9.やっと悪役らしくなった二人
「姫愛奈、姫愛奈なのか?」
翼は困惑と喜びが入り交じったような表情で近づく。周囲も金髪赤目のせいで最初は分からなかったようだが、その端正な顔立ちで姫愛奈だと気付いたようだ。
「あれ白神さん?白神さんだよね?」
「転移に失敗したんじゃ……っていうか何で髪の色違うの?」
「じゃあ……ひょっとして隣にいるのは……」
「
土埃をはたきながら政臣は立ち上がる。肩を回したりしてどこも骨折していないか確かめる。そしてずれた制帽を被り直して言った。
「感動の再会……と言いたい所だけど、どうもそんな空気では無さそうだね。刃を向け合うなんて、何かあったのかな?」
正直状況はサッパリ分からなかったが、取りあえず悪役っぽく振る舞うことを意識する。
「どうした?みんな目を丸くして。──そうさ、俺は青天目政臣だし、そこの金髪美少女はみんなのアイドル白神姫愛奈だよ」
政臣の言葉に周囲がざわつく。
「はっ?いや、なら何で俺たちと一緒に転移しなかったんだ?」
いかにも勇者といった格好の傑が言った。政臣は心なしか傑が自分に刃を向けている気がした。どうも警戒されているようだ。当然といえば当然だが。
「そうねぇ。それについてはいろいろと説明の余地があるけど、取りあえずみんなの味方じゃないってことは教えておくわ」
場に緊張感が走る。ある者は武器を構え、あの者は魔導書と思われる書物を開く。政臣は城の兵士が集まってきていることを確認し、姫愛奈に近付き耳打ちする。
「兵士が集まってる。騒ぎが大きくなってきたよ」
「所詮有象無象よ。安心して」
「でも──」
「私を心配してくれるの?嬉しいわ」
突然姫愛奈が周囲に聞こえるような声を上げた。政臣は嫌な予感を感じつつ姫愛奈を見つめる。
「一体どうしたんだ、姫愛奈?味方じゃないってどういうことだ?俺たちの敵ってことか?」
「そうよ、そういうこと。今日はそのことをみんなに知らしめる為に来たの。でも、まさか仲間同士でやりあってるなんてね」
傑の問いに姫愛奈は軽蔑の意を込めて答える。クラスメイトたちはようやく政臣と姫愛奈の二人が「おかしい」ことに気づき始めたようだった。
「やっぱり政臣くんの言う通り、もうちょっと様子見してから行けば良かったわね。そうしたら少なくとも傑くんや夏井くんのどっちかを倒せたかも」
何人かは姫愛奈が政臣を名前呼びしたことに気付いた。視線が自分に集中し始め、政臣は得体の知れぬ気まずさを感じた。
「……あ、あー、その姫愛奈さん?」
「『姫愛奈』?」
政臣はしまったと思い口をつぐむ。しかし姫愛奈はそんな政臣をよそにあえて近付き胸元にすり寄る。
「なっ──」
「どうしたの?翼くん。──その顔、『何で政臣に馴れ馴れしくするんだ?』って顔してる。ふふっ、そうね。前いた世界では付き合ってたもんね。少なくともあなたの中では」
またまた周囲がざわめく。姫愛奈と翼が『付き合っていた』ことを今初めて知った者、知ってはいたが姫愛奈の「少なくともあなたの中では」という発言に違和感を感じる者に分かれている。何か言おうとした翼を遮るように姫愛奈が口を開く。
「ちょっと慰めてあげただけで勝手に舞い上がって、周囲に言いふらして付き合った気になりやがって……私はあんたみたいな奴が嫌いよ!良心しか知らないような奴、努力して認められるような奴らが!」
翼も周囲も政臣も、姫愛奈の突然の独白を驚きの面持ちで聞いていた。政臣は急に姫愛奈が心情を吐露し始めたことに困惑し、また姫愛奈の素晴らしい胸が押し当てられているのを感じ、場の空気を壊さないよう必死に耐えていた。
「い、いや、だって……だってあんなに優しく声をかけてくれたじゃないか……みんなの約束を守れず不甲斐ない結果に終わった俺を……」
「マネージャーだもの。傷心した部員に優しくするのは当然でしょ?あなただけ特別扱いしていると、本気で思ってたの?」
「──っ」
姫愛奈の言葉の何かが翼に響いたようだ。翼は茫然自失とした様子で立ち尽くした。そのまま何か呟くように口をわずかにパクパクさせている。
(……取りあえず話は終わったのか?なら、もう少し情報を得ないと……)
「ま、まあ、ともかく。こっちとしてもなんでお仲間同士でやりあってたのかを聞きたいな。篠崎か夏井のどっちかが何かやらかしたのか?」
政臣はそう言った後まだ胸元にすり寄っている姫愛奈に目を向ける。正直離れてほしかったのだが、姫愛奈は政臣の顔を見て天使のような微笑みを見せるのみである。
「そうなんだ!隼磨のやつが──」
「うるせえ!お前は黙ってろ!」
傑が口を開いた一拍後に隼磨がわめく。政臣は一旦二人を黙らせ、最初に傑の話を聞くことにした。
「隼磨のやつ、街の女性たちに乱暴していたんだ!勇者としてあるまじき所業だ!」
何をやっているんだ。政臣はそうひとりごちた。一応、と思い政臣は隼磨に顔を向ける。
「俺たちは勇者なんだぜ?そのくらいの役得があっても良いだろ!」
想像以上の解答だ。政臣はあまりの呆れように頭がくらくらし、謎の自信に溢れた隼磨の顔を見て軽い殺意を覚えた。だが、ここで簡単に殺してしまっては『遊び』にならない。自分の思う悪役に徹しろ。政臣は自分を少しばかり叱咤してまた口を開く。
「そう。そんなくだらない理由でやりあっているなら、やっぱりどっちかが倒れるまで見物していれば良かったかな。どっちにしろ、俺と姫愛奈さんの目的はみんなの邪魔をすることだ。内部分裂だなんて好都合この上ない」
「勇者の邪魔!?」
「貴様ら、亜人の手先か!?」
外野から浅黒くたくましい男と、細身でかなりの美人が声を上げた。どちらも軍服を着ていて、周りにいる兵士が気をつけの姿勢をとっていることを見るに士官だろうか。
「あ?誰?」
「私はオセアディア王国軍第二七一特務大隊大隊長、ドグラス・ダンブロシア大佐だ」
「同じく二七一大隊所属、大隊副指揮官のマロリー・シリアラバム大尉です」
「さっきも聞いたが、お前たちは亜人連合が寄越した暗殺者か何かか?そうなら生きては帰さないぞ」
「いやっ、大佐、かれらは──」
「これは失礼。先ほどの無礼を詫びましょう大佐」
傑の言葉を遮り政臣は頭を下げた。ようやく姫愛奈と離れることが出来た。
「我々は確かにこのクラスのみんなの敵ではありますが、亜人の味方ではありませんよ。言うなれば第三勢力です」
「何だと?」
「俺と姫愛奈さんはみんなの勇者としての活動を邪魔するのが役目なのです。だから、その目的が達成される限りみんなを殺すようなことはしませんよ」
「だが亜人側には与していないと?」
「そう。正直、人間と亜人が争っているこの戦争に関心はありません。好き勝手にどちらかが絶滅するまで戦ってればいいです。まあ、元いた世界では人間が勝ったようだけど」
自分の知っている情報を小出しにする。いかにも悪役っぽい。予想通りクラスメイトが食いついてきた。
「元いた世界!?私たちの住んでた世界にも亜人が居たってこと!?」
食いついたのは新聞の写真にも載っていた利奈だった。
「残念だけどこれ以上は教えないよ。もっと聞きたかったらこっちに来なよ」
そして自分の陣営へ勧誘する。かつての仲間を傷付けたくない悪役なんかがよくやる動きだ。
「世界の秘密、知りたくない?来てくれるなら直々に教えてもらえるよ」
裏側の存在──この場合はアマゼレブ──を示唆。これも悪役らしい。政臣は楽しくなってきて、つい警戒を疎かにしてしまっていた。
「どうしたの?勇者なんかよりずっと楽しいよ?こっち側は──」
数発の銃声が響いた。銃弾は政臣とその袖を掴んでいた姫愛奈に向かって撃ち出されたが、〈祝福〉によって全弾弾かれた。その光景に二人以外の全員が驚く。政臣は銃弾が飛んできた方向を向いた。瓦礫の上に十歳程度に見える少年が立ち、二人に銃を向けていた。
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