8.悪役(自称)二人の王城訪問

 政臣は建物の屋根の上に座りながら、どうしてこの世界の月には満ち欠けがないのか考えていた。大きい青色の月と小さい緑色の月。神秘性を感じてつい見とれてしまうが、ふと考えてみるとこの二つの月には気になる部分が多々あった。その中でも一番気になるのはその距離だ。太陽は元いた世界とほぼ変わらない距離に見えるのに、月はバカでかく見えるくらいに近い。しかもそれにもう一個別の月が付いているのだから、考えれば考えるほど疑問がわいてきて、不安すら覚える。といっても政臣は天文学を専門的に学んでいたわけではなかったので、どれだけ考えても説得力のある仮説は思いつかないし、〈神〉の存在に触れた後に科学的見地から月の考察をするのは暇潰しにもならない無駄なことだと政臣は思い始めていた。


 「……私以外のものに見とれるなんて」


 突然姫愛奈の顔が視界の右側に現れた。政臣の背に抱きつき、ハイライトの消えた目で見つめている。


 「うわっ!?ちょ、おどかさないで。少し月を見てただけでしょ」

 「……」


 姫愛奈は何も言わずしばらく見つめた後、おもむろに立ち上がって言った。


 「ぼーっとしてないで。準備は出来たの?」


 二人は王城へ襲撃をかけようとしていた。一番の課題であるクラスメイトに自分たちの存在を知らしめる方法を模索していた二人だったが、結局直接王城に乗り込んで相対するという計画をとった。慎重策も一応考えたものの、時間の捉え方が人間の頃のままの二人にとってはアマゼレブのように何年も時間が掛かってもいいという感覚は理解出来ず、性急に動くことにしたのだ。二人は王城を囲む堀にかけられた橋を見下ろす位置にいた。


 「さすがは王城……歩哨が巡回している上に橋の両側にもしっかり警備兵がいる」

 「でも戦闘力は知れたものでしょ。きっと私たちが出る幕も無いわね」

 

 二人のそばには二体のルルクスが控えている。襲撃するということなので、着用しているのはカモフラージュ用のメイド服ではなく軽量鎧だ。兜を被れば女騎士に見えなくもない。サーベルを手に持ち、主人からの指示を待っている。


 「で、ちゃんと作戦は頭に入ってる?」

 「作戦って……ただ突入することは作戦と呼ばないよ」

 「だってみんながちょうど全員揃っているタイミングなんてそんなにないのよ。チャンスの時に思いきった行動に出ないと」

 「俺はそんなアクティブじゃない」


 王城襲撃計画は九割方が姫愛奈の発案だった。クラスメイトにマイナス感情を抱く姫愛奈は早く対面して相手が困惑する様子が見たくて仕方がなかった。一方の政臣は王城の襲撃には賛成しているのものの、場当たり的に突っ込むというプランには反対だった。確かにこの世界の住人相手なら一捻りに出来るが、クラスメイトも同じというわけではない。自分たちほどではないだろうがこの世界ではチートレベルな力を持っているということに変わりはない。しかもそれが三十八人。単純に数の理論で負けている。もし向こうが自分たちの正体に気付かなかったらどうするのか。ただの侵入者として叩きのめされる未来しか見えない。殺す気で挑めば大丈夫だろうが、政臣には姫愛奈のようにクラスメイトに殺意のような強い感情は抱いていない。ただ、『仮に目の前で死んでしまってもなんとも思わない相手』なのであって憎悪の対象ではない。政臣は何故自分のカルマが低いのかだんだんと分かってきていた。おそらく、他人の生き死にに対する関心が希薄だからだろう。政臣はこの推測に絶対の自信を持っていた。何故って、母親と妹が死んでも何も思わなかったからだ。


 「ちょっと、また自分の世界に入ってない?」


 姫愛奈に肩を叩かれ、政臣は現実に引き戻された。姫愛奈は大鎌を手にし、既に戦闘態勢に入っていた。


 「不満かもしれないけど、彼氏なんだから彼女のワガママに付き合ってよね?」


 小悪魔っぽく笑う姫愛奈に政臣はため息をつく。一応近接戦闘を想定し、サーベルを生成する。


 「ワガママが過ぎると思う」

 「彼氏は彼女の為に尽くすのが仕事でしょ?そもそも私みたいに──」


 姫愛奈がそこまで言いかけたところで、突然王城にそびえ立っている塔の一つから一瞬だけ目映い光が見えた。


 「ん?」


 王城に背を向けていた姫愛奈も気付き、一体何だと振り返ったところで、塔が突如爆発した。轟音と共に塔が崩れ落ち、警報が鳴り響く。橋にいた兵士たちも何事かと騒ぎ始め、近くにいた歩哨と共に橋を渡って王城に入っていった。


 「何、何なの!?第三勢力の介入!?」

 「構図的には俺らが第三勢力だけどね。さっき爆発する直前にあの不愉快な感覚を感じたから、多分クラスの誰かが力を使ってああなったんでしょ。神様の調整でみんなのプラスエネルギーに過剰反応しなくなって良かったよ。でなきゃクラスのみんなが全員集合している今王城に近付いたら気分が悪いどころじゃないからね」

 

 王城からは爆発音以外に特に大きな音は聞こえない。てっきり銃撃音がすると思っていた政臣は不審に感じ、よく耳を澄ませた。


 「待って、何か聞こえる。これは……剣撃の音?」

 「剣で戦ってるってこと?どちらも?」

 

 姫愛奈も耳を澄ませ、さっき崩れた塔の部分から政臣のいう音が聞こえてくることを確認した。確かに剣と剣がぶつかるあの金属音がする。銃のある世界でわざわざ剣を使っているということは、クラスメイトたちがいるのだろう。魔法を使う音も聞こえないか確かめてみるが、剣撃の音しか聞こえない。それも完全な一対一だ。


 「誰かと誰かが戦っているのを他のみんなが見てるってことかしら?」

 「多分ね。まさか訓練で城を吹っ飛ばしている訳でもあるまい。これはおそらく──」

 「内ゲバ?」


 政臣は頷いた。王城を突如として襲撃し、兵士たちを適当に倒して暴れまわった後、増援として駆けつけるであろうクラスメイトたちとそこで再会、という流れを考えていた二人にとっては想定外の事態である。二人はクラスメイトと対峙した際のセリフまで考えていた。「ごめん、みんな。俺たちはみんなの敵になることにしたんだ」とか、「神様が飽きないように頑張って私と戦いなさい?」などといった適当なセリフを。どうやら使う機会は永久に無くなったらしい。こうなればみんなが集まっている所に襲撃をかけ、自分たちは政臣と姫愛奈だと自ら名乗りをあげるしかない。自分はともかく、姫愛奈さんは声なんかで気付かれるはずだ。政臣はそう結論付け立ち上がった。


 「あの音のする所に行こう。プラスエネルギーもあそこから感じるし、みんなが集まってどんな状況になっているか確かめよう」

 「行った後はどうするの?向こうが衝撃を受けて戦意が無い場合は?」

 「〈仲の良かった友人や幼馴染みが敵として登場する〉っていう展開だし、それもあり得るか……まあその時はこっちから攻撃を仕掛ければいいよ。あ、でも手加減はしてよ」

 「何でそんなこと言うの」

 「姫愛奈さん、門倉を前にしたら理性を失いそうだし……」

 「馬鹿にしないで。ちゃんと悪役を演じてやるわよ」


 姫愛奈は大鎌を背負い、肩までかかる金髪を指でかす。足下に魔方陣を生成し、そこから茨を触手のように伸ばす。ピスラの〈祝福〉で得た魔法で、防御にも攻撃にも使える。


 「これの実戦テストをしなきゃね」

 「いや、殺したらダメだよ?」

 「殺しはしないわよ。半殺し程度で許してあげるわ」


 悪魔のような笑みをこぼす姫愛奈に内心怯えながら政臣はルルクスに指示する。


 「よし、あの崩れた塔の所まで連れていってくれ」


 二体のルルクスはコクりと頷いて背中に堕天使の黒い翼を生やす。そして政臣と姫愛奈をそれぞれ抱えて飛び立った。


 「ふぃー、高所恐怖症じゃなくて良かった~。っていうか、これで移動したら列車とか使う必要無かったんじゃね?」

 「ずっと抱えられたままなのは正直キツいんだけど。それに政臣くんはともかく私はこの状態からの攻撃手段が無いんだけど」

 「大鎌のエネルギー波を使えば?」

 「あれ思い切り振らないと出ないの」

 「ふーん、不便なこった。あ、ちょうど上だ。そろそろ下ろしてくれ」


 下には剣で戦うすぐる隼磨はゆまが見えた。なるほど、隼磨の悪行がバレたということか。そんなことを考えながら二人に指弾の照準を定めていた政臣は、突然抱えられている感覚が無くなったことに気付いた。


 「んっ?あっ、いや、下ろせってそういうことではああああああああああぁ!!」

 

 おそらくビル三十階分くらいの高さから投下された政臣は剣でつばぜりあっている傑と隼磨に向かって思い切り叫んだ。


 「ぁぁああああああそこをどけえええぇーー!!」


 声に気付いた二人は明らかに驚いた顔をしてそこから離れた。政臣は先ほどの爆発音に勝るとも劣らない轟音を立てて落下した。土煙が舞い、周囲のクラスメイトはゲホゲホと咳き込む。政臣は骨折したのかと思うほどの激痛を感じながら立ち上がった。


 「ゲホッ、ガハッ、イタタ……骨折れた?何で変な所でポンコツなんだルルクスは。……あれ、姫愛奈さんは──ッ」


 空を見上げた政臣は、姫愛奈が自分に向かって落ちてきているのが目に入った。絶叫する間もなく姫愛奈は政臣をクッション代わりに着地し、政臣は無様に地面に叩きつけらた。


 「グッ、ガッ、拷問かこれは……」

 「そうえいば異世界に転移した時もこんな感じだったわね」

 「本当ならバチギレしてるけど、姫愛奈さんのパンツが見えたんで良しとするよ」

 「──ッ!?変態!」

 「──姫愛奈?」


 その声に姫愛奈は不快感を覚える。聞き間違えようもない。姫愛奈にとっての敵、門倉翼が信じられないといった顔で二人を見つめていた。


 (……もうちょっとカッコよく登場したかった)


 


 


 

 

 


 

 

 


 


 


 


 

 


 

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