1.(政)大丈夫大丈夫、先っちょだけだから。(姫)死ね。

 国境の街〈ボンデス〉へ向かう列車内、上流階級向けの食堂車で一人の少女が従業員に向かってわめき散らしていた。どうやら出された昼食がお気に召さなかったらしく、香草焼きを指差して周囲の視線も意に介さずクレームをぶちまけている。


「こんなまずい料理食べたことがないんだけど!大事にしてるのは見た目だけなの?」

「も、申し訳ありません……」


 従業員は金髪を肩まで流した少女に頭を下げる。少女は白いブラウスに青いハイウエストスカートといった装いで、その赤い瞳で従業員の顔を睨み付けた。


「お嬢様、周りの方々に迷惑ですよ。お声を静かに」


 対面に座っている銀髪碧眼の少年が少女に注意する。黒いスーツを着ており、両側にメイドを従えていた。


「だって美味しくないのは本当だもの。全く、こっちに来てからは嫌な事ばかりだわ。──もういい! 部屋に戻る! 後はよろしくね」


 少女は両手でテーブルを叩きながら立ち上がり、メイドを連れて食堂車から行ってしまう。


「お嬢様! ……申し訳ありません。皆さん、お騒がせ致しました」


 少年は従業員に謝罪し、次いで同じ車内にいた客たちに頭を下げる。従業員も客も、「大変そうだな」と同情するような顔で寝台車に向かう少年の後ろ姿を見ていた。



******



 割り当てられた部屋に戻った政臣は小悪魔的に微笑む姫愛奈に出迎えられた。


「おかえり」

「堂に入った演技で」


 二人は旅行中を装い列車に乗り込んでいた。列車は国を横断する豪華列車で、予約した客しか乗れなかったが、新しくアマゼレブから貰ったマインドコントロールの能力で鉄道職員を操り、素知らぬ顔で乗り込んでいる。列車に乗っていて全員の客を把握しているのは車掌と給仕長とスタッフを取りまとめる総責任者くらいなので、怪しまれる度に能力を使うことで誤魔化していた。


「それにしても、最上級の部屋を取れるなんて思いもしなかったわ」

「一番高いからね。ほとんどの人は普通クラスの三等級の部屋だ」

『見たところ魔法による作用で外から見るより広くなっているな』


 アマゼレブの言う通り、最上級の部屋は魔法的作用によりベッドが合計四つは入るほどの広さになっている。天井のシャンデリアに据え付けられている装置がその作用を発揮しているようだった。


「マインドコントロールが解けるのは王都に着いてしばらく経ってからだ。だから今の所はゆっくりと過ごせるね」

 

 ベッドに座っている姫愛奈の横に政臣は寝転がる。姫愛奈は政臣の行動に一瞬ムッとするが、付き合っているのだしこれくらいは許してやるかと思い直す。


「何その顔」

「いいえ。私と交際出来ることに感謝しなさい、って思ってるの」

『……生娘のくせに偉そうな事を言うのだな』

「生娘?」

「処女ってこと」


 怪訝な顔をする姫愛奈に政臣は耳打ちした。途端に姫愛奈の頬が赤みを増す。


「なっ!? 別に経験が無くても偉そうな事言っても良いでしょ!?」

『その反応から察するに本当に経験が無いのだな、お前は。口だけか』

「キイィィィー!! じゃ、じゃああなたはどうなのよ!?」

『そうだな。そこにいる堕天使ルルクス共とすることはあるぞ? 中々の名器でな。政臣も試してみろ』

 

 政臣は窓際にいる二人のルルクスを見やった。しかし姫愛奈がその視線に立ち塞がる。


「ちょ、ちょっと。あなた仮にも私の彼氏でしょ?」

「えっ、でも仮でしょ?」

「そうだけど……」

『正直に抱いてほしいと言えば良いのに』

「えっ!?」


 ニヤつきかけた政臣の腹に姫愛奈はパンチを食らわせる。腕を組んで頬を膨らませて言った。

 

「ホント最低。そんな簡単に抱かれてたまるもんですか」

「ええ~? 優しくするよ?」

「キモい。あとしれっと私の膝に頭を載せない」

「大丈夫大丈夫、先っちょだけだから」

「死ね」


 姫愛奈は大鎌を喚び出して政臣の首元に刃をかける。


「ちょ、姫愛奈さん! 冗談じゃないですか!」

『ちなみに同士討ちは出来ないようになっているぞ』

「チッ」

「いや~、アマゼレブ様には感謝しかガアフッ!?」


 だが、例え大鎌で政臣の首を刈れなくても、姫愛奈は鉄拳で制裁するので問題は無かった。政臣は腹を抑え、苦悶の表情を浮かべる。しかしその表情を見て満足したのか、なんと膝枕は続けさせてくれた。


「あ~、姫愛奈さんの膝枕最高だな~」

「まあ、カップルではこういうことをするらしいし、この私の彼氏であることを光栄に思いながら味わいなさい!」

『……生娘』

「政臣くん、指弾であの不細工な木彫りの像を消し飛ばして」


 姫愛奈は天使のような笑顔で政臣を見下ろす。何も知らない人が見たら『リア充爆発しろ』な状況に見えるだろうが、政臣と暇神にはその笑顔にプラスして邪悪なオーラが見えた気がした。


 その後、話題はクラスメイトと再会した際どんなロールプレイをするかについて話した。


「向こうは本気で勇者やってるんだろうし、こっちもしっかりダークサイドをやらないとね」

「俺はともかく、姫愛奈さんが敵として出てきたらみんなショックを受けるだろうね」

「勝手にショックを受けていればいいわ。それよりも、問題は私たちがどんな敵として振る舞うかが問題よ。人間と亜人が戦争をしているこの世界でみんなの敵として相対するなら、私としては亜人の味方をすれば良いと思うんだけれど」

「う~ん。それも良いけど、俺らって見た目完全に人間でしょ?個人的には人間にも亜人にもくみしない勢力として現れた方が良いかも」

 

 政臣にとっては、「クラスメイトが与する陣営の敵だから」という理由で亜人たちの味方をするのは少々短絡的ではないかと思っていた。自分たちは暇神の遊びに付き合っているだけで、人間と亜人のどちらかに肩入れしてこの世界の命運を左右しに来た訳ではないし、本気でこの世界を滅ぼそうとしている訳でもない。この戦争がどちらかの種族が滅ぶまで続く絶滅戦争だとしても、本質的には自分たちに関係無い。ただアマゼレブの要望通り、クラスメイトに敵対行為を働けば良いのだ。


『そうだな。この世界は既に混沌や憎悪で満ち溢れているようだ。こうして眺めているだけでも分かるくらいにな。おそらくお前たちがどちらかの味方をしても、川の流れに一石を投じるくらいの影響しか与えられないだろうな。それに私が見たいのはお前たちの仲間が苦しみながらお前たちに刃を向ける姿だ。戦争はとうに見飽きている』


 アマゼレブは政臣の考えを聞いてこう言った。〈契約〉という権能を持つ特性上、アマゼレブは他の神に比べて積極的に定命の者と接触する神だった。中には戦争を有利に進めたい、戦争を終わらせたいといった願いを持って契約してくる者も多かった。最初こそ面白がって契約し、馬鹿正直に願いを叶えてあげたり破滅させたりしていたが、派手に見えていた戦争もいつしかつまらない見世物になり、今はこうして定命の者を自らの眷属にする遊びにハマっているという。


『今回は〈善〉の誰かが介入している可能性もある……向こうをどう馬鹿にしてやろうか考えるのも面白い』

「こっちとしてはいい迷惑だけどね」


 ああでもないこうでもないと話し合いを続けていると、外が騒がしくなっていることに気が付いた。最初は甲高い女性の悲鳴が聞こえ、次いで銃声と何かが割れる音。おそらく窓ガラスだろう。どれも二人の居る場所から離れていたが、異常事態であることに変わりはない。


「何!? またシリアス展開?」

『どうも武装した輩が数両先で暴れているな。……ん?おい、お前ら。なかなか面白い事になっているぞ』

「どういうこと?」


 戦闘準備を整えながら姫愛奈は聞いた。


『襲撃しているのは人間じゃない。亜人共だ』


 

 

 

 


 


 


 

 

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