11.ヒロインの周囲の人間が終わってる昔話

 「は……?何……?」

 『私の眷属だ。ここはソイツに任せて一端撤退しろ。取りあえずの目的は達しただろう?』


 唖然とする政臣と姫愛奈にアマゼレブが木像を介して話しかける。政臣は咄嗟に周囲を確認し、注意がアマゼレブの眷属に向いていることを確認する。


 (今しかないか……)

 「姫愛奈さん、行こう。みんなと戦うのは、またの機会にね」


 政臣は守るように羽織っているコートで姫愛奈を包む。


 「政臣くん……」


 姫愛奈は政臣を見つめる。ややあって姫愛奈は微かに「うん」と答え、政臣に抱きつく。政臣は高く跳躍し、別の無傷の塔の上に着地した。


 「じゃあみんな、またどこかで!」

 

 政臣はルルクスを連れ、セーフハウスへ向かう。


 「姫愛奈ァ!」


 翼はそう叫び、遠ざかる影に手を伸ばす。アマゼレブの眷属が活動を開始し、不気味な機械音を発しながら動き始めた。


 「翼!今はコイツを倒すのが先だ!みんな!いつもの通りにいくぞ!」


 傑の鶴の一声でクラスメイトたちは戦闘態勢に入る。傑は眷属に突進し、直前で大きく跳躍して剣を振り下ろした。


 「うおらああああぁッ!!」



******



 城から比較的離れた場所にあらかじめセーフハウスとして確保していた別の宿に着いた政臣は、開いていた窓から飛び込んだ。


 「ほっ!」


 見事に着地し、急いでカーテンを閉める。コートをなびかせ、制帽を扇子代わりにして扇ぐ。


 「はあ~。どうなるかと思った……姫愛奈さん、疲れてるだろうしちょっと時間無いけどゆっくり寝て──」


 言い終わらないうちに姫愛奈は政臣にぎゅっと抱きついた。


 「政臣くん……!」 

 「うおっ!?」


 胸が押し当てられ、政臣はまたもやドギマギする。反応しないようにと必死にこらえる。


 「……反応しないようにって、我慢してるの?」


 姫愛奈がぼそりと呟く。政臣の顔を見上げ、笑顔で続ける。


 「別に、私のことエッチな目で見ても良いのよ?だって、あなたは私の彼氏なんだから──」

 「いや、でも、それは……それは、あくまでも偽装でしょ?えと、門倉を脳破壊するための──」

 「そいつの名前も名字も出さないで!」

 「ひいぃっ!?」


 ベッドに移動した二人は腰掛けてしばらく黙り込んでいた。政臣は、ずっと聞こう聞こうと思っていたことを今ここで切り出すべきか迷っていた。姫愛奈はというと、政臣の腕に組み付いて離れない。そんな様子を見た政臣は、遂に決心して口を開いた。


 「あの、姫愛奈さん」

 「何?」

 「勘違いだったらそれで良いんですけど、その、え~と……ひょっとして、姫愛奈さんって俺のこと好き?」


 一瞬の沈黙。


 「──好きよ。大好き」

 「はあ……ん、大好き?」

 「そうよ!大好き!」


 姫愛奈は笑顔で政臣の顔を見るが、その目は憂いを帯びていた。政臣はそれに気付きつつ、質問を続ける。


 「じゃあ、その……いつから?」

 「私とあのクソ野郎の話をした頃から、何かモヤモヤした気持ちがあったの。はっきり自覚したのはついさっきよ」

 「ついさっき……そうですか。なら、何で俺が好きなんです?ほとんど絡みも無かった俺を……」

 

 その質問に姫愛奈はすぐに答えず、目線を下に落とす。何か考えているような素振りを見せた後、はっきりとした口調で答えた。


 「本当の私を受け入れてくれたから」


 それから姫愛奈は昔の話を始めた。小学生だった頃、姫愛奈はいわゆるお金持ちが通うような名門校に通っていた。元々顔立ちの良い姫愛奈は、すぐにクラスの人気者になり、それなりに楽しい学校生活を送っていた。変化があったのは五年生になった辺りからだった。突然、仲良くしていた女子のグループから仲間外れにされるようになったのだ。何が原因かは今でも分からない。とにかくある日突然そうなったのだ。その状態は六年生になっても続き、次第に嫌がらせも酷くなっていった。遂に関係の無かったクラスメイトからも苛められるようになり、ただただ苦痛だった。しかしこの状況を家族に──特に義理の父に話すことは出来なかった。姫愛奈の実の父は物心つく前に死んでいて、姫愛奈の知る父というのは母の再婚した相手だった。とにかく厳格で、小学生の姫愛奈に必要以上にきつく当たった。母は優しく、妹の優奈も姫愛奈の味方だったが、二十一世紀の時代に男尊女卑の論理で思考している義父に逆らうことは出来なかった。


 そんな状況に光が差し込んだのは中等部になったとき、姫愛奈を苛めていた女子グループが初対面のクラスメイトに姫愛奈を無視するよう熱心に言い聞かせていた時のことだ。それを咎める人物が現れた。彼は中等部からの転入生で、何でもそつなくこなす才能の塊だった。最初こそその完璧さに嫉妬し、嫌がらせをする者もいたが、その煌めきに当てられ、すぐに心を入れ替える有り様だった。姫愛奈に対する苛めは無くなり、平穏な日々が戻ってきた。姫愛奈は彼に光を見出だしていた。


 しかしそこでは終わらない。今度は姫愛奈とその彼が仲良くしているのが気に入らないという理由で、同じ部活に所属していた上級生からの苛めを受けるようになった。事あるごとを姫愛奈は上級生からの嫌がらせを受け、同級生のそれよりも早くエスカレートしていった。それでも折れなかったのはひとえに『彼』の存在があった。どんなに傷付いても励ましてくれる。姫愛奈の心はなんとか壊れずに済んでいた。


 だが、中等部二年生の時にそれは起こった。姫愛奈の心を壊し、カルマをどす黒く染める原因となった出来事。それは体育祭のある『事故』だった。体育祭の名物ともいえる巨大な看板。それが落下し、ちょうど下にいた生徒と親子が重傷を負ったのだ。生徒というのは姫愛奈で、親子というのは姫愛奈の母と妹の優奈だった。結局目覚めたのは姫愛奈だけで、後の二人はそのまま死亡した。前代未聞の事態に学園側はそのブランドを守るためできるだけ内密に事を済ませようとしたが、事故に不審な点が幾つも見つかったという警察の発表により大きな騒ぎに発展。綿密な調査の結果、中等部三年生の女子生徒数名が看板を高く掲示するために設置される鉄骨に細工を施し、任意で看板が落下するようにしたという恐ろしい事実が明らかになった。その女子生徒というのは言うまでもなく姫愛奈を苛めていた上級生だった。家族の死と、その狂気ともいえる執念に姫愛奈は絶句したが、何より絶望させたのは、その細工の手伝いをあの『彼』がしていたということだった。しかしそれは無自覚な幇助ほうじょであり、罪には問われなかったが、それでも姫愛奈には許せるはずがなかった。そのことを警察から明かされた後、素知らぬ顔で見舞いに来た『彼』に姫愛奈は思いの丈をありったけぶつけた。しかし彼はほんの一言「ごめん」とだけ言った後、こう続けた。


 「あの人たちだって本心からあんなことしたんじゃないよ。大丈夫。いつか立ち直れる。みんな優しいんだから」


 姫愛奈は一瞬、彼が狂っているのかと思った。しかし家族を殺した上級生にも善意はあると滔々とうとうと話し始めたことで姫愛奈は気が付いた。こいつは人の黒い部分、悪意を知らずにここまで育ったとんでもない奴なのだと。今まで自分に掛けてくれた言葉は、道徳の教科書にかかれているような優しさしか知らない脳味噌から生成された定型句だと。その時点で姫愛奈の心は決定的に壊れた。『彼』に抱いていた淡い恋心は砕け散り、代わりに得も言われぬ憎悪が心を包み込んだ。姫愛奈はそこで生まれ変わったのだった。



******



 姫愛奈の重すぎる過去の話を聞いた政臣は思わずアマゼレブに脳内で話しかけた。


 (聞いてた?)

 (無論。なるほど、カルマがあそこまで黒くなる道理だ)

 (姫愛奈ちゃんの美貌に嫉妬して……ってとこかしら。どうして定命の者はこうも下らないことで同族を恨むのかしらね)


 ピスラも参加してきた。姫愛奈は過去のトラウマを思い出したことで泣き出してしまった。


 (ほらほら、慰めてあげなさいよ)


 ピスラに促され、政臣はためらいつつ姫愛奈の頭を撫でる。途端に姫愛奈は落ち着き、涙を拭った。


 「ごめんなさい。政臣くんの戦闘服を濡らしちゃった」

 「いや、思ったよりも重い過去で驚いた」

 「うん、こんな話を聞かせちゃって……」

 「いやいや、姫愛奈さんが門倉や篠崎みたいなのを嫌う理由がこれではっきり分かったよ」

 「本当?」

 「本当」


 姫愛奈はしばらく政臣を黙って見つめる。ややあって姫愛奈は尋ねる。


 「……じゃあ、こんな風に歪んじゃった私を受け入れてくれる?」

 「受け入れるというか……うーん、『歪んだ』姫愛奈さんを受け入れるとか、そういうのじゃないんだよな。今の姫愛奈さんの本当の性格がそれなら、俺は「そうなんだ」と思うだけ。「歪んでいても受け入れるよ」とかじゃない。今がそんな性格なら、それが姫愛奈さんのでしょ。俺はそれを受け止めるだけ。どうしようとも思わない。ありのままでいて問題ないと思うよ?」

 

 相手がどんな人物でもまずは受け止めろ、表面だけ見て判断するな、内面とそれを形成する原因を見ろ、そして否定せず受け入れるよう努力しろ──敬愛する伯父の言葉だ。至らぬ点はあっても、それに従っていきたい。政臣はずっとそう思っている。だから、姫愛奈の今のひねくれた性格も受け入れる。否定はしないのだ。 


 政臣の言葉を聞いた姫愛奈は、また目に涙を浮かべた。そして政臣に思い切り抱きつく。


 「~~~~っ、政臣くん!私、政臣くんが大好き!」


 政臣は、歓喜の涙を流す姫愛奈を優しく抱きしめ、自分の恋心を吐露した。


 「俺も、姫愛奈さんのことが好きです」


 


 

 

 

 


 

 

 


 


 

 


 


 

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