3.〈勇者〉に関する不穏な話

 攻撃を受け止めた政臣は思いの外相手の力が強く、圧されていることに驚く。


 (あれ?コイツめちゃくちゃ力強いぞ……?)

 (どうやら能力を上げる道具か何かを使っているようだ)

 

 政臣はぎょっとする。


 (神様!?アンタ脳内に語りかけられるのかよ!)

 (一応神だからな。滅多に使わない能力だ。さて、コイツの力の秘密だが、おそらく耳飾りが原因だろう。魔法的作用でコイツの身体能力が上がっている)


 政臣は一瞬力が緩んだ瞬間を見計らい、押し返して後退させる。


 (じゃあ、あの耳飾りをなんとかすればいいってこと?)

 (どうする気だ?)

 (姫愛奈さんと違ってなぶり殺しにするのは趣味じゃないけど、耳を切り落として力を削ぐ!)


 政臣は先手を打った。相手の方に急接近し、刃を横に払う。エルフはそれを当然の如く受け止めるが、その衝撃が刃から腕に伝わり、しびれて動きが鈍ったことで足を踏み込むのにワンテンポのラグが生じる。〈祝福〉のお陰でチート級の素早さも手に入れている政臣は空いていた左手にサーベルを生成し、左耳をピンポイントで削ぎ落とす。勢い余って肩にザクリと刃が食い込む。エルフは激痛に目を剥くが、伊達に人間への憎悪で駆動しているわけではない。咄嗟に袖の下に仕込んでいた拳銃を取り出す。


 (スリーブガン!?)


 至近距離だったが為に、〈祝福〉は発動しなかった。政臣は三発の銃弾を受けた。


 「ぐっ──」

 (この服、やっぱり戦闘服ってよりただの制服なのか……)


 政臣は膝をつき、次いで横向きに倒れ込んだ。


 「……くっ、はぁ……はぁ……」


 エルフは息を切らす。左肩にサーベルを食い込ませたまま、政臣を見下ろす。確かに強敵だったが、こっちの方が一枚上手だった。耳飾りの恩恵もあるが、経験という力で倒せた。


 「……何だったんだ、コイツ……」


 だが、その疑問を追求する時間は無い。人間共を殲滅するため、仲間の元に戻らねば。エルフは力を振り絞って政臣から離れていく。


 「くそっ、作戦は失敗だが、次の戦いでは──」


 喉元から、硬い何かが突き破る。紫色の、透けたクリスタル。次いでクリスタルが右肺と腹を突き破る。空中に止めどなく吐血し、状況を理解する暇もなくエルフは斃れた。


 「──雑魚が」


 屋根に伏したまま政臣は悪態をついた。あっという間にやられたかに見えたが、政臣と姫愛奈はアマゼレブの〈祝福〉によって一種の神格存在になっているため、銃弾を受けたくらいでは死んだりしない。政臣は吐き出した銃弾を見た。撃ち込まれた銃弾が喉元にこみ上げる感覚は恐ろしく気持ちが悪かった。


 「銃弾を吐き出すなんて、どこぞの悪魔執事かよ……」


 軽く咳き込み、政臣は立ち上がる。銃創は再生能力で完全に無くなっていた。車両内に戻ると、姫愛奈が灰色スーツの男と一緒に待っていた。


 「やっと来た……」

 「おお、無事か!彼奴きゃつらのリーダーはどうしたかね?」

 「ええと、屋根の上で死んでます」

 「何と!彼女の言う通り優秀な魔導士のようだ。いやあ、ありがとう。君たちは命の恩人だ!」


 適当な話で誤魔化してくれた事に政臣は姫愛奈に小声で感謝した。姫愛奈は「演技には自信あるの」と得意げに答えた。


 その後の話で、灰色スーツの男は自らがパレサ王国の軍需大臣で、対亜人戦線へ送る物資の兵站へいたん状況をお忍びで視察する予定だったという。視察の情報は高位の関係者にしか知らされていなかったいわゆる極秘情報であったにも関わらず、大臣は襲撃を受けてしまった。


 「まあ、魔法によって諜報技術も発展しているから情報は簡単に抜き取られてしまうんだけどね。まったく、これではまた部下に怒られてしまうな」


 そう言う割に反省の色を感じられなかった二人は、この大臣がこういう危険な綱渡りを何度もやっているのだと悟った。そう言えば、突入前に様子を伺っていた時も、縛られているにも関わらず落ち着いていた気がする。この太っちょ、見かけによらずかなり肝の座った男らしい。


 「それで、君たちはこれからオセアディアに行くのだね?」

 「はい。王都にいる知り合いが何かトラブルに巻き込まれたようで……その対処に」

 「その知り合いというのは、貴族かね」

 「うーん、まあ、そこまで有名ではないですが、オセアディアの古い家系であるとだけ言っておきましょうか……」


 二人は今まで手に入れた情報をフルに活用して説得力のある嘘をついた。前提として、魔導士というのは国家や何らかの組織に属しているのが普通だが、フリーランスで活動している者もいるらしい。二人はその情報を利用し、「フリーランスで大陸を転々としている魔導士」という設定を作り上げた。十代の魔導士も沢山いるらしく、この設定はすんなり受け入れられた。


 「なるほど、そちらもいろいろと訳ありなようだね。これ以上の詮索は止めておこう」

 「はい。ありがとうございます」


 それから大臣は散らかった車内を見回した。カーペットが敷かれた床には血だまりがあり、スタッフたちが生気のない顔色で割れたガラスのコップやワインボトルを片付けている。二人のいた世界なら、こんなテロが起きたら列車を停めて警察機関がやって来るのを待つが、この世界では違う。ちょっとでも停止すると、付近の野盗の襲撃を受ける可能性があるからだ。そのために武装した兵士も常駐している。二人はこの殺伐とした世界観にまだ慣れていなかった。


 「それにしても、エルフたちがこんな場所にまでやって来るとは思わなかった。襲撃は予想の範疇はんちゅうにあったが、まさか列車内とは……」

 「そう言えば、あのエルフのリーダー、かなりの過激派でしたが……」

 「ああ、人間国家に入り込んでテロをする亜人は総じて過激だよ。まあこっちもこっちで同じような事をしているが……」

 「オセアディアが異世界から〈勇者〉を喚び出した事にかなり怒っている様子でしたね」


 政臣は自然な風を装ってクラスメイトについての話題をふった。一国の大臣クラスにもなれば、市井しせいに流れているようなイメージとは違う情報が手に入るかもしれない。


 「〈勇者〉……ああ、強大な力を持った彼らか。自慢じゃないが、私は彼らに会った事があるんだ」

 「そうなんですか?」

 「うん。召喚されて少し経った頃なのかな?オセアディアの連中が彼らをお披露目したいとか言って、人間国家や自治領を回ったんだ。その時我が国では歓迎パレードを行ってね。その時に何人かと話したんだ」

 「それは……貴重な経験でしたね」

 「まあ、良くも悪くも年齢相応といった所かな。しかし持っている力は確かなものだ。私としては悪用しないことを祈るよ」

 「……」

 「どうしたの?」


 考え込むような顔をする政臣に姫愛奈が声をかけた。


 「ん。ああいや、何でもないよ」


 そこに大臣の秘書と思われる女性が入ってきた。


 「大臣、軍需省との連絡が取れました」

 「そうか。そろそろ行かなくては。改めてありがとう。元気でいてくれ」


 大臣は好感を持てる笑顔で言った。


 「は、はい……」

 (やっぱり、やってることが悪役っぽくないな……)


 大臣が退出し、秘書が二人に頭を下げた。


 「本っ当にありがとうございます!危機管理能力の無い方で、お二人がいなかったら今度こそどうなっていたかと……」

 「いえいえ。行く先でトラブルに巻き込まれるのはよくありますので」

 (本当に巻き込まれてばっかりだな……)

 「ところで、お二人はオセアディアに向かわれるのですよね?」

 「はい。しばらく行っていないので、どうなっているか……」

 「アドバイスになるかどうかは分かりませんが、王都では〈信者〉たちにお気をつけください」

 「〈信者〉?」

 「異世界から召喚された〈勇者〉を盲目的に信奉する者たちを揶揄やゆする言葉です。大臣はあまり興味が無いようですけど、〈勇者〉に関しては良からぬ噂もあるんです……」

 「そうですか。こちらこそありがとうございます。貴重な情報です」


 二人は作り笑顔で答える。頭の中では既に情報を吟味し始めていた。

 


 

 


 


 

 


 

 

 


 

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