6.正義アレルギーと悪の女神

 二人は王城から三キロほど離れた場所にあるホテルを取った。尾行がいるのには気付いているが、怪しまれないためにカーテンなどは開け放したままだ。


 「面倒なのに目を付けられたわね。まあこれまでも面倒な奴らを相手にしてたけど」

 「何があっても死んでほしいみたいだね。まあ死なないんだけど」

 『その分負傷したら苦しいぞ。痛覚も切ってやろうか?』

 「そしたら腕とかが千切れても気付かないだろ。さすがにそこまではしてほしくない」

 『おけ』


 二人は下のレストランで食事をした。その間にも二人は視線を感じ、思いの外相手が接近してきていることに焦りを感じた。


 「やる気だね」

 「そうね。今日は寝ないで待ちましょう」

 「少し眠りたかったなあ……身体的な疲れは無いけどさすがにずっと起きてると心労が……」


 夜、カーテンを閉めて電気を消した二人は襲撃者がのこのこやって来るのを待った。



******



 時刻は深夜の一時。ベッドにルルクスを寝かせ、自分たちはベッドの下で待ち構えるという計画を立てた二人だったが、暇過ぎてあくびをかいていた。しかし突然窓の外に気配を感じ、気を引き締める。人影がぐーっと伸びてきて、音もなく窓が開く。白いフードをすっぽり被った人物がこれまた音もなく部屋に入ってきた。その人物は瀟洒しょうしゃな装飾のついたナイフを取り出し、毛布を被っているルルクスのもとへ忍び足で歩いていく。ルルクスに向かってナイフを振り上げた瞬間、姫愛奈は指示を出した。


 「殺れ」


 毛布からサーベルが飛び出し、フードを被った男の喉笛に突き刺さる。男の野太い悲鳴が部屋に響いた。政臣はベッドの下から出て窓の外にいる襲撃者にクリスタルを食らわせる。ガラスが割れる音と共に苦悶の声、その少し後に重いものが地面に激突する音が聞こえた。


 「姫愛奈さん」

 

 政臣の呼びかけに姫愛奈も出てきた。そのまま二人はルルクスを連れて窓から屋根に上る。案の定、白装束の襲撃者たちが近くの建物の屋根の上で待ち構えていた。政臣は二体のルルクスに指示を出す。


 「全員殺せ!」


 ルルクスたちはサーベルを生成し襲撃者たちに突進する。それなりの戦闘訓練を受けているのだろうか、ルルクスのサーベルを受け止め踏みとどまる。が、ルルクスの力は化物級なのでそのまま押しきられ、持っている剣を弾かれ首も飛ばされる。


 「ルルクスがいるおかげで戦闘が楽だな~」


 政臣はそう言いながら襲撃者たちに容赦なく指弾を撃ち込む。当たった箇所がえぐれた無惨な死体が出来ていく。姫愛奈もいつもの調子で身体を切り裂いたり首を飛ばしたりして敵を倒していく。その間にもあの小娘がいないかと探してみるが、どうやら今回はいないようだ。


 それから十分も経たないうちに襲撃者の数は減っていき、残り数人となった。


 アマゼレブからの新しい贈り物として、攻撃魔法を弾くコートを羽織っている政臣は完全に第二次世界大戦時のドイツ軍将校のコスプレを着ている人にしか見えない。アマゼレブの説明によるとどこかの世界から拾ってきた呪体で、純正の魔力をまとっている珍しい品という政臣にとってはよく分からない物だったが、魔法攻撃は確かに防いでいた。コートは片方だけのマントのように左肩に偏って掛かっており、右肩から出ている留め具でずり落ちないようになっている。政臣はコートで身体を包み、相手の炎や氷魔法の攻撃をかき消した。


 「これだよこれ。こういう防御手段が欲しかったんだ」


 襲撃者たちは魔法までもを無効化され立ち尽くす。


 「もう諦めて撤退しろ。どうせそっちに勝ち目は無いんだからな」

 「そうよ。正直あなたたちの相手をするのは退屈でしょうがないわ」


 どうやっても自分たちが勝つのは明らかなので、二人は余裕の表情で煽る。襲撃者たちが悔しさに歯ぎしりする様子が見てとれた。


 (いやホントに。少しでもいいから寝たいんだけど……)


 襲撃者たちはそれでも踏みとどまる姿勢を見せていたが、突然何かを察知したような動きを見せ、脱兎の如く逃げ出した。


 「えっ、何?──っ、これは……」


 ヒリつく、という表現が最も合う強い殺気を二人は感じた。それが少なくとも三つ近付いてくる。二人は決断を迫られた。


 「ここから離れよう」


 二人はルルクスを伴いその場を離れる。その殺気のようなものは、今まで感じたものとは異なるものだった。それは二人に頭をかき乱すような不快感を感じさせた。


 「何なの、これ。気持ち悪い……」

 「姫愛奈さんも?」


 裏路地に隠れ、吐き気をこらえる。目を閉じて深呼吸をしていた政臣は突如何かに包まれる感覚を感じた。姫愛奈が抱きついている。


 「ひ、姫愛奈さん!?」

 「……」


 姫愛奈は政臣をきつく抱きしめ、顔を埋めて呼吸している。


 『政臣に密着することでマイナスのエネルギーを増幅させているのか』

 「は?何のことだ?エネルギー?」

 『お前たち定命の者が精気や生命力と呼んでいるもののことだ。それが無ければお前たちは生物として活動出来ない。そしてこのエネルギーはカルマによって性質が異なる。お前たちのようにカルマが暗い色に近い者のエネルギーはマイナスの性質を帯び、劣等感や屈辱感等で増幅する。逆にプラスのエネルギーは正義感等で増幅する。普通だったらこの二つのエネルギーは感知出来ず、相反するエネルギーを持つ定命の者が同じ場所に居ても影響は無い。だが、私の〈祝福〉によって感知能力を倍増させてしまったせいで常人を越えたプラスエネルギーを持つ者に過剰反応するようになってしまったようだ』

 「誰だよ、常人を越えたプラスエネルギーを持った奴って」

 『何を言うか。お前たちのクラスメイトに決まっているだろう』

 

 政臣はきょとんとして立ち尽くす。


 『あの転移魔法について補足説明してやる。世界間を移動する魔法はもともと神代の代物、我々にしか使えない魔法だった。今は神代から零れ落ちた魔法に成り下がっているがな。だが、「元」と付いてもアレは我々の作った魔法だ。常人を変質させるほどの神性を帯びている』

 「……じゃあ、クラスのみんながチートレベルの能力を手に入れたのは……」

 『神性に曝露した結果だ。といってもこの世界の奴らはそうとは知らずに使っているようだが。だが、ここまで過剰に反応するとは思わなかった。こちらで対処する』


 まさか自分たちが〈正義アレルギー〉だったとは。話しているうちに姫愛奈も落ち着いたようだ。政臣から顔を離し、呼吸を整えている。

 

 「あっ、大丈夫?」

 「うん……」


 姫愛奈は政臣の顔をじっと見る。ぼーっと何かに見惚れているような顔。あまりにも近いので政臣は恥ずかしくなり、被っていた制帽で顔を扇ぐ。


 「と、とにかく、移動して夜を明かす場所を探そう?」

 「え?ああ。ごめんなさい。私ったら」


 はっとして姫愛奈が離れる。二人は少し気まずい雰囲気の中、月明かりに照らされた市街を駆けていった。



******



 アマゼレブの領域〈レムリア〉。〈不安定界ペルテュル・バディオ〉内にアマゼレブが作り出した擬似的な〈安定界スタビリス〉の中に存在する巨大な空中都市で、翼の生えた眷属が悠々と飛び交い、他の眷属たちもそれぞれ好きなことをして過ごしている。唯一真面目に主人に仕えているのはルルクスたちくらいである。三階層に分かれた都市の最上層にある城。そこがアマゼレブの住居である。そしてその城の最上階にある巨大な円形の池からアマゼレブは二人の様子を観察している。


 「じれったいな……さっさとヤれば良いのに」


 二人が初めてアマゼレブと邂逅かいこうしたときと全く同じ見た目の青年が池を囲む柵に寄りかかって石畳の道を走る二人を見ていた。そこにルルクスの一体が近寄ってきた。こちらから呼ばない限りはやって来ないルルクスが自ら近付いてきたことに、アマゼレブは一抹の不安を覚えた。


 「お客様です」

 「客?」


 アマゼレブは「客」の正体が何なのか察しはついていたが、一応聞いてみる。


 「はい、あるじ様の友人と言っています」


 アマゼレブは苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 

 「そうか。さっさと追い出せ」

 「追い出されたりなんかしないよ!」


 可憐な少女の声が池を囲む聖堂に響く。アマゼレブは苛立ちを抑えながら声の方を向いた。ルビーを溶かしたように煌めく赤い髪をツインテールにし、深紅のゴスロリ服を着こんだ少女が黒い堕天使の羽で滑空しながら向かってくる。〈怠惰・傲慢・色欲〉を司り、アマゼレブと同じく『悪』にカテゴライズされる神、〈ピスラ〉だった。

 


 

 

 


 

 


 


 

 

 

 

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