5.闇の深い王都
〈ボンデス〉から国境を越え更に三日、二人は遂にオセアディア王国の王都〈ローリオ〉に着いた。途中の襲撃を二人は想定したが、国境線を通過しても何も起こらなかった。
「なんか、目的地に着いただけでやりきったって感じがするわ」
「本番はこれからだけどね」
対亜人戦争の最前線という割に、王都は戦時下という雰囲気が無かった。市場は活気に満ちていて、一度ならず二度も屋台の店員に声をかけられた。二人は何度か憲兵とおぼしき兵士を見かけたが、みな暇そうな顔で、道案内や迷子の子供をあやしたりして、戦争をしているとは思えないくらいの穏やかさを感じた。
「何だか奇妙ね。今って戦争中なんでしょ?」
「多分、ね。この新聞にもちゃんと戦争について書いてあるし」
ベンチに座りながら二人は新聞を読んでいた。一面には人類連合軍が亜人連合軍に占領されていた街を解放したと書かれていた。次のページにはクラスメイトについて書かれていた。
「〈勇者一行、避難民への慰問。子供たちの心の支えに〉……これ写ってるの利奈?」
そこには子供に囲まれている少女の姿が写っている。陽キャグループにいた
「……魔法を使うのかな?それっぽいローブ着てるし」
「あっ、これって暁斗くんじゃない?」
紙とインクの質が悪く、ぼやけていたが周囲との背丈から
「いかにも格闘家って感じの衣装だな。昇○拳とか使いそう」
「あのグループの中でも脳筋だったし、納得ね」
「それ以外は分かんないか……」
更に記事を読み進めると、クラスメイトはそのほとんどが各地で勇者としての活動を行っているとのことだった。それ以上の情報を得られないと分かった二人は新聞を閉じて今日の宿を探し始めた。
いい感じの宿泊施設がないか歩いていると、突然どんと後ろから突き飛ばされるような感覚を感じた。若い男が「ごめんよ!」と言って走り去っていく。後ろから何人もの人が走ってきた。通行人や立ち話をしていた人々もそれを見て続いていく。一瞬で人の波が道を埋め、二人は脇にそれた。その時、二人は「亜人」「捕虜」「火刑」という明らかに不穏な組み合わせのフレーズを漏れ聞いた。二人は裏路地にまわり、強化されたフィジカルで建物の上に上る。
「嫌な予感しかしないんだけど」
「そうね。気分のいいものじゃないことは確かね」
二人は屋根の上を移動し、街の中にぽつんとあいた穴のような広場に出た。その場に伏せ、様子を伺う。広場の中心には中世魔女狩り時代の物とよく似た火刑台があり、台の中心にある柱に毛むくじゃらの人物が縛り付けられていた。
「獣人だね。ケモ耳が付いてる。それより、歴史の教科書で見たことあるな、これ。まさか実物を見ることになるとは……」
「これでこの世界の亜人に対する大多数の人間の捉え方が分かったわ。これじゃ戦争は終わらないか。っていうか、銃とか列車があるのに火刑なの?理解が及ばないわ……」
どこかで見たような白装束を来た集団が獣人に油をかけ、一人が松明を持っていた松明の火を近付けた。あっという間に燃え広がり、苦悶の声が上がるが、その声は観衆の狂気ともいえる歓声によって打ち消された。
「うわあ……まさしくダークファンタジーって感じ」
「私たちもああならないように気を付けないと」
『お前たちは仮に焼かれても死なんぞ?政臣だって至近距離で銃弾を食らっても死ななかっただろう』
「そうだね。銃弾を受けても死ねなかった人の気持ちを体感出来たよ。そりゃあんなに痛かったら『殺してくれ』って懇願するわ」
「それにしても、あの白装束は一度見たことがあるわね。ひょっとするとアイツらが〈信者〉なのかしら」
「可能性は高いね。でも妙だな。これ見よがしに亜人を処刑してるってのに、クラスのみんなは何も思ってないのかな?俺たちと違って〈カルマ〉が高い善人なんだろ?」
「そうよね……」
姫愛奈は何気なく王都に入るときに貰ったパンフレットを広げ、自分たちのいる場所を確認しようとした。
(ここは王都の旧市街なのね。王城は直線距離で約二十キロ程度。広すぎでしょ。東京二十三区くらいには面積があるのか。……ん?)
姫愛奈は地図のある部分に違和感を感じた。歩いている時は全く気が付かなかったが、地図を見ると旧市街を囲うように厚い壁があった。実際に見てみると二十メートルはありそうな壁があり、王城も新しい方の市街地も見えない。
「……推測だけど、みんなはこんなことが行われているのは知らないんじゃないかしら」
「この処刑を?それは無理があるだろ」
「考えてもみなさい。異世界転移なんて異常事態、普通飲み込めるわけないでしょ?私たちは暇神との契約でこれから先の見通しが立ってるから平気でいられるけど、みんなは違うでしょ。人間のまま転移してきて人間のまま勇者をやってる。能力は強大でも、メンタルはそのままじゃない。そんなことは転移魔法を使った側だって百も承知のはずよ。そんな集団に「亜人との戦争で苦戦してるので、その力でちょっと虐殺してきてくれないでしょうか」なんて言えないでしょ?みんな──あの
「召喚した連中がみんなを洗脳してるっていう線は?」
「列車で会った大臣の話を忘れた?洗脳していたらお披露目のために諸国をまわる意味が無いわ。秘密兵器みたいな扱いで戦場に投入するはずよ。人間至上主義のお飾りとして祭り上げられてるんだわ」
「だとしたらこの世界、相当イカれてるぞ。他の世界もこんな感じなの?」
政臣は木像を取り出した。
『どの世界でも人間と亜人がいればお互いに相容れず、戦争に発展するが、大体が和解して共存の道を模索し始める。だがこの世界は違うようだな。お前たちのいた世界と同じ未来を辿りそうだ。つまり、人間が亜人を文字通り滅ぼして、その痕跡の一切を抹消してしまう未来だ』
「それってどれくらいの年月がかかるの?」
『人間の時間感覚を基準にすると数万年。お前たちの世界は魔法が完全に廃れていたからな。おそらくもっと時間をかけて人間のみの世界にしたのだろう』
気の遠くなる話だが、どちらにせよこの世界に救いはないようだ。『悪堕ち』して良かったと政臣は思った。みんなにこの世界の醜い部分を見せつけてやるのも一興かも。
「終わったようね。──子供もいたの?本当にどうかしてるわ」
人混みが散り散りになり、火刑台から離れていく。姫愛奈はそこに子供の姿を数人見かけた。なるほどこれが思想教育かと毒づきながら二人はその場を去った。あたりには生き物が焼けた不愉快な臭いが漂っていた。
「まだ陽が落ちるまで時間があるね。どうする?」
「この旧市街から離れましょう。こんな場所の宿なんて取りたくないわ」
「同意見だね」
二人は旧市街を囲む壁に向かった。壁を通り抜け、王城に近い場所の宿を取ろうと歩いていく。
「……」
二人は目だけを動かして周囲を見回す。
『どうした?』
「こっちの街に入った途端、熱い視線を感じるようになった」
『白装束の小娘の仲間か。気配察知の能力も向上させておいて良かった』
「そうね。気配を感じるってのがどんなのかよく分かるわ」
(それにしても、かなりの人数に見られているわね。今日はゆっくり休みたいんだけど……)
姫愛奈は軽くため息をついた。
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