7.サイコな悪の女神とプルプルしたペット

 「暇だから遊びに来たわよ。何か面白そうなオモチャはない?」


 羽をうるさくパタパタさせながらアマゼレブの背中をバシバシ叩く。


 「無い。というかほとんど遊び尽くしただろ」

 「何か面白い物を調達してないの?」

 「お前も分かってるだろ。うるさい奴らのせいで大手を振って介入出来ないと」

 「知ってる。この前マーキゾンテが「善の奴らに目に物食らわせてやる」って言って連中に喧嘩を売ったわ。結局負けたけど」

 「何度目だ。いい加減自分の領域にこもって大人しくしていればいいものを」

 「全くその通り。お陰でマーキゾンテは連中に封印されちゃったわ。少なくとも五千年は目覚めないはずよ」

 「あの脳筋は五千年どころか永遠に封印していればいいのだ。我々も迷惑しないしな」

 「そうね。あなたはマーキゾンテの一番の被害者だものね」


 マーキゾンテは〈憤怒・強欲・闘争〉を司る悪神で、全ての神から馬鹿だと陰で蔑まれるくらいの脳筋である。ほぼ全ての神に迷惑をかけ、アマゼレブに至っては暇潰しに作っていた別の領域を破壊されたことがある。以来アマゼレブは元からあった領域である〈レムリア〉にこもるようになったのだった。


 「この隙にアイツの領域を奪っちゃおうかしら。前みたいにハニートラップで眷属たちを篭絡ろうらくすればなんとかなるでしょ」

 「前、というのはマーキゾンテが世界を滅ぼしまくっていた時のことか?結局バレてマーキゾンテに犯されただろ」

 「そうそう。それであなたの領域に落とし子を放り込んだのよね。あの後どうなったの?」

 「──あの醜い化物はお前の子供だったのか!?眷属を総動員した大戦争になったわ。被害の修復にどれだけコストがかかったと思ってる」

 「アイツったら自分だけ気持ちよくなってこっちは痛くてしょうがなかったわ。やっぱりあなたとするのが一番気持ちいいわ。どう?今度はあなたの子供をアイツの領域に放り込まない?」

 「サイコ野郎が……報復が怖い。断る」

 「あら残念。まあそれはそれとして今日はあなたとヤるために来たのよ。いつもみたいに飽きるまで交わりましょ?」

 「あいにく新しい遊びに夢中でな。だから帰ってくれ」

 「ひっどーい!私との交わり以上に愉しい遊びって何よ!?」

 

 アマゼレブは池を指差す。水面には代わりの宿を見つけた政臣と姫愛奈が昼間から眠っている姿が映っていた。


 「何この子たち。人間?それにしてはマイナスエネルギーが……」

 「私の〈祝福〉を授けた者たちだ。〈安定界ルスタビリス〉では神格存在レベルの強さだ」

 「間接的に世界を滅ぼすつもり?」

 「いいや。完全に私の趣味だよ」


 アマゼレブは政臣と姫愛奈、そしてクラスメイトの事をピスラに説明した。


 「──確かに、あなたが考えそうな遊びだわ。それで、この子たちを結局どうするつもりなの?」

 「眷属にして私の領域に住まわせるつもりだ。いい加減新しい話相手も欲しいからな」

 「ふーん……」


 ピスラは二人をしばらく凝視し、おもむろに口を開いた。


 「女の子の方、隣に寝てる男の子の事大好きだわ」

 「分かるのか?」

 「伊達に〈色欲〉を司ってないわよ。そうね、もっと男の子の方から触れて欲しいけど、男の子に不審がられるのが怖くて日和っているわね」

 「ほう。じゃあ政臣の方はどうだ?」

 「女の子の距離の詰め方にどぎまぎして、自分のことが好きなんじゃないかと訝しんでいるわ。あと女の子を一人でする時のオカズにしてるわね」


 ピスラは手で手淫のモーションを再現する。


 「そうか。やっぱり私の見立ては間違っていなかったか……じゃあ、なんで姫愛奈が政臣を好きなのかは分かるか?」

 「そこまで深い所まで見透かすには〈愛情〉の権能がないとダメだわ」


 アマゼレブは姫愛奈が政臣に好意を抱いていることはなんとなく察していたが、二人は転移するまでは接することが少なく、ほとんど話もしたことがなかったと聞いていたので、姫愛奈がどうして政臣に惚れているのか気になっていたのだ。


 「なんだか面白そうだから私も見物するわ」

 「はあ?」

 「別に良いでしょ。あなたの邪魔はしないから。それに話を聞く限り『善』の連中の誰かが介入してるのは確かだし、そいつが誰なのか突き止めるのも面白そうじゃない?」



******



 正義アレルギーが発覚してから二日後、二人は王城が見える新しい宿を手に入れていた。夜、王城に襲撃をかけるつもりだ。変化といえば、ピスラという女神が遊びに参加したことだ。やはりアマゼレブと同じ快楽主義者で、姫愛奈に〈強欲〉の権能に属する能力を授けた。


 「ふふっ、よく食べるのね。後でもっと美味しい物を食べさせてあげるからね」


 姫愛奈はベッドの上で透き通る水色の不定形な生き物に野菜を与えていた。その生き物というのはスライムである。ツンツンつつくとプルプルと揺れてなんとも可愛らしい。旧市街にある闇市に売られていたもので、姫愛奈が一目惚れして買ったのだった。


 「ホントに可愛い……ひんやりしてて気持ちいいし、政臣くんもこっち来て触りなさいよ」

 「いや、いいよ。人を喰うモンスターを愛でる趣味は無いから」

 

 買った後に分かった事だが、このスライムは驚異の雑食性を示した。帰る途中、二人は数人の輩に絡まれた。旧市街には不釣り合いな良い身なりだったからかもしれない。政臣は穏便に済ませようとしたが、面倒くさがった姫愛奈が殺してしまった。当然政臣は姫愛奈のこらえ性の無さに抗議したが、なんとその時スライムが死体に近寄り血を啜り始めたのである。その後スライムは死体にも手を付け、あっという間に喰い尽くしてしまった。二人は思わぬ形で死体処理係を手に入れたのだ。


 「よしよし、いい子いい子。人間を食べて偉いわね~。今夜は沢山食べられるからね」

 「完全に悪役のセリフだね。っていうか、王城でも殺すつもり?」

 「クラスのみんな以外なら良いでしょ」


 政臣はため息をついて窓の外を眺める。窓からは王城がよく見えた。クラスメイトはあそこを拠点とし、各地の魔物討伐の要請に応え数人でパーティーを組んで出動しているらしい。前までは人間国家でも亜人国家でも強力な魔物による被害が酷かったらしいが、クラスメイトたちが召喚されてからは人間国家での魔物による被害はぐんと減ったという。それだけなら良いが、良くない噂も多い。姫愛奈はクラスメイトがどんな顔をして自分たちを出迎えるか楽しみでしょうがないようだったが、政臣はその点にはあまり興味を持たなかった。むしろ悪い噂は本当なのか確かめたいと思う気持ちの方が強かった。本当なら、仲間として引き入れようかと考えているのである。勇者が闇落ち、よくある展開だが面白いだろう。


 ふと、政臣はあることが気になり木像を取り出した。


 「なあ、生き物が死ぬとその後は魂みたいなものが残ったりするのか?」

 『そうだな。基本的に生き物が死ぬと魂となって〈安定界〉を離れていく。これがいわゆる成仏というやつだ。そして人間や亜人は同じ種族として転生する。他の生物──魔物を含む獣、虫など──の魂は〈安定界〉から離れた時点で〈生命・浄化・転生〉を司る〈ミデクマ〉の眷属に回収され、人間・亜人の転生サイクルのエネルギー源になる。転生先はランダムでこのプロセスは完全に自動化されている』

 「ミデクマってのはどっちの神なんだ?」

 『どちらかというと『善』側だが、本人はそんなことも意に介さず転生サイクルの維持に集中している。まあやつの仕事だし、邪魔をするようなものでもないからな』

 「じゃあ仮に俺らがクラスのみんなを殺してしまっても転生サイクルからはずれたりしないのか?」

 『当然。常人以上の力を持っていても関係無い』

 「じゃあ俺たちは?前に聞いた話じゃ人間じゃなくなってるんだろ?」

 『神格存在の一種、〈亜神〉の状態だからな。〈安定界〉ではどうやっても死なないから安心しろ。その分余計に苦しむがな』

 「やっぱり俺らが苦しんでる所も楽しんでるだろ」


 一瞬の沈黙の後、にやけ面が想像出来るような声でアマゼレブが言った。


 『そうだな。とても愉しいぞ』


 


 


 


 

 

 

 

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