうなってくるとますますおかしいわね。マーキゾンテの騒ぎはとっくに終わってるし、いつもの『世界の維持』とやらに精を出しているはずなんだけど」
「そう、『世界の維持』。奴らは自分たちが維持・管理している世界を傷つけられると烈火の如く怒るだろ?今私がしているのもそうだと思うのだ。だが、連中の誰一人として私の領域に殴り込んでこない」
「…………」
ピスラは黙って茶を飲み、アマゼレブに続けるよう促す。
「そこでだ。私はお前が自分の領域に戻った時、連中が絶対に怒るであろう『悪業』やってみたのだ」
「何を?」
「世界の〈霊脈〉を一つ、破壊したのさ」
アマゼレブの言葉にピスラは思わず茶を吹いた。定命の者──人間や亜人──が暮らす〈世界〉は、〈
「二人のいる国からかなり離れた場所に霊脈となっている巨大な火山があってな。それを暴走させて噴火させた。霊脈としての機能は失われた上に、火山のあった島の住民もかなり死んだ」
「そんなことをしたら連中が怒り心頭で乗り込んで来るでしょ!」
「ところが、この通りだ」
アマゼレブは余裕の表情で両手を広げる。
「見ての通り私はなんともない。連中は乗り込んで来なかったんだよ」
「どういうこと……?」
アマゼレブは茶を飲んで口内を潤す。
「これを見て私は確信した。おそらくあの世界を内包している安定界は連中の手が届いていない。〈外れの安定界〉だ」
安定界は次から次へと発生するが、自然に消滅するのはランダムかつ少ない。〈善〉の神々は世界を維持することこそが自分たちの義務だとしているため、どんなに安定界が増えてもその中にある世界を管理しようとする。しかし全てをそう出来るものではなく、中には〈善〉の神々の手が届かない安定界もある。〈悪〉の神々はそれを〈外れの安定界〉と呼び、自分のオモチャにするため大切に保存するのが常だった。
「まああれだけやらないと『外れ』かどうか確かめられないのが玉に
アマゼレブは目に見えて機嫌が良くなっていた。どうやって世界を混乱に陥れようか考えているのだ。
「でも、問題はまだ残ってるわよ。白装束の親玉は確実に神格存在よ。連中である可能性が──」
「いやいや、そこは安心していい。神格存在なのは確かだが、我々が気に病むほどの存在じゃない」
「……?」
「分からないか?〈善〉の連中以外にもいるだろ。転移魔法の妨害を探知し、我々を観測出来る存在が」
「……まさか、亜神!?」
アマゼレブはにんまりと笑って
「そうだ。おそらく自然発生のな」
「そんなまさか……いや……そうか、あんな極まった世界なら、亜神の一体や二体自然発生するか」
「あれだけプラスエネルギーとマイナスエネルギーが渦巻いているんだ。神格存在が現れない方がおかしい。それに早く気付かなかったとは……」
「なら、これから大胆な介入を始めるのね」
「ああ、安定界の隠匿も済ませている。〈善〉の連中は気付かんよ」
「楽しそう!私も混ぜて!」
「ああ良いぞ。なら、さっそく二人にも話さなければならないな」
アマゼレブとピスラは水面に映る政臣と姫愛奈の二人を見た。朝になり、ベッドから出て陽光を浴びている。仲むつまじく手をつないで肩を寄せあっている。
「良いわね~。永遠に見てられるわ」
「早くヤれば良いのにな」
「まあそうね。プラトニックな関係も良いけど、一番なのは身体を交える情熱的な関係よ。私とあなたみたいに」
「私はお前とそんな関係でいるつもりはない。せいぜいセフレくらいだ」
「ひどい!私はこんなにあなたを想っているのに!」
「自分が産んだ化物を放り込む奴が言うことか!」
アマゼレブは突っ込まざるを得なかった。
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