10.闇深いクラスのアイドルと思い込みの激しい陸上部エース

 「……ん?」


 政臣は少年を見た。少年はよく見ると震えていて、恐怖を押し殺しているのが分かった。


 「ゆ、勇者さまに手を出す奴らは、ぼ、僕が倒すんだ!」


 少年は持っている拳銃を撃ちまくる。今度は三発ほどが政臣の〈祝福〉によって防がれる。


 「あー、悪いがその武器は通用しないぞ。てか、この世界の連中では俺たちを殺す事は出来ない」

 (そうだよね?)


 政臣はアマゼレブに脳内で話しかける。


 (そうだ。列車の時銃弾が当たったのはあまりにも近すぎて防衛機能が反応しなかったからだ。取りあえずクラスメイト以外の連中には何をされても死にはしない)


 アマゼレブも脳内で答える。


 「だから、無駄弾なんか撃ってないで逃げることだな。というより、何であんな子供が銃を持ってる?大人は何をしてるんだ?」

 「彼は幼年学校の生徒なの。侍従見習いとして私たちの身の回りのお世話をしてくれてるの」


 利奈が切羽詰まった声で説明する。向こうも少年の行動に驚いているようだ。


 (幼年学校……陸軍士官を養成する軍傘下の学校のことか。なるほど、この国は思ったより軍事に力を入れているな。いや、戦争中だし当然か)

 「そうかい、どうりで銃が撃てるわけ──」


 またもや〈祝福〉が銃弾を弾く。姫愛奈は「いい加減ウザイわね」と小声で漏らす。政臣はため息をついて少年に話しかける。


 「おい、聞いてなかったのか。銃弾程度で俺たちを殺すことは──」

 「どんなに銃弾が弾けても、魔力が無くなれば防御魔法だって使えないはずだ!」

 「最後まで喋らせろ!」


 少年の言葉に周囲の兵士たちが「そういうことか!」というような顔をして銃を構え始める。だが、そこで姫愛奈が余裕たっぷりに告げた。


 「なるほど、この世界にいる魔導士か何かと勘違いしているのね。でも残念。私たちはあなたたち人間とは一線を画す存在なの。ゆえに銃弾を弾いているのは魔法じゃないわ。そしてこの守りは絶対に崩れない」

 「馬鹿な、魔導士でないなら何だと言うのだ!?」

 「言ったでしょ。あなたたちとは一線を画す存在だって。つまり人間でも亜人でもないってことよ」

 「人間でも亜人でもない……?」

 「何を言ってるの、姫愛奈?」

 

 利奈が姫愛奈に尋ねる。姫愛奈はまた政臣の腕に組みついた。


 「私たちがみんなと一緒に転移しなかったのは、事故だと思ってるんでしょ。違うわ。私たちは転移を妨害されたの」

 「妨害!?」

 「そうか!二人はそいつに洗脳されて──」

 「悪いけど、洗脳の類は受けてないわ。こんな見た目と、ある程度の力を受ける為に〈祝福〉とかいうのは受けたけどね。洗脳されてみんなと敵対しているわけじゃないわ。私たちは私たち自信の意思でみんなと──」

 「嘘だ!」


 さっきまでただぼーっと立っていた翼が突如として叫んだ。さすがに政臣と姫愛奈もそれに驚き、ふぬけた声を出して翼に注目する。翼の目には生気があり、この短時間で持ち直したように見えた。


 「それは嘘だ。姫愛奈、本当の姫愛奈はそんなこと言わない。みんなを大切に思ってるはずだ。その気持ちは悪いやつに洗脳されているからだろ!?」


 澄みきった目で翼は姫愛奈を見つめる。その輝きに、姫愛奈は頭がくらくらするような激しい不快感を覚えた。


 「またそんなことを言って……私は平穏に暮らすためにあんたたちと仲良くしてただけよ!苛められたくないから、仲間外れにされたくないから!あんたの勘違いに付き合ってやったのも全て自分の為よ!」

 「そんなことない!姫愛奈、目を覚ましてくれ!」

 「これが私の正気よ!」

 

 もはや絶叫と呼べる叫びに一番近くにいた政臣は身震いした。それと同時に姫愛奈が強く強く政臣の腕を抱き締める。


 「私は、あんたみたいなやつのせいで家族をめちゃくちゃにされたのよ!人の黒い部分を知らない、おめでたい奴に!そんなやつのお節介のせいで、ママと、優奈ゆなは……」


 涙をこらえながら姫愛奈は続ける。


 「あのクソ野郎はますます私に辛く当たるようになって、娘とも思ってくれなくなった。だから言ってやったわ、全部めちゃくちゃにした張本人に!そしたらそいつは何て言ったと思う?」


 姫愛奈は身体から不愉快な物を吐き出すように言った。


 「『大丈夫、いつか立ち直れる。みんな優しくしてくれるから』って……ふっざけんじゃないわよ!」


 興奮のあまり、姫愛奈は持っていた大鎌を大きく振るってエネルギー刃をあさっての方向に放つ。それは少し離れた別の塔に当たり、爆発を起こす。残留エネルギーが割れた水風船から飛び散る水滴のように広がり、着地点を焼き焦がす。クラスメイトや兵士たちはその威力に目を奪われるが、それは政臣も同様だった。前に使った時はこんな威力ではなかった。一体どうなっているのだ。まさか、使用者の感情の変化に応じて──


 (あ、それはピスラが強化したのだ)


 アマゼレブが政臣の脳内に唐突に語りかけた。


 (あんたの連れの仕業かよ!びっくりさせんな!)


 脳内ツッコミを入れた後、政臣は明らかに情緒が不安定になっている姫愛奈に語りかける。


 「姫愛奈さん、落ち着いて。取りあえず今日は──」

 「ふざけたことばっかり。人の善意しか知らない糞が。自分が原因なのに何も悪くないような顔をして……」

 (よし、黙って聞いていよう)


 姫愛奈が完全に自分の世界に入っているのを見て、政臣はそう判断した。


 「いや、その人はきっと姫愛奈のことを思ってそう言ったんだ。だって、その人の言う通り、人ってのはみんな優しいから──」

 (バカヤロウ!火に油を注ぐな!)

 

 政臣の予想通り、姫愛奈は翼の言葉に完全にキレた。


 「みんな優しい……優しい……?じゃあ、私を苛めてたアイツらは『優しい』の?ママや優奈を死なせるのは『優しい』ことなの?」

 「姫愛奈、落ち着いて──」

 「黙りなさい!物心ついた頃から自分の存在を認めてくれる人間しかいなかったあんたに、私の気持ちが分かるもんですか!唯一挫折したのはあの大会の時だけじゃないかしら?たった一回一位が取れなかったくらいであんな傷付くなんて、どれだけ恵まれてるの!?」

 「だからこそ、あの時姫愛奈が不甲斐ない俺を認めてくれたんじゃなかったのか……?」

 「んなわけないでしょ!──ああああああ!頭が割れそう……!」


 姫愛奈が頭を抑え、政臣に寄りかかる。政臣もあの不快感を感じ始めていた。アマゼレブの処置を凌駕するほどの煌めきが二人を侵食し始めている。政臣は──不快感がどんどん強まっていくのを感じながら──思った、おそらく翼は本当に善人しか知らないやつなのだ。そして思い込みが激しいタイプだ。裏表というものを理解出来ず、自分が見た──もしくはそう見えた──ものを堅く信じて疑わない。まさしく天敵だ。


 (マズイ、頭がズキズキして……)

 「姫愛奈、それはきっと洗脳で植え付けられた気持ちだ!お願いだから帰って来てくれ!」

 「そうよ!青天目くんも目を覚まして!」

 「そうだ!」


 クラスメイトたちが口々に政臣と姫愛奈名前を呼ぶ。本当に洗脳されていたらここで解ける、なんてこともあったのだろうが、本当に洗脳されていない二人にとってクラスメイトたちのプラスエネルギーの煌めきはただの毒でしかない。悶え苦しみ始めた二人を見ていたアマゼレブは、思わず舌打ちをした。


 「さすがにこれだけのプラスエネルギーにあてられては苦しむのも当然だな」

 「どうするの?」


 ピスラの問いにアマゼレブはニヤッと微笑んで答える。


 「予備の策はちゃんとある。、分かったことも多いからな」


 アマゼレブは城の遥か上空で待機させていたルルクスたちに命令した。


 「〈ニーラヘル〉を投下しろ!」


 次元をまたいだ主人の命令を受信したルルクスたちは、手に握っていた金属製の糸をサーベルで切り、吊るされていたモノを二人とクラスメイトたちのいる場所に投下した。それはクラスメイトたちの呼びかけをかき消す轟音を立て着地し、周囲の人々を一瞬宙に浮かせた。頭が割れるような不快感が途切れ、我に帰った政臣と姫愛奈を、五メートルはある一つ目のロボットが見下ろしていた。アマゼレブが使役する眷属の中でも、戦闘に特化したタイプ。機械人形〈ニーラヘル〉だった。


 


 


 


 

 

 


 


 

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